リッスン・トゥ・ハー

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ありがとうポパイです

2007-10-17 | 掌編~短編
 ポパイが家にいた。
 ポパイは黒豆を煮ていて、私はそれを確実に目に捉えたけれど、瞬時に逃避してなかったものとして意識を押しとどめることに躍起になった。
 ポパイは、ああ黒々とええ色にできよったで、とつぶやいて私のほうを見て、ほれ、とグツグツいう鍋の中を見てほしそうな表情、なので、仕方なく、覗き込んであらまあ、と感嘆の声を上げた。確かに黒々と光っていて美味しそうだった。
 ところでポパイというのはどういう人だっけ。
 ほうれん草の缶詰をこじ開けて、調理せずにそのまま食らい、力瘤出して悪役をやっつける米のヒーロー。
 なるほど、そっちかあ、だったらポパイといってみんなが想像するのはそっちになってしまうわけで、そうしたらちょっと意味が違ってくるからややこしい。
 私の家で豆を煮ているポパイはそっちのポパイではない。
 じゃあ、どっちのポパイだというのか、それはポパイがまだほうれん草を食べなくとも良い頃の、ただ、好物のささみだけを食べていればよかった平和なあの頃のポパイで。恋人の冨子、いや妙子だっけ?とよろしくやってた時代のポパイで。
 いや、ささみが好物なのだどうかは分からないけれど。そんな気がしたもので。 
 で、あの頃のポパイって?
 という声が聞こえたから、いやただのポパイ似の男です、と事実を言おうとしたけれどそこは、私にだってプライドとか恥とかそういうものが欠片ほどはあるんだから、まあ、あの頃のポパイと言わせてもらいたい。
 あの頃のポパイは喧騒とか、欲望とかのあまりない、まだ汚染されていないポパイのこと。TVショーで悪役をやっつけてキャーキャー言われる前、だから、自分で軽バン運転するし、切符買うときもちゃんと列の後ろに並んでいた頃のポパイ。私はそういうときのポパイが一番好きだし、素朴で、どこにでもいるポパイだから、まあ、なんというか親しみ深いのです。毎日見てても飽きないというか、逆に2日に一度はちら見したいというか、ペットとして飼いたい存在。バーチャル時間の中で、餌をやり、水をやり、手をたたいて、背を伸ばしてぐんぐん育てたい、シーモンキーみたいな存在。肩に乗らして、キャッキャッキャキャ楽しそうに飛び回っていて、シーモンキーそのもの、だから限りなくシーモンキーに近いポパイといえる。ポパイ仲間の寄り合いで、「お前シーモンに似てんな」と人気者になってしまうぐらいシーモンキー寄り。ある意味シーモンキーよりもシーモンキーらしくあった。シーモンキーから見ても、シーモンキーと見間違うほどの近さだから、困ってしまう。いつかなんてシーモンキーの寄り合いで、最初違和感なく混ざっていたけれど、途中、ポパイ独特の臭みが漂ってきたものだから、「ちょっと待てこの匂い、ポピィが混ざっているんじゃないのか」シーモンキーはポパイのことをポピィと呼ぶ。
 「ポピィがいる?なんだって、そういえば、この2ヶ月目の牛乳によく似た匂い、まさしくポピィの証拠。どこだ」と散々探し回った結果、最初に言い出したやつがポピィで、いつまでたっても気づかれずになんとなく寂しかったんだって。
 そんな寂しがりや見ず知らずのポピィが私の家で黒豆を煮ている。
 ので、通報した。


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