で、ロードショーでは、どうでしょう? 第2201回。
「なんか最近面白い映画観た?」
「ああ、観た観た。ここんトコで、面白かったのは・・・」
『小さき麦の花』
中国の農村、無口な農家の男と障害ある女と結婚し、ロバと麦づくりで暮らしていくドラマ。
淡々とした農家の夫婦を描くアート系映画ながら、中国で若い世代を中心にTikTokから、じわじわと支持を集め、公開後2ヵ月を経過してから異例の大ヒットとなり“奇跡の映画”と社会現象にもなったヒューマン・ドラマ。
主演は、ハイ・チン、ウー・レンリン。
監督・脚本は、『僕たちの家に帰ろう』のリー・ルイジュン。
物語。
10年代、中国西北地方の寂れた農村。
無口でただただ真面目なヨウティエは農家の四男。
両親と長兄次兄は他界し、家を継いだ三男家族と暮らしているが、独立して欲しいと思われていた。
そこで、ヨウティエに見合いをさせることになり、隣村の陰気で薹が立った障害で体が弱く子供を産めないクイインが連れてこられる。
お互いの家族には共に厄介払いが出来るという思惑があった。
まともに言葉も交わさぬまま、ヨウティエとクイインは結婚し、三男に空き家とロバをもらい、独立することに。
夫婦は、新たに畑を耕し、麦やとうもろこしを育て、二人きりで暮らし始める。
ところが、政府の新政策で田舎の生活改善のため、空き家を壊すなどすると助成金が出ることになった。
三男が、家を壊して助成金をもらうから、夫婦に引っ越せと言ってくる。
出演。
ウー・レンリン (マー・ヨウティエ/馬有鉄)
ハイ・チン (ツァオ・クイイン/貴英)
チャオ・トンピン (マー・ヨウトン)
ワン・ツァイラン (ヨウトンの妻)
ヤン・クアンルイ (チャン・ヨンフーの息子)
ワン・ツイラン (クイインの兄嫁)
シュー・ツァイシャ (マー・ホンメイ)
リウ・イーフー (マー・ヨウウェン)
チャン・チンハイ (マー・チョンワン)
リー・ツォンクオ (店主)
ワン・チールー (牧民)
スタッフ。
製作:チャン・ミン リー・イェン
製作総指揮:シャン・ホー
撮影:ワン・ウェイホア
美術:リー・ルイジュン ハン・ターハイ
編集:リー・ルイジュン
音楽:ペイマン・ヤザニアン
『小さき麦の花』を鑑賞。
10年代、中国の北の農村、無口な農民と障害ある病弱な女が結婚し、ロバと麦づくりで暮らすドラマ。
無口で真面目な夫婦が、家族や村の人々にいいように扱われながら、自然の中で、自分たちの暮らしをつくり上げていくが、そこには言葉に出来ない思いがあった。
夏は暑く、雪も降り、広大な砂漠も草っぱらもあるが、貧しい田舎は、まるで自然を圧縮したようで、その絵が、争いのない西部劇のようにさえ見えてくる。
生活と自然描写だけかと思わせて、ちくちく鋭いドラマを配して、丁寧に編み上げ、その心の動きに引きずりこんでいく。美しくも厳しく、苦く、冷えた体を白湯が溶かすように。それにより、ほんとなにげない場面で、涙をじゅわっと染み出させる。
日干し煉瓦の家の中、小さな暮らしがありまして、強い雨風吹きました。
淡々と農家夫婦を描く地味なアート映画ながら、中国でじわじわと支持を集め"奇跡の映画"と異例の大ヒットに、配信でも記録的な数字を出すが、まだ続いていた上映も配信も突然打ち切られ、政治的思惑ではと言われ、それが映画の内容とも相まり、さらに話題となった。
障害持ちの女をあまりに自然にその肉体表現で演じた人気俳優のハイ・チン以外は、主演のウー・レンリンはじめめ、ほぼプロの俳優を排されたキャスティングは記録映画と見紛うほど。だが、ウー・レンリンの無口の饒舌はプロの俳優が唖然とするほど存在感を放っており、無表情の豊かさに飲み込まれてしまう。
監督と脚本は、『僕たちの家に帰ろう』のリー・ルイジュン。
あえて、現実味が出るような構成にしており、そのことにより、潜ませた告発が刺さる。この告発は非常に巧みなエンディングによって、広がりを持つ。そのわずかなマイナスのドラマの入れ込み方が、今の中国で網は広いが、穴も広がっているのだと伝えてくる。
撮影のとらえた小さな世界が、ただそれだけで、動く絵画のように足を止めさせる。
その光の美しさが、映画であることの美しさになっている。
ちょっとした物や動物や行為が生きていることを思い出させる。
土に根をはり、ただ風に優雅に揺れる麦の穂よ。
その小さな麦の花を探し求める。
『イニシェリン島の精霊』、『EO イーオー』へと続くロバ映画でもある。それぞれの行く末には何が背負わせれているのか。
パンダは、血のために運ばれ、飯で購われる。
最近、やけに世界中で映画がシンクロするのは、世界の空をでかい雲が覆いはじめているからか。
空き家もかつては人が暮らしていた。
何に縛られて生きるのかさえ選ぶこともできない。
なら、お前もあんな暮らしをすればいいだろ、違うよ、彼らが幸せだと思っただけさ。
土から足が生える湯作。
おまけ。
原題は、『隠入塵煙』。
『塵の中へ隠れる』。
英語題は、『RETURN TO DUST』。
『塵へかえる』。
2022年の作品。
製作国:中国
上映時間:133分
映倫:G
配給:マジックアワー=ムヴィオラ
苦を四つ重ねて、縁起物の喜喜の切り絵の飾りに見せたポスターが秀逸。
ややネタばれ。
ヨウツィオ役のウー・レンリンは、監督のリー・ルイジュンの叔父だそう。
ロケ地は、甘粛省の張掖市花牆子村。
ネタバレ。
好みのセリフ。
「饅頭は蒸かしすぎないようにな」
「魔法瓶のお湯が冷めたから、入れ直した。何度も入れ直したのに、あんたは帰ってこなかった」
「土は人を嫌わない」
「お見合いの日、お前がずっと見つめるから、俺は恥ずかしくて、見れなかった」
「義兄はロバを叩いていた。あんたがロバに優しくエサをやってるのを見て、ああ、このロバは私より幸せだなと思ったの」
「ここ(都会の家)は、鶏や豚やロバの住むところがない」
「草のロバはいい。誰にもこきつかわれない」
「土から足が生えたら、どこにも行けない」「そうだな。人は足があるから、どこにでもいける。そうでもないか。俺たちはここに縛られていて、どこにも行けない。農民は土から離れたら生きていけないからな」
「なんで、こんなこともできないんだ」「…………」
「なんで、お前も荷車に乗らない?」「ロバがつかれるだろう」
「いつか、女房を紐で繋ぐようになるぞ」
「あんなにやさしく愛されて幸せね」「なら、お前もあいつと結婚すればよかった」「あの子になりたいわけじゃない。あの子は幸せだって言っただけよ」
「ヨウツィオも都会に行ったのか」
ヨウツィオは、たった一回、麦を持ち上げられなかったクイインをなじり、突き飛ばした。
謝れなかった。でも、帰り道はクイインのために、麦で席をつくった荷馬車で、一緒に帰った。
クイインは、村人や看護師には、やめてと言えた。ヨウツィオは言わなかった。
でも、ヨウツィオの中にも草のロバになりたい気持ちがあった。
そのいら立ちをクイインも知る。
ヨウツィオがあの年まで結婚できなかった理由が分からないとういう人がいたが、そんなの本人だってわからないだろうよ。
けど、彼はクイインに見つめられただけで、何もできなくなる男だってことだ。
彼は、逃げられない場所で、逃げてきたのだ。
Rh-の血液型をパンダ型というのね。
逆に、パンダ型のせいで、ヨウツィオの輸血が間に合わなくて死ぬ展開を想像してた。
ヨウツィオが怪我をして血を流す。
クイインが助けを呼ぼうとするが、間に合わない。
そんなシナリオ的な伏線回収を考えていたことで、逆に、あっけなく死んでしまうところに、リアルを感じたり。
ヨウツィオは、都会に行ったと言わせる子tで、中国政府からお攻撃をかわしたのだろう。
でも映画に没入して見た人にはわかる。
ヨウツィオは土を離れては生きていけないと言った。
クイインは水の中、土を離れて、遠くへ行った。