リッスン・トゥ・ハー

春子の日記はこちら

浦島太郎の気分

2009-08-05 | リッスン・トゥ・ハー
煙がおさまったあとの砂浜は実に静かで、私は一瞬そこが砂浜であることを忘れてしまったのだ。波の音もない、風の音もない、鳥の鳴き声もない、その瞬間は時が止まってしまい、時の流れに取り残された私がひとり砂浜にいるような錯覚。突然立ち上った煙が煙たくて目がしばしばしたのと、だいたい嫌いな海の匂いにいいかげん吐き気を催してしまったからだ。煙は開けた箱から出てきた。箱は海の近くのパブ、竜宮城でもらったものだ。竜宮城には鯛や平目に扮した女の舞い、それから目を剥くような豪華な料理が出てきた。私は労働により貯めた金銭の大半を持っていかれてしまった。私は故郷を離れ、故郷で待つ女房子ども老いた親のため出稼ぎにこの湘南へ来ている。たしかに竜宮城は夢のようなところであった。私も我を忘れて楽しむことができた。その代償として金銭はなくなった。何が悪いのだ、と言う気持ち、やってしまったと言う気持ち、入り乱れて何とも言えぬ心境です。竜宮城で支払いを終え、呆然と立ち尽くす私に鯛に扮した女がてくてくと歩み寄り、渡したのがこの箱であった。私はそれを受け取り、早朝の湘南を歩いた。何もなかった。むなしさの渦に巻き込まれた私は惨めだった。やけくそになってちょうど太陽が昇り始めたときに箱を開けてみることにしたのだ。あけるやいなやもあもあと立ち上る煙、そうさ私をいっそのことこのよからけしてくれやしまいかと願ってみた。これは強い毒ガスで吸い込んで即座に全身に回り死に至る、その様を想像した。ほどなくして煙は収まる。箱の中に入っていたのは、すっかり小さくなったドライアイスと私が食べ残した平目の刺身。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿