お昼から休みを頂いて、私的な客をお迎えに宮崎空港に車を走らせました。
「フジサキさん、お蕎麦は?」と言うウエイトレスさんたちの声を背に受けて。みんな良く知っています。給食の時間とずれる時は、フジサキは11時でもお蕎麦を頂いてから出かけるのです。よそで食べるのなら、少しでも売上げに貢献したい・・・いやあ、実は遊楽のお蕎麦がうまいだけの話です。
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ごめんね。きょうは途中で寄るところがあります。
以前、時々寄っていた小さなうどん屋さんが古民家で再出発をしていますが、いままでタイミングが悪かったので、きょうこそはお寄りしようと思ったところでした。
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宮崎市に入る手前、「うどん茶房」と言う看板はありますが、お店という風情はありません。でも、多くの車が駐車しており繁昌している様子が伺えます。「蕎麦・遊楽」も早くこうなって欲しいものです。
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1席だけ空いていたカウンターの隅っこでフジサキが注文したのは、「釜揚げうどん」それに「テンプラ」を添えてもらいました。残ったおつゆに2番だしを割って飲むのは蕎麦湯と同じですが、これまたうどんの後の余韻があって良いものです。
ちょっとお腹一杯になってしまいました。御主人と御挨拶も出来て、今度は繁昌の秘訣を探りに寄るつもりです。
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ところで、実に個人的なことなので書くことをためらいますが、フジサキの来客はフジサキにエンディングノートを託すためにはるばる来られた血縁者です。フジサキが「こちらから出向きます。」と、言ったのに「そういうわけには行かない。」ということで尋ねて来られました。
若かりし頃は、日本中の山登り・印度への旅と、随分とフジサキに影響を与えた人ですが、御年78歳ということで、そういうお気持になられたということです。
静かに話されるのを、フジサキも厳粛な気持でお聞きして、エンディングノートをお預かりしました。
でも、フジサキの方が先に逝っちゃったら、一体どうなるのでしょう。