チェインブレーカー及び関連領域の郵便史

ユーゴスラヴィア建国当時~1922年頃までの旧オーストリア・ハンガリー帝国地域のチェインブレーカーを中心とした郵便史

5 vinar印刷版

2008年05月10日 19時46分55秒 | スロヴェニア切手
5 vinar印刷版

1. 1919年1月25日、石版、リュブリャナ、I. Blazniks Nachfolgern印刷所
平滑白色~黄色紙
grün緑色、trübgrün濁った緑色、bläulichgrün青味をおびた緑色、olivgrünオリーブ色(黄緑色)
目打ち11 1/2
32万9650枚(Novakによる)

2. 1919年3月13日、石版、リュブリャナ、I. Blazniks Nachfolgern印刷所
粗薄紙
grün緑色、gelbgrün黄緑色、smaragdgrünエメラルドグリーン
目打ち11 1/2
240万枚(Novakによる)

3. 1919年3月20日もしくは6月末、石版、リュブリャナ、I. Blazniks Nachfolgern印刷所
厚い粗雑な紙、ダンボール紙
grün緑色、hellgrün明るい緑色、gelbgrün黄緑色、trübgrün濁った緑色、olivgrünオリーブ色(黄緑色)、(FleckとNovakによるとgrün緑色の全てのシェイド)
目打ち11 1/2、しばしば欠陥のある目打ち
653万7400枚(Novakによる)

4. 1919年9月、紙と色は不明
S. Veselićによると郵政局記録所の記録より、9月15日に25万4900枚、10月2日に144万6300枚、300枚シートで(?)印刷。1919年11月20日~27日に郵便経済局は全ての165万3300枚を受け取った。
Deroccoの意見によると、リタッチされた石版により印刷されたsmaragdgrünエメラルドグリーン色の平滑白色~黄色紙と厚い粗雑紙の切手が恐らく引き渡された。
(訳注: 集計には165万3300枚を使用。)

5. 1919年11月15日、凸版、ウィーン、A. Reisser Nachfolgern印刷所
平滑白色~黄色紙
smaragdgrünエメラルドグリーン色(FleckとNovakによると異なる色調のgrün緑色)
目打ち11 1/2
202万枚(Novakによる)

6. 1920年1月11日、凸版、ウィーン、A. Reisser Nachfolgern印刷所
(この印刷版はDeroccoによると1920年2月1日であるが、我々はFleckとNovakの記録により修正した)
灰色海綿紙
smaragdgrünエメラルドグリーン色
目打ち11 1/2
100万枚(Novakによる)
(訳注: ドイツ語部分は10万枚と書かれているが、セルボクロアート語の部分には100万枚と書かれているため、正しくは100万枚であると考えられる。)

7. 1920年2月1日、凸版、ウィーン、A. Reisser Nachfolgern印刷所
かなり厚い白紙、あるいはアイボリー紙
smaragdgrünエメラルドグリーン色
目打ち11 1/2、
130万枚(Novakによる)

8. 1920年2月1日、凸版、リュブリャナ、Jugoslovanska tiskarna (ユーゴスラヴィア印刷所)
平滑白色~黄色紙
hellgrün明るい緑色、gelbgrün黄緑色、bläulichgrün青味をおびた緑色
目打ち11 1/2、のこぎりルレット、11 1/2×ルレットの複合目打ち
DeroccoとVeselićによると423枚2000枚。
S. Veselićの記述では、1月23~27日に200枚シートを2万1160シート印刷し、2月5日~23日に郵便経済局へ納入した。
納入品の中には3000シートの無目打ちシートがあり、Deroccoの意見では、後にザグレブ(クロアチア)で目打ちを打たれた。
(訳注: 集計には423枚2000枚を使用。)

FleckとNovakの記録によると以下の記述がある:
①1920年2月11日、凸版、リュブリャナJugoslovanska tiskarna (ユーゴスラヴィア印刷所)
平滑白色~黄色紙
bläulichgrün青味をおびた緑色
目打ち11 1/2
60万枚。
②1920年2月20日、凸版、リュブリャナJugoslovanska tiskarna (ユーゴスラヴィア印刷所)
grün緑色、gelbgrün黄緑色、bläulichgrün青味をおびた緑色
のこぎりルレット、11 1/2×ルレットの複合目打ち
363万2300枚。

9. 1920年4月3日、凸版、リュブリャナ、Jugoslovanska tiskarna (ユーゴスラヴィア印刷所)
平滑白色~黄色紙
bläulichgrün青味をおびた緑色 (FleckとNovakによるとolivgrünオリーブ色(黄緑色)も記載されている)
目打ち11 1/2、あるいは、のこぎりルレット(FleckとNovakによると11 1/2のみ)
200万枚。
Veselićの記述によると3月24日~27日に200枚/シートを1万19シート印刷し、そして4月3日に1万シート印刷した、その後、2000の無目打ちシートを郵便経済局へ納入した(Deroccoの意見では、恐らく後になってザグレブ(クロアチア)で目打ちをされた)。
(訳注: 集計には200万枚を使用。)

10. 1920年5月、石版、リュブリャナ、I. Blazniks Nachfolgern印刷所
白色多孔質縞紙
smaragdgrünエメラルドグリーン
目打ち11 1/2
4万4000枚(S. Veselićによる)