世界の状況だけ見てみると、混乱していて憂鬱になるくらいに不安な状況だが、自分の道とでもいうか、軸があれば関係がなくなる。そういうものを見つけるために、占星術があり、自分の足をひっぱる部分を見直すのによい手法なのである。
西洋占星術のホロスコープは「門」なのだろうと思う。
自分の人生を阻む要因をみつける手法。
自分の人生の上限は、ホロスコープで見つける必要はそんなにない。
普通のホロスコープだと、自分が恒星になることを阻むからだ。
相対的な世界のなかで、相対的に自分の上限を過小評価する。
上限は、自分で決めればいい。
ヘリオセントリックや恒星パランで見つければ、という人もいるだろうが、あまり具体的ではない気がする。
抽象的すぎるので、スピリチュアルに足をつっこまない人間にとっては、それは毒になりかねない気がする。
で、決めた上限を現実化するために、何を削ってなにを付け足すのか。
なにをやって、なにをやらないか。
何が得意でなにが不得意か。
なにが本当は好きで、なにが本当はきらいか。
運とかチャンスのような、目に見えない曖昧で非物質の事象を、いかに自分の側にたぐりよせるか。
なにを足がかりにしたほうが手っ取りばやいか。
そういうことがホロスコープでわかる。
占星術・ホロスコープで、各惑星に「適齢期」がある。
で、土星は50代になるのだが、土星というものは同時に「自分の人生の枠組み」も意味する。
骨子、分子構造における格子。格子と結晶。
それは、別に若い内にきめて問題ない。というか、もし目覚め、意志の力を自覚し、その人生に疑問を持ち始めたのなら、とっとと決めたほうがいい。
自分の人生の、最終ゴールや目標を。本質を、エッセンスを。essenntial。
そこに十字架は降りる。十字架は、縦と横。天や「本性」「道」と、俗世間や世界とのバランス。力量点。自分は何をどこまでやり、自分は何を、どこまでしないか。
SNSで小栗旬さんについて見つけたので、彼のホロスコープが気になったので読んでみた。出生日・場所はwikipediaより。
https://togetter.com/li/1881711?fbclid=IwAR1kWrNi_g9x_ojBno2FKUagsOCimzG0pFpem2wudoZjQyKd7TVvp2EVywY
ちなみに私自身はプロフェッショナルの番組は見ていない。
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ホロスコープを見ると、進行の月が天秤座の終わりで、次に蠍座に向かう途中。
サビアン換算で、冥王星が天秤座30度、土星がさそり座3度。
いま大河ドラマの主人公で、進行の月が冥王星にもかかっていて悪くないと思う。が、「悪くない」というのは外野というか観客からの評価というか判断。
年齢的に、経過(トランジット)の冥王星が90度でくるので、本人的にはいろいろ苦しいのでは。松村潔のいう冥王星の「中年の危機」。冥王星が問われる時期。
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そもそも、天秤座が冥王星というと、大勢の人間のなかでの人気をとる、そつなくやるというのは問題ない。
ただ土星がさそり座だし、90度の冥王星の位置がサビアンで山羊座30度。「秘密のビジネス会議」。
これは、人間のありふれた共同体の常識から抜け出して、新しいもの、秘密、表も裏も酸いも甘いも嚙み分けた知識への渇望みたいなものが滲み出てくる度数。
山羊座の最後の度数だから、社会での成功は果たした。が、それに飽きたというかどん詰まりを感じ、みずがめ座への欲求を感じている。
水瓶座は古い社会や常識ではなく、新しい社会・理想の社会・人間の普遍的な知識や智慧(それこそ東西の賢人達が議論したような)などをあらわす。
新しい何かを演じるためには、水瓶座的な要素に注力する必要があるのかもしれない。
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あと、キロンが気になる。
彼のキロンはサビアンでいうと牡牛座24度。
キロンはその人の苦手であったり不得意であったりする場所だが、それを克服し乗り越えることで天からの力が逆流するポイントでもある。
天啓とかインスピレーションとか。一皮剥けるということ。
これは物質的な常識的な学習やノウハウ、スキル取得ではたちゆかない領域。
彼はまず、他人に気を配るより、同じ目的をもった他人を巻き込みながらも、自分の目的や欲望・欲求のおもむくまま、深みにはまり集中するのが必要では。それには、現世でいわれる「俳優的な努力」は必要ない。
努力の方向性、矛先をかえることが必要。それはキロンの克服と、冥王星90度への対処とか。
さいきんあまり西洋占星術やホロスコープを使わない。
理由は、星や星の動きが「枠」になるから。自由度が奪われる。
ただ、そもそも人間の世界の枠にどっぷり浸かった状態を改善するには、西洋占星術、ホロスコープはいい。
・どこで嵌まっているのか
・どういう方向性にいくのが一番効率的か
といったことがよくわかる。
全惑星意識や太陽、恒星にいたる道筋をみつけてくれる占術。
そこには、外部や周囲がこうだから無理だ、失敗するという甘えを許さない部分がある。
自分の無意識に、外部からの干渉を許す点があれば、そこからつけ込まれる。
が、そこを改善すれば、外部からの干渉をも取り込む。取り込むというか、その存在を許さなくなるし、許されなくなる。
ホロスコープは、上限を決めるツールではない。上限は自分で決めればいい。
下限を押し上げる道具なのだ。
自分や人生を底上げする道具。
平均、真正とダークムーンリリス。
この値をだしてサビアンとか惑星の距離、リリスが属するサインを考えてみるといいかも。
自分は海王星とダークムーンリリスがかなりタイトな合で、なんだかなとなる。
リリスの出し方参考
メモ:アルコール、抑圧、海王星、内蔵、占星術、エーテル体と肉体の階層、ケンタウルス
役者が演技をするのに、それに適した身体操作方法を取得する必要性はある。
身体操作方法とは、滑舌、歌唱、ダンス、アクションなど。
それに、感情のコントロールも必要だ。なんでも役者には、泣こうと思ったらすぐに泣ける技術は必須らしい。これは「悲しい」という感情に没入するなり、まとわせるなり、もしくは過去のそういう記憶をたぐりよせて涙を流すことなのだろう。身体操作のひとつでもあるが、感情の在り方や使用法をどうするかということでもある。
そして、もうひとつ重要なのが「存在感」だ。
これはオーラがある、という言葉にも結びつく話で、エーテル体の育成も関係してくるはず。
占星術のホロスコープでは、エーテル体は「月」を指す。
これをタロットパスワークで考えると、マルクトからイエソドの「世界」の関与は重要だろう。イエソドは「真の月」で、足りない無自覚な月(無意識の側面)を統合したもの。自分の「月」を自覚している人間はなかなかいない。皆、無意識に食われている。その食われた部分をとりもどすのが「月」をとりもどすということ。
「月」は、感情・水・自分の基盤・母や妻との関わりなどを示す。ここに問題がある人生ほど、月の無自覚さをとりもどす行為は必須になる。なぜなら、偏った月は自分の人生を無自覚に奈落に落としかねないほど厄介だからだ。
「月」には感情が関与する。月が無自覚で食われていると、感情が低かったり重かったりする。そうなると人は、自分の人生を切り拓きにくくなる。重い感情につかまって捕われた人間は、広い見識を持てないから自分で人生のチャンスをつぶす。自分や自分の周囲を正しく見えていないからだ。
タロットパスワークでいえば少なくともイエソド、ホド、ネツァク、マルクトをつなぐパスのワークは必要だろう。本当はティファレトも必須だけど、極論をいうとまずはイエソドと徹底的に向き合えば、他のパスは勝手に精通されるかもしれない。
さいきん芸能人の裏話を暴露するYoutuberが話題らしい。個人的にはそういうことで視聴者を集めるのは好みではないが、そもそも暴露話の原因となる芸能人の行為というものは、「無自覚に食われている偏った月」が引き起こすのではないかと思う。
いままでの人生で、なにかしら傷なりトラウマがあった。それから自分を守るため、ある行動をとるようになり、それが習慣化されてしまった。古いシステムに残った自動制御プログラムで、もう機能しなくていいのに勝手に動いて自分の人生を狂わせてしまう。その自動制御プログラムの場所というのが「月」である。なので、月と向き合うということは、もう自分に不要なプログラムを削除して、新しいものを配置する・上書きする作業だ。これは心理療法だとNLPあたりが近いのかもしれない。ミルトン・エリクソンの本にはそういったことが書かれている。
役者にかぎったことではないが、「月」にはさまざまな要因が隠されている。そこを開発し、修正していくことで、存在感やオーラという「どう訓練すれば良いのか?」というものを開発できるし、他人に後ろ指をさされるようなリスクある行動を穏やかに修正することも可能だ。
引用:http://201311km.blogspot.com/2015/09/20150910.html
『蠍座は生命感覚で、生命感覚を強めるには、一番早いやり方は、たくさんの人を集めて、その人垣の頂点に立つことです。すると、複数の人の生命力が圧縮集合して、頂点にはその力が集まり、これが人を、地に落ちた蠍から、鷲に戻すのです。そして鷲は、この第三等級宇宙の前の第二等級宇宙の力に接触させます。この集まった力は、もちろん参加者全員にも共有されます。ブルースモーエンは、集団探索を重視していますが、集団探索によって得られるパワーは、ひとりで頑張っても獲得することはできません。
蠍座は権力に関係しますが、権力は集団の人間の中で作られるもので、元素としては土・水が持つものです。風・火は、その場から拡散して逃れようとしますから、火・風の元素の人には、権力は得られません。』
『李白は、わたしと同じ年齢の62歳で病死したけど、伝説では、船の上で、水に映る月を捕まえようとして溺れて死んだということになっています。月はエーテル体。そこに手を伸ばして、結果的に、肉体を失った。肉体をまるごと失うくらい、そこに意志を向かわせたのです。つまり彼は、肉体を捨て、エーテル体を肉体とする、すなわちひとつ次元が上の存在状態にシフトした。それ以後は、人と接触するときには、応身で接触することになり、それは集団に働きかけるということです。李白はさまざまな伝説で語られ、小説ではたくさん脚色された。これこそ、肉体を台座にして存在したのではなく、応身を土台にして生きたという意味です。彼は生理学的奴隷でなく、生命だったのです。伝説ばかりあって、実際のところがまったくわからない、というのが人の正しい生き方です。つまり物質的に、ひとつの塊に拘束されていないということです。』
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自分はさそり座あるけど、天王星だしバーテックスだし6ハウスだしで、他人にやるのではなく自分自身にやっちゃうんだろうな。
で、もし他人にやるとしたら、自分を変えたいとちゃんと決意できる人だけ集めてやるし、そうなったらドS気味な感じでやりそう。人間的には普通だけど、非物質的ドS。天王星だからね。
ホロスコープの4つのサインである火・土・風・水から、役者の能力向上をはかるということは、肉体、感情、思考の三つ組すべてに関わってくる。なお、肉体というのは、物質や五感、感覚も含む。
この三つ組のレベルをあげるということは、肉体のパフォーマンスはもちろん、感情の統制や思考やインスピレーション、アイデアなどの能力開発に関わってくる。
では具体的にどうするのか。大まかな方向性として、松村潔によるグルジェフの水素論から大雑把に説明すると、自分の平均知性をあげることが重要だ。
理想的な人間の構成は、H6・H24・H96であるとされている。高位自我としての知性はH6で、これは恒星だ。
恒星というのは<スター>だ。自分が光を生み出し発散させる。太陽は惑星があるので厳密にいうとH6ではないのだが、少なくとも太陽以上の存在がH6であると簡単に考えてもいいのでは。
役者で<スター>といえば、伝説とかレジェンドとか永遠の…と冠がつくような存在をさす。プライベートなどはともかく、彼らは銀幕上では光を放つ存在だ。で、光を放つということは、自分の意図や意識をなんのためらいもなく放射するということ。そこに至るまでの覚悟や決意をおこない、その境地に至ったものを指す。
H6というのは、自分自身が「神」なのだということを知っている。自分が神であるというのは、高慢や自慢の材料に使うものではない。そもそも、自分は神であるということを自慢するものは知性が低い。自分について知らず、思考停止しているから他人に媚びて「自慢」することで短い心の平和を得ているだけだ。
神、という言葉を、東洋思想でいう天とか道と置き換えたほうがよりわかりやすいかもしれない。個人人格をもった神ではなく、漠然として茫洋とした存在。人間の知性や認識、二元論を超えたもの。全性、実相、原理、太一などなど。人間はマトリョーシカのように「宇宙」という存在を小さくし、肉体の器におさまった存在で、思い出せばその気になれば、再び「神」と共振し、神を取り戻せる。
で、これは役者に限らないが、自分が「神、スター」であることをとりもどせば、人気なり需要なりはでてくるはず。自分のなかの神性、スターというものは、人に永遠性を感じさせる。永遠性というものは人に感動を生み出す。
ただ、どういう方向性のどういう役者になりたいのかは自分が決めることだけど。
自分のホロスコープのMCについて考えていたら、もう少しスピリチュアルな世界に足を踏み込んでほしい、みたいなことを言われる。イメージとして、右足を沼に5ミリから1センチくらい沈み込ませるかんじ。自分としては、あまりスピリチュアルなこと言いたくないという意識がまだ根強いんだけど。というか、そういう意識をもっておかないと人間としてバランスとれない。でもこれを機に、もうすこし怪しいというかオカルトというか、多少誤解をされてでもそっちに踏み込むことも重要らしい。怪しい護符でも売るか。
私のMCはうお座9度なので、まあそうだよな、となる。
Netfrixの「浅草キッド」を観てから、良い役者とか演技とはなんだろうと考えることが多くなった。
そもそも演技の良さ、というのはなんだろう。これは私にとってはよくわからない。私の場合、役者や演技の「うまさ」とは、米飯のうまさと一緒で、良いとか普通がわからない。ただ、「まずい」ものを食べたりみたときだけわかる。そんなかんじのもの。
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そもそも、世の中の役者とか演技を十把一絡げに論ずるのも難しい話だ。
まず、テレビなどのドラマや映画と、演劇舞台で行われるものとは役者に必要な能力が違ってくる。
舞台というのは、たとえば宝塚や劇団四季などのように劇場で行われるものだ。劇団の演劇もこちらに入るだろう。これらには専門的な身体操作が求められる。歌、ダンスや踊り、発声方法、身振り手振りなど。日常生活そのままの発声や動作ではだめだろう。なので演劇や舞台向けの役者になるのであれば、必要な肉体操作方法を学ばないとやっていけない。
それとは代わって、ネットやテレビや映画などのドラマなどでは、舞台演劇よりは特殊な肉体操作が少なかったりする。アクション俳優や格闘をメインにしたものは別かもしれないが、それも役者の代役がかわりにやってくれることもあるので、メインではないことも多い。
こういう特殊な身体操作が比較的少ないものに出演する場合、役者に求められる要素の多くは「肉体的魅力」である。特に主役や、そこに準ずる役を得るのであれば、肉体操作法の上手下手よりも、顔の良さ、身長の高さなど、その肉体「世間に受け入れられた美」かどうかは大きな指標だろう。いわゆるイケメンとか美女とかそういう括りだ。
で、肉体美や肉体的な魅力というのは、努力や工夫でどうにかなる部分もあるが、どうにもならない部分も多い。それは身長であったり、顔のパーツの配置や大小であったり。整形をするという手もあるが、それはそれで課題もある。
そもそも肉体美というのは、あくまで「いまの世間で言われているもの」である。あくまで相対的なものだ。そういう意味では、相対であるから「自分は美しい」という意図で生きれば世間の常識すら塗りつぶし上書きし、世間を振り向かせることも可能ではある。が、それは生まれついて「美しい」とされる人よりはハードルが高い行為ではある。なぜかというと精神的な修養などが必要になるから。
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色々書いてくるととっちらかってくるが、まず役者に必要な能力というのは案外多方面で、自分が行きたい方向性の技術を身につける必要がある。
で、肉体的な美しさに恵まれていないものは、各種の身体操作法を極めるというのもあるが、それもなかなか難しい部分も多い。
では、どうやって役者として能力向上させるのか?と考えた時に、占星術はその参考になる可能性が高い。
簡単にいうと、サインを使う。火、風、水、土。それぞれの惑星がもつサインを読み取り、自分の適性を知り、そこからとっかかりを作る。
たとえば水のサインが豊富であれば、技術云々ではなく「人の感情を惹きつける」特性がある。演技力とかそういうのを無視した魅力なので、技術的には大根であってもファンや世間の支持が得られる。そのため、テレビや映画などでは有利かもしれない。
逆に火のサインであれば、舞台のほうが向いているかもしれない。その精神性を受肉させる器として、少なくともテレビドラマは心もとない。映画通の人間が賞賛するような映画や、舞台演劇のほうがその特性が活かされるだろう。
土や風のサインは、水と火それぞれを補佐するサインと見ることもできるだろう。土は堅実な努力や枠組み、風はコミュニケーションや知識。その人がまだ役者として安定していない場合、どうやって土台となる生活を安定させるのかにも気を配らないといけない。土と風は、その足がかりの一助となる。
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結局、ホロスコープは人によって指紋のように違うので、ここで「誰にも共通」ということは書けない。書くとそれに囚われるし。ただ、才能や能力に一見恵まれた「子役」が、そのまま大成しない事例が多いように、若いうちに一見恵まれた能力をホロスコープ上もっていたとしても、それを有効に使っていかないと、結局は生き残れない。
逆に、人生の後半以降で役者として名をあげることも可能だ。ただし、本人がその決意を持たなければ別だが。
ホロスコープは全て持っている。占星術家は星があるところばかりを見がちだが、星が何もないところも人は全てを持っている。星がないから諦めるのか、星がなくてもそこを工夫して探索し、自分がその能力を引き出すのかはその人次第。
松村潔のコラムで、7つの恒星があげられている。
https://starpeople.jp/seijingoroku/matsumurakiyoshi/20220228/21165/
自分はどの7つがいいかな?と思ったら、以前探索した冬のダイヤモンドにかかわる星座や星を使うといいらしい。
カペラ
アルデバラン
ベテルギウス
プロキオン
ポルックス
デネブ
ウェズン
最後の一つがおおいぬ座なのだが、それがシリウスだとしっくりこない。今だとウェズンというかんじ。これはもしかしたら時期によって切り替わるのかも?シリウスだと、ちょっと押しが強すぎるので、バランスが保てなさそう。ウェズンくらいが今はちょうどいい感じ。ウェズンは、ひっそりと社会から一歩引いて暗い寺院のなかから外を見ている感じ。外は光が眩しすぎて酩酊しそう。暗い屋内からのほうが、よく見えるよ。
2月にはいったくらい?もうちょい前からか?夢の見方がまたかわってきた。
起きる前くらい、朝の時間帯に、かなり低次の層あたりで夢というか情報をみている、対応している感じ。夢というよりも、自分の意図にしたがって他の世界線、未来、分岐点から情報をもってきたり処理しているような感覚。だから夢といっても、すでに既知のものを見ているというかんじで、恒星探索などのような未知のものに触れる感覚や情報の質ではない。
で、28日明朝にムカデを倒す夢を見た。
家族で新しい家に引っ越す?みたいな雰囲気のなか、家の壁(土壁だか無垢の木の壁だかで、質は良いというかんじ)の節目みたいなところに穴とか動く気配がある。天然素材だから、節目とか虫くいの穴があるのは当然なのだが、よく見てみると小さい穴のなかになにかうごめく気配がある。
虫?と思い、近くにあった消毒用アルコールスプレーをプシュっとかけたら、その穴からムカデがでてきた。血のように毒々しい赤い虫。うわっと思いつつ、他の穴にもプシュプシュかけていく。十くらいあった穴にひと吹きしていくと、小さなものから意外と大きなムカデがでてきて退治していく。なかには頭部がパン!と消滅して生き絶えるものや、妙な鳴き声?をあげていくものも。それを見て、ああ安心、ひと段落という気持ちになる。
起きてから、ひさびさにムカデというキーワードがでてきたなと思い、ぼーっとグーグル検索。ムカデにまつわる夢、殺す夢は、金運とかチャンス、何か起きる前のトラブルや火種、不安の種を潰すということ。
で、ふと気づいたのが、ムカデではあったが、これはホロスコープのサイン「さそり」ではないか。もしくは「かに」。
家の壁、というのはかに座の意味でもある。もしくは拡大解釈して土星的な壁や、松村潔のいう立方体(ユングの6つのアーキタイプ)であるとも。
自分の「あたらしい」「家」の「壁」に、いらないものがいて、「アルコール」で退治した。またそれはホロスコープでは「さそり座」「天王星」にも関与する。虫の穴は裂け目であり、キロンだし、そもそも天王星はキロンを通じて土星に関与する。
そう思って、今日現在のホロスコープで経過と進行をみてみたら、笑ってしまうくらいにストレートな配置だった。なんのひねりもない。
自分が占星術の勉強をはじめたころ、なんて重苦しくつらいホロスコープなんだろうと呪ったくらいだったが、今「上」から見下ろす感じであらためてみると、本当によくできているというか、なんというか・・・と苦笑する。そうはいっても、人間として苦労が多いし、とくに若い頃には何をしても認められなかったし、時勢も味方にならなかった。だが、なぜその苦労をしたのかというと、それそのものが「修行」であったし、なってしまったというのも事実。物質世界で翻弄されながら生きていれば、それ自体が修行だよ。ヒマラヤとかインドに逃げなくても、それ以上の修行になるよ、という気持ち。少々やるせない。
しかし、私は別に修行なんかしたくもなかったし、ぬくぬくとぬるい人間生活をおくりたい気持ちには変わりない。なので、なぜこんな苦労をさせたのかは死んだ後にメインガイド達に小一時間以上は問い詰める楽しみとして、とっておくことにする。
ちなみに「虫」というのは象徴的な意味での虫です。昆虫学的な定義による狭義の虫ではないよ。虹も、虫。
じわじわとせっつかれていた「切る」護符を作った。
護符というかタリスマンというか。
作っておいておいたら、物質世界にそのエネルギーを定着させたため、グッと重さがきた。
非物質、半非物質情報を物質化させると、なかなかインパクトあるね。
なんでも「切る」が、使い方を間違えると呪いとか呪い返しもうける。
自分のなかの不要な縁、感情、思考やパターンを切り、これから必要な縁やチャンス、エネルギーや情報がはいってくるお守りとして認識するのが一番安全だし効果が高いのかなと思う。
これはかなり万能な気がするけど、覚悟がない人には、いきなり「一見悪い出来事」がポーンと起こりやすいので、そのへんのスピードコントロールも重要かな。
で、これでしばらくいいかなと思っていたら、今度はてんびんのズベン・エス・カマリから「作ってほしい」という圧力を感じる。
これを作ると、タロットの8とグラウディングの効果になるかな。宇宙から地球に支点をぶっすり突き刺すので、自分の軸を作るのにもいいかも。隕石なみのグラウディング力。
護符作りの最初の頃に、土星の護符をつくったら、いつのまにかタロット15悪魔の意味もくっついてしまった。悪魔的に、自分が自律して人間世界を作るという意味での土星。ま、悪いことではないけど、たぶん軸がない人間はすべて配下になるだけかな。まあそういうのは今にはじまったことではないけど。
タロットの大アルカナに、それぞれ守護というか関連する恒星をわりあてて作ってみても面白いかもね。