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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ファンシー・ダンス』

2024-08-14 | 映画レビュー(ふ)

 2010年代後半の政治的、人種文化的急変期を経てハリウッドは多くの才能と物語を発見することになるわけだが、とりわけ目覚ましいのがネイティヴ・アメリカンの存在だ。テイラー・シェリダンが居留区で起きた殺人事件を描いた『ウインド・リバー』からは既に7年が過ぎ、その後ネイティヴ・アメリカンのティーンを主人公にしたTVシリーズ“Reservation Dogs”や『トゥルー・ディテクティブ ナイト・カントリー』、人気シリーズ最新作『プレデター ザ・プレイ』から大作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』までが相次いだ。一連のムーブメントで最も重要なプレーヤーが、ネイティヴ・アメリカンにルーツを持つ女優として初めてオスカーにノミネートされたリリー・グラッドストーンだろう。惜しくも受賞こそ逃したものの、オスカーノミネート作の半分にも満たない小品で、彼女は再びルーツの物語を背負っている。

 舞台は現代、オクラホマ州にあるセネカ・カユーガ族の居留地。グラッドストーン演じるジャックスは失踪した妹の娘ロキの面倒を見ながら、その日暮らしの生活を続けている。山中のハイカーを見つけては車を盗み、かつてはドラッグも売りさばいていた。しかし失踪事件はFBIが介入するまでろくろく進展も見られず、白人に管理監督された福祉行政はロキの親権を奪おうとしてくる。1920年代を舞台とした『キラーズ〜』の社会構図から何も変わっていないのだ。再び苦難の歴史を双肩に担うグラッドストーンはモリー役で見せた忍従の悲壮に留まらず、大地に根を張り、自ら運命に立ち向かう力強さがある。出世作『ライフ・ゴーズ・オン』といい、レズビアン役が続く彼女によれば、先住民の言語には固有の性別の代名詞がなく、彼女の自認もsheないしtheyだという。

 ジャックスとロキの逃避行は伝統的なロードムービーの体裁だが、そもそもアメリカ映画はそこに彼らネイティヴ・アメリカンの姿を描いてこなかった。ここには安易な解放も救済もなく、ジャックスとロキは民族のアイデンティティ“ファンシー・ダンス”を舞うことで心を通わせ、孤高の誇りを守り続ける。本作が長編デビュー作となるエリカ・トレンブレイによる痛切なラストシーンが胸に迫る1本だ。


『ファンシー・ダンス』23・米
監督 エリカ・トレンブレイ
出演 リリー・グラッドストーン、イザベル・ディロン=オルセン、シェー・ウィガム
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『フェラーリ』

2024-07-18 | 映画レビュー(ふ)

 前作『ブラックハット』から8年ぶりとなるマイケル・マン監督の最新作は、度重なる主演俳優の交代劇に見舞われ、構想から実に30年を経たことで筆圧を弱めてしまった感はある。創業から10年を迎えた1958年のフェラーリに焦点を絞る本作は、伝記ドラマに彼らしいモチーフが垣間見える一方、常に“男性的”と評されてきた作風を自ら解体している。常に男と男の対決を描いてきたマンが、今回フェラーリの好敵手に選んだのは妻ラウラ。男の戦いの影で度々、涙を呑まされてきた女が、ここではフェラーリの喉元を締め付け、文字通りに生殺与奪を握っている。愛人との間に息子をもうけ、二重生活を送るフェラーリにラウラは銃を突きつけるのだ。エキセントリックな役柄が堂に入ったペネロペ・クルスはレパートリーの安易な再演に留まらず、まさに大女優の貫禄である。老け役に挑み、さらに名優への階段を登るアダム・ドライバーと双璧を成した。

 エリック・メッサーシュミットの素晴らしいカメラを得たマンはイタリアの町並みを魅力的に撮りあげるも、ここにはトレードマークの夜景は存在せず、またヴァル・キルマーやクリストファー・プラマーに相当する“三番手”も不在。これまでのマイケル・マン映画を構成してきた様式美はなく、果たしてこれを81歳の巨匠の挑戦と見るか、衰えと見るか。フェラーリの強権はクライマックスで多くの人命を奪ったが、しかし歴史に名を残したのは彼である。マイケル・マンほどの作家が今更、男性性を批判的に取り上げる必要があったのだろうか?度重なる製作の見送りが、本作の然るべき出走タイミングを失してしまったようだ。


『フェラーリ』23・米
監督 マイケル・マン
出演 アダム・ドライバー、ペネロペ・クルス、シャイリーン・ウッドリー、サラ・ガドン、ジャック・オコンネル、パトリック・デンプシー
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『フローラとマックス』

2024-07-12 | 映画レビュー(ふ)

 自伝的青春映画『シング・ストリート』、アンソロジーTVシリーズ『モダン・ラブ』を経て、ジョン・カーニーが再びアイルランドの市井に帰ってきた。ダブリンに暮らすシングルマザーのフローラは17歳の時に息子マックスを産み、彼が思春期を迎えた今も遊び方は変わらない。そんな母をマックスが快く思うわけもなく、2人の間は月並み以上にコミュニケーションが断絶している。元バンドマンの夫イアンはよそに女を作って別居中だ。あたしの人生、いったい何なんだ?誰かに好かれたい。誰かに尊敬されたい。往々にして芸術行為のきっかけは俗っぽいものである。フローラはYouTubeで見つけたアメリカ在住のイケメンミュージシャンから、ギターのレッスンを受け始める。

 はじめこそ軟派な気持ちで始めたフローラだが、上達し、内なる芸術性を発見する喜びに目覚めることで、意外や自身にアレンジャーの才能があることに気付き始める。カーニーは本作でもまた名もなき人々と芸術の不可分性を描き、U2のボノを父に持つ主演イブ・ヒューソンのフローラ像は小気味がいい。ギター講師のジェフを演じるのはジョゼフ・ゴードン・レヴィット。2010年代前半まではハリウッドを背負う次期スター候補と目されてきた彼が、夢破れた者の悲哀を体現する中年の渋みは味わい深いものがある。

 フローラが自身の内なる音に耳を澄ませれば、やがて息子との間にも言葉が通う。部屋に閉じ籠もる息子はなんとPCでトラック作りをしていた。マックスもまたモテたいがために音楽をやっていたのが微笑ましく、気づけば元夫イアンも巻き込んでのバンド結成だ。『シング・ストリート』で主人公の兄を好演したジャック・レイナーがイアンを演じ、またしてもウンチクをかましているのが可笑しい。ジョン・カーニーは大きくも慎ましやかな筆致で、音楽がもたらす幸福を描き出してくれるのである。


『フローラとマックス』23・米
監督 ジョン・カーニー
出演 イブ・ヒューソン、ジャック・レイナー、オーレン・キンラン、ジョゼフ・ゴードン・レヴィット
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『世界の人々 ふたりのおばあちゃん』

2024-06-22 | 映画レビュー(ふ)
 第96回アカデミー短編ドキュメンタリー賞ノミネート作。結婚によって親戚同士となった2人のおばあちゃんは意気投合。まるで姉妹のような仲睦まじさで、互いの連れ合いが先立った今は一緒に暮らしている。眠る時はなんとベッドも同じだ。2人は人生観も死生観もまるで異なるが、人間がひとつ屋根の下で共に暮らすにはさほど重要でないのかも知れない。コロナ禍のロックダウン中に撮影された本作は孫ショーン・ワン監督が祖母たちへの愛を込めた、微笑ましいプライベートフィルムである。


『世界の人々 ふたりのおばあちゃん』23・米
監督 ショーン・ワン
※ディズニープラスで配信中※
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『フィンガーネイルズ』

2023-11-08 | 映画レビュー(ふ)

 ジェシー・バックリー(『ロスト・ドーター』、リズ・アーメド(『サウンド・オブ・メタル』)、そして傑作TVシリーズ『The Bear』のジェレミー・アレン・ホワイトらが一同に会するとなれば、映画ファンには放っておけない1本だ。近未来、人類は互いの愛情を数値化できるようになり、人々は真実の愛を求めて検査に列をなしていた。検査方法はカップルの指の爪を同時に抜くことだ。

 愛のために己の目玉を捧げるヨルゴス・ランティモスのような意地の悪さはないの安心してほしい。相手の名前でこっそり相性診断をしたことがある人なら、どんなに頑張っても10回までしか調べられない未来世界に戸惑うことだろう。そもそも愛とは数値にできなければ言葉にもならないのではないか?ジェシー・バックリー演じるアナはジェレミー・アレン・ホワイト扮する恋人のライアンと安定した生活を送っている。ところが職場の同僚アミール(アーメド)に心惹かれた事から、ライアンとの愛情度100パーセントという数字が信じられなくなる。『ユーフォリア』などサム・レヴィンソン組の名撮影監督マルセル・レーヴの暖かみに満ちたカメラの中で(面白いことにフィルムを模してスクラッチが付けられている)、恋の高揚を抱き始めたバックリーの口角、想いを胸に留めるアーメドの無言の佇まいにこそ、愛の予兆は宿るのだ。


『フィンガーネイルズ』23・米
監督 クリストス・ニク
出演 ジェシー・バックリー、リズ・アーメド、ジェレミー・アレン・ホワイト
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