日本帝国海軍の夢と野望を賭けた巨艦「戦艦武蔵」については作家・吉村昭著が、
「軍艦長門の生涯」で阿川弘之著が有名です。
しかし戦艦の中で最も有名なのは「大和」でしょう。
なぜ「戦艦大和」が有名なのか、名前からして日本という国のイメージがあります。
昭和19年1月のレイテ沖海戦でサマール島沖の米護衛艦空母群にそれなりの戦果を挙げたものの、
その後沈没という悲劇が日本人の判官贔屓になっていることもあるようです。
「戦艦大和」の乗船は3,332人、その内3,058人の方が戦死されているそうです。
大和ミュージアムは平成17年4月23日に開館、造船で有名な呉市にあります。
この度、見学の機会を得て戦艦大和などの製造技術が現在も様々な形で生きていることを
実感しました。
大和ミュージアムに隣接して任務を終えた潜水艦「あきしお」が展示されています。
その巨大さに圧倒されます。
昭和60年に進水、平成18年に除籍されています。
長さ76.2m、深さ10.2m、幅9.9m
内部も見学できます。
乗務されていた方の話では出港後、約1ケ月は船内生活、過酷ですね。
にんげんに生まれて、生誕年の違いで運命は様々と痛感します。
小生は終戦を尋常小学校入学前に迎え、当時日本はどのように戦ったのか、
当時の詳細を知るのは本や映像が主です。
戦時下、戦後の父母たちの辛苦は耐えがたいものだっと思いますが、小生の世代は父母に
守られ困窮の記憶が僅かにある程度です。
現在は造船技術も当時とは異なり格段の進歩ですが、完成までの流れは
設計ー船殻工事(現在はブロック建造が主力)-進水ー調整(艤装)ー竣工のようです。
(この辺り専門外で???ですが)
進水式はワインかシャンペンでロープを切断するのは女性だそうですが当時は
どうなっていたんでしょう。