で、ロードショーでは、どうでしょう? 第2424回。
「なんか最近面白い映画観た?」
「ああ、観た観た。ここんトコで、面白かったのは・・・」
『ザ・ルーム・ネクストドア』
病に侵され安楽死を望むジャーナリストの女性から頼まれ作家の友人が、その最期を看取るドラマ。
物語。
現代アメリカ。
重い病に侵されたマーサは、かつての親友イングリッドと再会し、会っていなかった時間を埋めるように、病室で語らう日々を過ごしていた。
治療を拒み、自らの意志で安楽死を望むマーサは、人の気配を感じながら最期を迎えたいと願い、“その日”が来る時にはイングリッドに隣の部屋にいてほしいと頼む。
悩んだ末にマーサの最期に寄り添うことを決めたイングリッドは、マーサが借りた小さな家で、その最期の日々を二人で暮らし始める。
マーサはイングリッドに「ドアを開けて寝るけれど、もしドアが閉まっていたら私はもうこの世にはいない」と告げる。
監督・脚本は、スペインの名匠ペドロ・アルモドバル。
初の長編英語作品。
主演は、『フィクサー』でアカデミー助演女優賞を受賞し、ペドロ・アルモドバルとは英語での短編『ヒューマン・ボイス』でもコラボしたティルダ・スウィントン、『アリスのままで』でアカデミー主演女優賞を受賞したジュリアン・ムーア。
2024年の第81回ベネチア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞。
老齢となった巨匠による遺書のような終わりへの美学に浸る。
それは、美しく、寂しく、力強い。
現世なのに、まるで、天国のようである。痛みのある天国。
その鮮やかな差し色は刺してくるようで、形は形見のように区切る。
そこに描かれた被写体は生きており、語られる時間は流れている。
だからこそ、映画は死を映せる。
死は生の終わりである。
部分の停止と全体の継続だともいえる。
死ぬ者と生きる者の比較によって生まれる。
今作における生と死の対比こそ映画だ。
ティルダ・スウィントンとジュリアン・ムーアが、死と生を象徴して見せる。
その存在自体がなぜか死を匂わせるティルダ・スウィントンに、どこか相似形の『アリスのまま』で精神の死を見事に演じ、生命力を感じさせるジュリアン・ムーアの対比。
この美しい現世の黄泉を形にしたのは、ペドロ・アルモドバルとは初コラボのプロダクションデザイナーのインバル・ワインバーグ(『 サスペリア』(2018)、『スリー・ビルボード』など)と、撮影のエドゥアルド・グラウ(『ザ・ギフト』『ザ・ウェイバック』など)とワビサビ寄りの極彩色という激渋かつ烈鮮のこだわり監督と組んできたいぶし白銀スタッフが相反する世界を描き出した。
映画の画づくりには、タブロー的という言い方がある。タブローとは絵画の意味。
絵画には額がつきものだが、そう考えると映画はもっとも額縁を意識させない絵画ともいえるね。
今作は、タブロー的でありつつ、親密な映画的な画作りが混在する。そこにもまた生と死の対比を感じさせる。
実際、劇中でもエドワード・ホッパーの絵が出てきて、テーマとしても語られるが、それ以外にもエドワード・ホッパやアンドリュー・ワイエスの絵を引用したカットやシーンがいくつかあり、その対比を意識させる。
そして、四角と丸のモチーフでも比較される。
[額、本、窓、ドア、椅子、ベッド……]、(雪、薬、グラス、ライト……)。
作家と写真家は世界を自分を四角に収める。丸いペンで、丸いレンズで。
それは、顔と体にも反映される。(海外ポスターではちゃんと反映されているが日本版ではない)
それは、思考と行動といってもいいかもしれない。
今作で描かれる死はタイトルのように、隣の部屋に行くような穏やかさで描かれる。
大仰なトンネルを抜けて大きな門扉を押し開けるようにではなく、いつもの廊下を通ってドアを開けて寝室に入るように。
だから、あれは置いていかれる。
いつか取りに来るように、解けない問いをほどきにくるかのように思えるほどに。
雪が降って積もって溶けるよに。
その雪がピンクに染まるのを二人で見る時を慈しむように。
わずかな時間を重ねて、寂しさを紛らわせるよに。
いいことも悪いことも、あんな時代もあったねと話す時間を過ごす夜。
じゃあね、バイバイ、さようなら。
開いて、閉じて、また開けて。
誰にでもくるときを見送り、つなぐ一本。
原題:『La habitacion de al lado』(『隣の部屋』)
英語題:『THE ROOM NEXT DOOR』(『隣室の扉』)
製作年:2024年
製作国:スペイン
上映時間:107分
映倫:G
スタッフ。
監督・脚本:ペドロ・アルモドバル
製作:アグスティン・アルモドバル
製作総指揮:エステル・ガルシア
原作:シーグリッド・ヌーネス
撮影:エドゥアルド・グラウ
プロダクションデザイン:インバル・ワインバーグ
衣装デザイン:ビナ・ダイヘレル
編集:テレサ・フォント
音楽:アルベルト・イグレシアス
配給:ワーナー・ブラザース映画
出演。
ティルダ・スウィントン (マーサ)
ジュリアン・ムーア (イングリッド)
ジョン・タトゥーロ (ダミアン)
アレッサンドロ・ニボラ (フラナリー刑事)
ファン・ディエゴ・ボト
ラウル・アレバロ
ビクトリア・ルエンゴ
アレックス・ホイ・アンデルセン
エスター・マクレガー
アルビーゼ・リゴ
メリーナ・マシューズ
ネタバレ。
スペインは安楽死が合法。
原作もアメリカの小説ですしね。
ある種の美学、憧れを提示したかったのでしょう。
憧れを描けるのは、物語の最も強い機能ですもの。