長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ブラックハット』

2018-06-22 | 映画レビュー(ふ)

リサーチ魔が祟り、前作から5年もかかってしまったマイケル・マン監督作『ブラックハット』はその努力も虚しく全米で大コケ、大酷評に終わってしまった。しかし、それがいったい何だと言うのだ。ベン・アフレックが『ザ・タウン』で、クリストファー・ノーランが『ダークナイト』で、『ブレイキング・バッド』も『ウィンター・ソルジャー』もフォローした90年代最重要作『ヒート』のマイケル・マン監督新作である。アメリカの批評家はイーストウッドの『ジャージー・ボーイズ』にも手厳しかったが、巨匠の作家主義に対して時に不寛容だ。しかし、ここにはフォロアー達が触発されたシビれるようなエッセンスがオリジンとしての輝きを放っているではないか。

もちろん、サイバー犯罪は御年72歳の巨匠には不似合いなテーマだ。PC内部にカメラが入り込むSF演出、時代錯誤な音を発するPCキーボードのSE。リアリズムも疑わしい説明セリフに名女優ヴィオラ・デイヴィスですら心許ない演技をしている。

だが、それでいい。黒光りするマイケル・マン映画にとってそんな物は吹けば飛ぶ紙飾りに過ぎない。香港映画ですら成しえていないクールでセクシーな香港のランドスケープを見よ。マイケルマンは世界でも指折りの“都市の夜景”を撮る男だ。その街には孤高の男と女、身を焦がすような危険と銃砲が内包される。どこから見ても紛う事なき“マイケル・マン映画”というルック。これこそ作家の映画ではないか。誰がフォローしようとガンアクションの緊迫、格好良さは御大が随一である事を十二分に堪能させてもらった。

ハッカー役なのにガチムチな雷神サマことクリス・ヘムズワースがキャスティングされているのもクライマックスの大立ち回りから逆算された“マイケル・マン方程式”であろう。ジャカルタの祝祭空間で繰り広げられる殺戮はほとんど様式美の領域だ。
いつもなら『ヒート』におけるヴァル・キルマー、『インサイダー』におけるクリストファー・プラマー、『パブリック・エネミーズ』におけるスティーヴン・ラングに相当する“マイケル・マン映画至高のトップ下”の役割を担っているのが女優タン・ウェイなのが新鮮だ。雷神サマのスターオーラに霞まない存在感は『ラスト・コーション』の偉大な演技力を持ってすれば当然の結果である。

 マイケル・マンが一作毎にかける製作期間を考えると、スクリーンで新作が見られるのもあとわずかかも知れない。孤高の漢気、とくと見よ。


『ブラックハット』15・米
監督 マイケルマン
出演 クリス・ヘムズワース、タン・ウェイ、ワン・リーホン、ヴィオラ・デイヴィス
 

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