長内那由多のMovie Note

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『静かなる叫び』

2017-02-14 | 映画レビュー(し)

 最新作『メッセージ』がアカデミー賞で8部門にノミネートされ、2017年にはあの傑作SFの続編『ブレードランナー2049』が控える最重要監督ドゥニ・ヴィルヌーヴの2009年作。かねてより2000年の日本初登場作『渦』(長編第2作)から10年のブランクを経たアカデミー賞候補作『灼熱の魂』(長編第4作)の隔世の進歩が不思議でならなかったが、本作はそんなヴィルヌーヴの作家性を読み解く重要な1本である。1989年にカナダのモントリオール理科工科大学で起きた銃乱射事件を描く本作は2009年のカナダアカデミー賞(ジニー賞)で9部門を独占した。

冒頭、ヒロインのヴァレリーが外出の支度をしているシーンが描かれる。
 清潔感あるカリーヌ・ヴァナッスの着替えを追うカメラには余分なフェチズムがなく、まるで彼女に許されたかのような距離感で一挙一動を追っていく。そうか、ヴィルヌーヴは“女優の監督”だった。『渦』ではひき逃げ事故を起こしたマリー・ジョゼ・クルーズが罪悪感の渦に呑まれた。『灼熱の魂』では母の波乱の半生を娘が辿った。ジャンル映画の『プリズナーズ』はサスペンス手腕を発揮した“お仕事”であり、
『複製された男』は余戯に過ぎないのだろう。この2作が成功するや『ボーダーライン』はエミリー・ブラント、『メッセージ』はエイミー・アダムスと一流女優を迎えたヒロインものである。
本作では反フェミニズムの歪んだ思想に取りつかれた射殺犯と被害者(ただし架空の)ヴァレリーを並行して描きながら、深い傷を負った彼女の再生に犠牲者達への敬意が込められている。女である事を力強く謳うクライマックスのモノローグは感動的だ。

もう1つ見えてくるのはヴィルヌーヴの社会派監督としての側面である。
事件を目撃する事となる男子学生ジャン・フランソワにこそヴィルヌーヴ自身の目線があるのではないだろうか?犯行の瞬間に立ち会いながらもその場を離れてしまった彼は悔恨の念に苛まれていく。ヴァレリーとジャン・フランソワ、共に生き伸びながら運命を分けたものは何だったのか?彼の心象風景とも見えるひび割れた雪の河岸が観る者の心をざわつかせる。

ヴィルヌーヴは理不尽な暴力の傍観者になってしまう事に葛藤しているのではないか。
2000年の『渦』から2009年の本作までに起きた事件といえばもちろん9.11であり、イラク戦争だ。激動の10年間、ヴィルヌーヴは世界をじっと見つめながら、作家として渦巻く創作衝動を醸成させていったのではないか。10年のブランクの秘密と進化の鍵はここにあり、そして彼はいよいよ『ブレードランナー2049』でネクストステージに立とうとしている。


『静かなる叫び』09・加
監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演 カリーヌ・ヴァナッス
 

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