長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ゼム』

2021-05-23 | 海外ドラマ(せ)

 リトル・マーヴィンによるTVシリーズ『ゼム』を途中脱落しても誰もあなたを責めたりはしない。黒人一家を襲う白人至上主義者と悪霊の恐怖を描いた本作は、目を覆いたくなるような差別と暴力のオンパレードだ。もちろん、実際の歴史は僕らがTV画面越しに正視することも叶わない凄惨なものであり、これを黒人クリエイターから出されてしまってはグウの音も出ない。何より本作は果敢なキャスト陣、一級のプロダクションデザイン、演出によって作られている。

 物語は1950年代、白人による郊外住宅地コンプトンに黒人一家がやってくる所から始まる。アメリカ南部ではジム・クロウ法が敷かれ、苛烈な人種差別の時代である。彼らの入居は近隣白人住民達から猛烈な反発を受け、早々に執拗な嫌がらせが始まる。しかも新居には目には見えない”何か”が潜んでおり…。

 『ゼム』は『ゲット・アウト』『アス』のジョーダン・ピールによる”人種差別ホラー”の系譜に連なり、郊外住宅地や物件の恐怖にはアイラ・レヴィンやロマン・ポランスキー、ジェニファー・ケントの『ババドック』らの影響も見受けられる。リスクを背負った白人キャスト陣(なんせ善人は1人も登場しない)による演技は強烈で、身を乗り出してしまう場面も少なくない。とりわけ悪意の根源に迫る第9話は悪夢のようだ。コンプトンが興った19世紀を舞台に、神を騙る傲慢と弱さに悪魔がつけ入る様を描いたこのエピソードは全編が美しいモノクロームで撮影されており、ロバート・エガース監督『ウィッチ』を彷彿とさせるクラシカルな風格すら感じさせた。近年、『ツイン・ピークス The Return』以後、『ウォッチメン』『ザ・ホーンティング・オブ・ブライマナー』など物語のルーツをモノクロで描く手法がトレンドとなっており、ここに『ゼム』も加わった。

 最大の問題は本作が果たして1シーズン10話もの時間をかけて語られる必要があったのかという事だ。家族が背負った暴力のトラウマを掘り起こし、陰惨な差別を見せ続ける本作が第5話でピークを迎えて以後、僕はどうにも腰が上がらなくなってしまった。実際の黒人差別の歴史を描く上ではこれでもまだ足りないだろうが、『ゼム』には激しい憎悪が渦巻いている。唾棄すべき白人キャラクターの中で、とりわけ陰湿な嫌がらせを繰り替えす主婦(アリソン・ピル)にはもっと語られるべき物語があったのではないか。”旧き良き50年代”は女性の自立が認められなかった時代であり、郊外住宅地に押し込められた彼女らが静かに狂っていったことは近年ではトッド・ヘインズが『エデンより彼方に』『キャロル』で描いている。彼女はもう1人の主人公となるべき存在であったにも関わらず、あの無残な終幕は何なのか。スパイク・リーを始めとする黒人映画には白人に対する怒りや揶揄は存在しても、分断するかのような憎悪はなかった。同じ“人種差別ホラー”でありながら、時にポップですらあった『ラヴクラフトカントリー』全10話の達成を思わずにはいられない。


『ゼム』21・米
製作 リトル・マーヴィン
出演 デボラ・アリヨンデ、アシュリー・トーマス、アリソン・ピル



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