行政書士・社会保険労務士 大原事務所

人生も多分半ばを過ぎて始めた士業。ボチボチ、そのくせドタバタ毎日が過ぎていく。

NHKの朝ドラ

2016-08-10 17:08:21 | 出版業界

 50歳を過ぎて諸般の事情で行政書士だの社会保険労務士だのの事務所経営に変わったが、学校を卒業してから長い間、取次店(本の問屋さん)と出版社で働いた。だから10年位前以前の出版業界事情なら詳しい。最近の10年で業界は大きく変わった。今は良く分からない部分もある。沢山の出版社や取次店、書店が倒産したり、廃業したりした。私が居た取次店と出版社も今はもうない。

 ところで最近珍しくNHKの朝ドラを見る。今は丁度主人公が出版社を興し、苦労する所。それで思い出したことがある。

 「暮らしの〇〇社」というのが、今の朝ドラのモデルになった出版社だと思う。

 詳しく書くと切りがないので、ごく簡単に説明すると、日本の出版社というのは本の取次店と取引をしえもらえないと、基本的に書店で出版物を売ってもらうことができない。そのかわり、取次店に取引口座が持てると、出来上がった本を取次店に持っていくだけで、全国の有名書店には本が並び、取次店は書店から集金して、出版社に支払ってくれる。場合によっては、ある程度は返品前に見込みで入金してくれたりもした。取次店というのは出版社と書店にとっては銀行のような役割も果す。だから創業間もない出版社にとって、大手取次店と取引口座が持てるか、持てないかということは、その出版社の命運を左右する重要な事だった。

 TVにそんなシーンが出てくるかどうかは知らないが、「暮らしの〇〇社」も創業間もなく全国の本屋さんで売ってもらうために取次店と口座開設の交渉をしたと思う。ただこの交渉、そんなに簡単でもない。窓口へ行って、お願いします、はい分かりました、とはいかない。

 その取次店は大手2社中堅4社その他数社といわれた。その他といっても存在価値が薄いという訳ではない。専門取次と言って、それなりに一部の出版社や書店に重宝された。本をさがしていて、出版社にすら在庫がない本がそんな専門取次にはあったりした。それぞれの取次店がそれぞれの取引書店を押さえている。

 出版社はまず大手2社。これは絶対に必要な口座。次に中堅4社。これは出来れば欲しい口座。それぞれと口座を開く交渉をする。その他の会社は口座がなくてもほとんどが少部数の現金取引が中心なので問題はない。

 私の知人がその中堅と呼ばれる一社で仕入れの仕事をしていた。1980年代前半の話だから、「暮らしの〇〇社」の経営はもう安定していて、業界でも一応の地位は確立していた頃だと思う。雑誌だけでなく、単行本でもいい本を出していた。

 ところが、その知人のいる中堅取次店は「暮らしの〇〇社」と取り引き口座が無かった。最初に「暮らしの〇〇社」から口座開設の申し込みがあった時、断ったようだ。ある程度の売り上げのある出版社と取引口座が無いというのは、取次店にとって困ることになる。売れる本や書店が欲しいという本が簡単には仕入れられないことがあるということになる。本屋さんから、何とかしろよ!と文句が来る。その度に他の取次店経由で仕入れたり、現金を持って出版社に買いに行く。1冊、1冊の細かい商売で経費がかかってしょうがない。注文がキャンセルにでもなろうものなら、こういう仕入れ方をした商品は返品出来ないというルールがあり、損してしまう。不便でしょうがない。

 そこで、知人が「暮らしの〇〇社」に取引口座の開設をお願いに行った。現金で買いに行った時の対応は悪くなかったということなので軽い気持ちで行ったらしい。過去の経緯は知らなかった。

 ところが、何時も本を売ってもらうカウンターで待っていると、社長という女性が出て来て

 「私の眼の黒いうちは、御社と口座を開くつもりはありません。最初取引のお願いにおうかがいした時、断ったのはそちら様です。現金取引だって、私どもの好意です」

 と言った。

 どうやら随分昔のことを怒っている様子。

 知人にしても子供の使いではない、そのまま帰るわけにもいかず、恐る恐る聞いてみた。

 「何か私どもで失礼な事でもしたのでしょうか?私としても理由がわからないで、会社へ帰って駄目でしたではすみませんので」

 すると、その女性は

 「理由が知りたければ、会社へ帰って昔御社の仕入れに居た〇〇さんに聞いてみてください」

 仕入れにいた〇〇さんというのは、部署も役職も変わっていたが当時まだ会社いた管理職の名前だった。

 この話を友人から聞いたのは暫く後になってからの話だが、私もその〇〇さんという人は知っていた。

 「あゝ!あいつか!あいつならあるかもなあ、そういうの。ホント、評判悪いもん」

 で意見が一致した。

 飲み屋で愚痴を言いあっている時に出た話だ。何処まで正確かは分からない。

 ここで〇〇さんの悪口を書くつもりもない。商売だもの、断ることは当然ある。〇〇さんも創業間もない「暮らしの〇〇社」から取引口座の開設を申し込まれて、こんな雑誌は売れない、と思って断ったのだろう。それは仕方ない。見る目がないと言われればそれまでだが、そういうことはよくある。

 取次店は出版社にある程度見込みで支払いをすることがある。その為の条件はあるが、お金は払ったのに見込みより返品が多かった。払いすぎたお金を返してくれといったら出版社は倒産して回収できなかったという話は珍しくなかった。取次店としても、そう簡単に取引口座を開く訳にもいかない。

 問題は断り方なのだろうと思う。私も長い間取次店と出版社で営業をやってきた。出版社や取次店との交渉、書店との打ち合わせ、毎日のようにそれを繰り返す。お客さんや先輩から色々教えられたが、その中のひとつに断り方というのがある。

 「商売だから、断る、断られるは当たり前。大事なのは断る時の断り方。次も交渉できる断り方をしろ。相手を馬鹿にするような断り方は最悪。感情的に恨まれたら次がない」

 〇〇さんはどういう断り方をしたのか?「暮らしの〇〇社」はどういう断り方をされたのか?断った方にも、断られた方にも、一度話をききたかった。

 ちなみに、私の場合、断られて、こいつだけは許せねえ!と思った奴は一人や二人ではきかない。一人もいないとは思うが、私に断られて、許せねえ!と思ってる人はいるのだろうか?

 



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