平成時代・最後の大晦日を迎えて

2018-12-31 10:35:53 | 日記


時計の針は休まず動いている。
左回りに動くこともない。

自分自身の現時点での立場を考えますと、「時間は貴重」ということです。
いわば時間と競っている生活。

若い時は多少なりともやり直すことが可能ですが、今の自分にはやり直す体力・気力が
若い時とは違うことを痛感しています。

ここ数日はTV放映でも平成時代はどんな時代だったのか、という番組が頻繁です。

それについてここに記載するには余りにも多くの出来事があり、網羅は不可能です。
21世紀になってアナログ中心からデジタル化へが加速しています。
正にIT時代といえそうで、加速することはあっても後退はあり得ません。

ITを特に意識していなくても何らかの影響を受けていることは間違いありません。
20世紀には想像もできなかった企業、特に米国ではグーグル、フェイスブック、アマゾン、アップル
などの勢いには本当に驚かせられます。

10数年前「アマゾンで購入するって便利だネ」と友人に話すると
「そんなサイト、大丈夫なの」と帰ってきた会話も今では懐かしい感じです。

その後、携帯電話の進化は凄まじく、ほとんどのひとはスマホに。
正にインターネット社会で今後どこまで進んでいくのか想像もできません。

時代は発言力もフラットになり、「オレハ テンカノ セイジカダ」とか「オレハ カントクダ」
などと威張れる時代ではありません。

「ガンバラナクテ イインダヨ」という言葉もあれば、10代の若いスポーツ選手が世界で羽ばたく
超・ガンバッテイル人もいます。

ゴルフの世界でも史上最年少26歳110日で選手会長に就任した石川遼選手がツアー改革にナタを振るい
テレビ視聴率もギャラリー数も大幅に改善しています。

一方、観客動員数などで悩む伝統的な書道界などはどのように改革していくのでしょうか。

今夜は紅白歌合戦もありますが演歌歌手の登場は希少となってきました。
演歌が時代に追いついていきにくい舞台になりつつあります。
以前のように演歌の有名な作詞家もめっきり減りました。


3年半前にある方からブログ投稿を勧められ、自分などこうした世界には最も遠い存在と思っていましたが
(時間は逆回りしない、今できることを)ブログを始めるに際しては、今現在の興味あることを率直に自然体で、
と考えながらのスタートです。

恥ずかしながらURLの何たるかも知らず、アドレス変更時には右往左往しました。
プロバイダー変更に伴い
https://blog.goo.ne.jp/ksgwcyanne → https://blog.goo.ne.jp/n-ksgw

「壽則多辱」 長生きすれば辱多し
ですが
「厚顔無恥」
は褒められません。

まあ、ヨタヨタ歩きの老耄のブログですが篆刻や円空仏に興味を持っていただく方が1人でも2人でも
増えれば、との願いもあります。
時代はデジタル化ですが精神的な充実感にアナログも必要と思います。
どんな時代になっても居酒屋も無くならないことでしょう。

今夜も今年最後の晩酌で締めを・・・老妻と小さな声でカンパイ!


相手の立場に立てば・・・健康管理法

2018-12-29 19:27:44 | 日記




お付き合いでは相手の立場も多少なりとも考えます。
自分のことになれば案外気にしない場合もあります。

年末年始、下戸上戸によって違いますが、自分の胃腸の受け入れ態勢も考慮せず、酔いに任せて
泥酔したり鯨飲したりして、胃腸はじっとモノも申さず我慢を重ねています。
しかし、いつかは(もう、ガマンもここまで!)と「痛み」で訴えます。
特に年末年始は飲酒の機会が多いですから。

ところで普段、お茶を飲んだり紅茶を飲んだりする機会があります。
「チャ」と「テイー」の名前の由来について違いは説明できますか?

茶は人類の祖先が最初に発見した薬草、という説もあります。
精神または肉体に特別の作用をもたらす霊草・仙薬としての薬用効果が示されています。
痰を切り、熱を下げ、渇きを癒し、気分を高揚させ、胃のもたれをなくし、利尿作用も
あるとされています。

小生自身、(今夜は飲みすぎたナ)というときはお茶をガブガブ飲み、翌日までアルコールが
残らないよう努めてきました。

お茶の歴史は中国では2千年以上前からとされていますが、日本では禅僧が中国から茶の種子を
持ち帰ったころともいわれています。
一般の人が飲む習慣はもっと後からのようです。

中国、唐の時代*8世紀ごろ*陸羽は食べる茶から飲む茶を独立させたことで有名です。
陸羽は漢詩人でもありますが、詳細は小生も知りませんのでご興味あれば検索ください。

はなし変わって回転寿司に行きますと粉末茶が置いてあります。
スプーンで湯飲みに入れて熱湯を注ぎ、直ぐに飲めますのでとても便利です。
茶殻もでません。
(う~ん、これだ)
自宅では急須に茶葉を入れてお湯を注ぎますが、折角のお茶成分の大部分は廃棄です。
調べてみると有効成分の約70%は捨てている!

粉末茶であれば100%利用して胃袋に到着します。
粉茶は茶葉より多少ましですが100%は利用できていません。

粉末茶を利用するようになって胃の調子は快調です。
お茶は湯に溶けませんので最後の一滴まで飲むように心がけています。

粉末茶は残念ながら近くのお店では販売されておらず、やむなくネットです。

ただ粉末茶は味の点からは新茶などには及びません。

その時の気分で煎茶を飲んだり、粉末茶を飲んだりもいいものです。

最初の「チャ」「テイー」
中国・広東省の茶の読み「cya」は主として陸路で茶が伝播した国々、
日本・韓国・オンゴル・チベット・インド・トルコ・ギリシャ・アルバニア・イラン・ロシア・
サウジアラビア・ポーランド・ポルトガルなど。

一方、海路によって茶の伝播された国は、茶の船積みをした地域、福建などのアモイ系の読み方
「te・ti」が用いられたそうです。
スリランカ・南インド・オランダ・イギリス・ドイツ・イタリア・スペイン・フランスなど
(小川後楽氏による)

本来は同じ中国の茶ですが呼び方に2つあるんですね。

お茶にもいろいろあって、緑茶、紅茶、ウーロン茶は勿論同じ茶葉から作られています。

中国の浙江省に行きましたおりはロンジン茶をお土産に購入したことを思い出しました。

お茶を沢山飲めば胃腸はきっと大喜び!かも。



自転車の修理にも工夫して・・・と

2018-12-28 18:27:17 | 日記


快晴で風も穏やかですのと日頃先送りになっていた修理を、という気持ちになります。

自転車のサドルの表皮が傷んでいましたので、駐輪場でもすぐ発見できるように目立つ色で
修理を、と考えました。
市販品であれば購入後、直ぐに取り付けられますが、これでは面白くない。

東急ハンズで目立つ色の人工皮革を購入、適当にカットし、布に穴を開けて針金で固定。
まあ、10分か15分程度で完成です!

一方、安全確保のため、夜間でも後方の車からも確認できるように大型の反射板を
ホームセンターで購入。
取付の穴が空いていないため、自分で穴をあけ針金で固定しました。

大型の反射板ですので上記同様駐輪場ですぐ確認できます。

こうしたことは日頃、改善すべき個所を頭に入れて、売り場を巡回しヒントを見つけます。
(あれを使って、ああすればどうなんだろう)
些細なことですが自分のイメージ通りだと自己満足(やったア)

家内に感想を聞くと(う~ん、いいんじゃない)と生返事で本心はどう思っているのやら・・・

寿司屋と隠語

2018-12-26 16:47:39 | 日記


寿司の業界もすっかり様変わりです。
今では回転ずしが主流となり、伝統的なお寿司屋さんは常連客相手のほんの僅かです。

その理由は色々あると思いますが、専門的な解析はその道のプロにお任せとして。

一般論で申せばお寿司屋さんに入店することはちょっとした勇気が必要でした。
財布が寂しいときはああ絶対入店は無理です。
ネタによりお値段が異なり、「時価」ということばもありました。

「時価」って、いくらぐらいの値段だろう、と心配しながらでは口に入る寿司も
じっくり味わう余裕もありません。

最近は東京・築地などでは明朗会計の店もあり、こうした店は繁盛しています。
しかし地方ではこうした店は極く少数です。

回転寿司ならお財布の心配無用です。
「さあ、どんどん食べて!」

皿の数で直ちに計算でき、(ええっと、今日はこのくらいのお金で済むかナ)
と胸の内で計算できます。
食べ盛りの孫たちと一緒でも大丈夫、という声は頻繁に耳にします。

業界の変遷は言葉の世界でも大きく変わりました。
以前であれば、寿司屋さんに行くときは隠語も覚えておく必要がありました。

シャリ(飯)
ガリ(生姜)
オテモト(箸)
ムラサキ(醤油)
アガリ(お茶)
オアイソ(勘定)

「ちょっと、オアイソお願いします!」
とは回転寿司では申しません。

タッチパネルで(会計)にタッチするだけ。

従来の寿司屋さんで大きな声で「カッパ巻きお願いします」とは言いにくかったです。
つい高価なネタを注文。

その点、回転寿司は何を頼んでも大丈夫。

先日、居酒屋さんでタッチパネルで注文スタイルあり、ちょっとびっくり。
店員さんは配膳だけでOK.
日本語の苦手な外国人でも務まります。

その内、家庭にも普及して夫婦喧嘩していてもタッチパネルで
「今夜のご希望メニュ―は?」
「ステーキ」
「売れ切れです」(ご機嫌悪い時は!)

まるで漫才の世界の如くになるかも。



瑤藍印社一門展・終了しました

2018-12-25 13:59:17 | 篆刻




先日、ご紹介させていただきました印社・作品展が無事終了しました。

惜しくも卒寿のご年齢で年初にご逝去されました中島藍川先生が平成16年に岐阜新聞に
寄稿された一文をここにご紹介申し上げます。
先生の印譜集は数冊ございますが寄稿文は稀少と思われます。

先生は「瓦当」の蒐集にも努められました。
「瓦当」というのは屋根を葺く際、平瓦を並べた先端を覆う伏瓦が軒先に出た円形や
半円形の先端部分を指します。

この瓦当には「延年益壽」など福を願った言葉も多くあります。
先生の室号に「瓦甓斎」もこうした瓦当に因んだようです。

篆刻芸術は現代の社会ではあまり馴染みがなく、興味を持たれている方は書道家など関連する方が
殆んどです。
こうした篆刻作品展を小生は単なる作品自慢でなくて、「作品展を通じて交流を楽しむ」という考え方で
失礼と思いつつ多くの方にご案内申し上げました。

小生自身、数十年やっていて日展の入賞作品でも理解が難しい作品もあります。
(この作品って、どうなんだろう?)
篆刻に全く無縁の方が(鑑賞方法が分からない)というのは当然です。

「作品の見方を教えてくれない?」
「言葉での説明は難しいけど、線質といって生きた線とか強弱の線、余白のバランス、
 文字のバランスとか、まあ絵画でも陶芸でも基本的には一緒と思いますね」

(含蓄、精微、優雅、洒脱、調和、粗密、線の律動など言葉にできません)

「今回は先生の遺作展に見学時間の7~8割を割き、残りを他の作品を見て、
 そしてお義理!で小生の作品も見てくださいネ」
「気に入った作品を2-3点じっくり見て、後はさ~と、でもいいですよ」
丁寧に1点1点ご覧になっている方も結構あります。

大層ご迷惑と思っていましたが予想外に
(こうした世界があることを知って良かった)
(家内と一緒に出掛けるきっかけになって良かった)

更に、ご来館後に会場近くのお店で忘年会として盛り上がったり、
40数年間、お会いする機会もなく年賀状交換だけの方に今回お会いして
(長らくのご無沙汰ですが全く変わっていませんネ!)
空白の時間が40数年でも会話は直ぐに弾みます。
こうした経緯で期間中、4回の楽しい会食に。

作品というのは考えてみればそこに自分の人生が投影されています。
小生は1年以上掛けて般若心経、約270文字を謹刻しましたが、その内の変形印を数顆
押印したのを出品しました。

公募展は個性が発揮されていないと入賞・入選は難しいですが般若心経は公募展とは
異なります。
極力平凡を心掛け、その中に淡泊な味付けを留意して制作しました。