で、ロードショーでは、どうでしょう? 第492回。
「なんか最近面白い映画観た?」
「ああ、観た観た。ここんトコで、面白かったのは・・・」
『42 世界を変えた男』
アメリカのベースボール史上の偉人であるジャッキー・ロビンソンの伝記映画。
42は彼の背番号。
膨大な分量がある物語をシンプルかつ深みのある脚本に仕上げる名手ブライアン・ヘルゲランド。
どちらかというとサスペンスにその手腕を発揮し、このスポーツ史上の偉人の伝記においても、サスペンスをスパイスに、人生ではなくある一定の時期だけに絞ることで、そのう複雑さを二つの軸で描き出す。
二つの軸はアメリカが人種隔離政策をとっており、法律でも慣習でも有色人種は差別されていたと1940年代に黒人として初めてメジャーリーガーとしてにゅうだんした ジャッキー・ロビンソン自身と、それを実現させ、支えた周囲の人物たち、特にチームの責任者のGMのリッキー・ブランチとその妻レイチェル。
そして、言葉のイメージで上手く膨らみを与えている。
一例は、「ジャイアンツ(チーム名)を倒すぞ」は、それは英語では「巨人(巨大な社会の力)を倒すぞ」という意味に聞こえる。
差別や古い慣習と戦う、という意思がにじみ出てくる。
本人はお亡くなりになっているが、レイチェル夫人は存命のため、彼女が協力している。
彼女の許可がなければ作れなかった映画だそう。
そこらへんもあり、なかなか実現しなかったのだろうか?
そのせいか、踏み込んだ電気ならではのその人物のマイナス面はあんまり描かれない。
社会が持つマイナス面が十分に描かれるが。
出演は、ジャッキー・ロビンソンに、チャドウィック・ボーズマン。
日本では初登場になる新鋭だが、その肉体の動きと心の奥に潜む感情がぐっとにじみ出る表情が素晴らしい。
夫人には、なんでこんな新人が、と言われたそうだが、完成品で納得させたなりきりを見せる。
新人の雰囲気が受け入れられなかったジャッキーと重なり、共感を呼ぶ。
ブランチ・リッキー役にハリソン・フォード。
熱望して挑んだだけに、顔をメイクで作り上げ、生涯でも最高の部類に入る熱演を見せている。
レイチェル・ロビンソンにニコール・ベハーリー。
面倒を見て同伴取材をする黒人記者ウェンデル・スミスに、アンドレ・ホランド。
監督のレオ・ドローチャーにクリストファー・メローニ。
チームメイトのピーウィー・リースにルーカス・ブラック。
ほかに、ハミッシュ・リンクレイター、ライアン・メリマン、ブラッド・バイアー、ジェシー・ルケン、アラン・テュディックなど。
走る選手だけに野球のプレイ自体をアクションとして見せる撮影が選ばれている。
二塁へ走りこんだ時の仰角の絵はぐっときた。
撮影はドン・バージェス。
当時の雰囲気を再現したプロダクションデザインはリチャード・フーヴァー。
落ち着いた基本のラインを守りながら、きらりと輝きをもたらす編集はケヴィン・スティットとピーター・マクナルティ。
野球が少しでもわかれば、十分にわかります。
社会の不公平と差別、間違った慣習に、自分の仕事で挑んだ人々の熱いドラマを堪能せよ。
おまけ。
ややネタバレ。
胸を熱くさせる名セリフ、名シーンがいくつもあり、感涙。
リッキーの「黒も白もない、金の色は緑色だ」、「やり返さない勇気を持った選手が欲しいのだ。」。
レオの「勝つためなら、実の弟でもチームから追い出す」。
リースの「俺がどんな人間か、妻と子に見せることができた」。
ベンチ裏のリッキーとのシーンもいいし、道で労働者が励ましの声をかけてくるシーン、ラストのホームへ帰るのと家へ帰るのをカットバックするシーンは胸をえぐる。
映画はたなる歴史の転換の瞬間を描くものではない新たな価値観を示す。
この中にあるのは、新たな価値観、ビジネスにおける公平さだ。
アメリカ映画で題材となりやすい復讐心、つまり倍返しによる処罰による抑止力ではなく、公平な勝利だ。
スポーツが持つ最大の美徳だ。
つまり、社会と戦うのに本当に必要なことはもしかしたら、真の意味で紳士であるということなのかもしれない。
騎士道とか武士道とはそういうことなんじゃないかしら。
当時のように差別が合法であっても、人道にもとれば、バチが当たる、と描く、教会の説教のような描き方ではあるが。