小諸 布引便り

信州の大自然に囲まれて、風を感じ、枝を眺めて、徒然に、社会戯評する日帰り温泉の湯治客です。愛犬の介護が終了しました。

早稲田文学季刊で読む、「炸裂志」:

2015年02月17日 | 書評・絵本
早稲田文学季刊で読む、「炸裂志」:
カフカ賞受賞作家、閻連科(イエンリエンコー)による中国長編小説であるが、いつになったら、出版されるかは、恐らく、その内容からして、分からない。途中で、筆を折らざるを得ないような局面を迎えるやも知れないことは、想像だに易い。既に、著作の一部は、中国エイズ村奇談と称する「丁庄の夢」他は、発禁或いは重版が差し止められている。従って、飜訳連載されている間に、読むに越したことはなさそうである。「志」とは、日本で云うところの志しではなくて、一種の市史・編纂のようなもので、ここでは、中国の一地方都市、「炸裂」に於ける、所謂、「万元戸」、「億元戸」を生み出してゆく過程での内幕を、行政の逆手をとるかたちで、「神実主義」という手法を用いて、「存在しない、眼に見えない真実を探求するもの」だそうである。現代の中国が抱える問題と言うよりも、或いは、その国の成立に関わってきた歴史的な宿命とは別に、もっと、普遍的な世界に通じるような規模での課題を、その影が、光が強ければ強いほど、逆に、濃くなるように、その暗黒の中で、暗黒になればなる程、希望にもなるように、剔抉してみせるのではなかろうか?彼は、自分の作品を、こうも云っていっている。「あの暗黒のなかで、懐中電灯を点けている盲目の人が暗黒の中で歩くときにあの限られた光で暗黒を照らすのとおなじ、出来るだけ人々に暗闇と、避けるべき逃れるべき目標と目的をみせることなのです」と、又、こうも云っています。「私はいつでも混乱した暗黒に包囲され、ただ暗黒の中で世界の輝きと人間のか弱い存在と未来を感じることしか出来ない」とも、、、、、、、、、。更には、「生まれつき暗黒を体験している存在である人間は、彼の前方が明るいことを信じることが出来ます。この明るさによって、人々は、暗黒の存在を見ることが出来、更には、上手に暗黒と苦難を避けることが出来るのです」と、、、、、、、。
一地方都市の「炸裂」が、「万元戸」へと変貌してゆくときに、その鉄道貨物列車が、急峻な坂を登り詰めるとき、速度が落ちる故に、その国有財産であるコークスやら、あるときは、高級な布地であったり、様々な物資を盗んでおきながら、それを卸し(下す)と称して、住民がこぞって、発展の原資として、行なってゆく様の凄まじさは、人間の有する浅ましさを表している。しかも、それが、行政権力と、或いは、国家合法思想としての国家権力と相俟って、事故死した者までもが、革命烈士なるものへと転化してゆく様は、恐ろしい暗黒の現実である。春節で、爆買いに来日する中国人観光客にも、一度、この件を、尋ねてみたら良ろしかろうか?一体、いつまで、この連載は、継続可能なのであろうか? 末尾の(つづく)という小さな文字が、やけに、大きく、意味深長であると思うのは、私一人だけであろうか?


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