行政書士・社会保険労務士 大原事務所

人生も多分半ばを過ぎて始めた士業。ボチボチ、そのくせドタバタ毎日が過ぎていく。

出版不況

2013-05-20 17:27:03 | 出版業界

 学校を出てから出版業界に長くいた。何社か転職したが、初めに就職した取次会社(本の問屋さん)の同期に他の新入社員と少し違う感じの奴がいた。

 いつもは都心にある本社勤務なのだが、年に何回か船橋の倉庫に返品整理の応援に行く。初めての応援の時、彼が車で来た。倉庫は駅から遠かった。バスに乗るのが面倒なので都内の自宅から車で来たという新入社員も珍しいだろうが、問題はその車のだ。35年前、昭和55年ごろ、新入社員なのにその頃はまだ少なかった外車に乗ってきた。

 「これお前の?」

 「そうだよ」

 と普通に答える。

 あとで聞いたことだが、彼はある取次会社の社長の息子で、会社を継ぐために研修目的で父親の知り合いの取次会社に就職したのだという。確か2年か3年で辞めて、父親の会社に入ったと記憶する。私も6年程でその会社を辞め、少し間があったが、ある出版社に職を得た。

 二、三日前その彼の取次会社が廃業するという通知があったと、ある出版社の友人が知らせてきた。債権が保全されるかどうかという相談だ。

 出版業界はここ10年以上良い話がない。出版社は次々と倒産、廃業、休眠し、それ以上に書店はなくなり、出版社と書店をつなぐ取次会社(本の問屋)も倒産、人員整理、廃業の話が続く。この先も電子出版やネット販売など、業界不安定な要素が多い。

 その会社の廃業にともなう説明会が近日中にあると聞いた。

 友人曰く

 「ところで、お前あそこの社長知ってるんだよなあ?」

 「知ってるって言っても○○社の同期ってだけだよ」

 「債権放棄しろなんてないよなあ?」

 「廃業の説明会の案内を出す位だし、財務は良好だってつい最近の業界紙にも出ていたし、大丈夫だろう。でも社員は全員解雇かなあ」

 大正時代創業の古い会社だ。多分三代目か四代目の社長だろう。長い間地道に商売してきたのだと思う。儲からない上、良い見通しはない。それなら財務状態が良いうちに破産ではなく廃業することを決定したようだ。

 「説明会お前がでるの?」

 と訊いてみた。

 「多分そうだけど、なんで?」

 「俺、35年前、あいつに100円貸したまま、返してもらってない。俺も債権者だよ!社長に会ったら100円返せって言ってたって言っといて」

 と冗談を言って電話を切った。

 35年前船橋の倉庫に返品整理に行ったとき、ベンツに乗ってきた彼に自販機でタバコか何かを買うのに小銭がないと言われ100円貸したことがある。当時、金のないことでは誰にも負けないと思っていた私にとって100円は大金だった。以来35年返しでもらっていない。もっとも督促もしてないが。こういう事って、本当に借りた方は忘れても貸した方は忘れない。私も気をつけないと、何処かで借りができたまま忘れているかもしれない。

 このところ出版界にはいい話がないと書いた。ここ3年に限っても、知人のいる出版社だけでも3社倒産した。

私が最後に勤めた出版社も5年ほど前、私が辞めて3年で倒産した。経営者が、人が良すぎたのだと思う。いつの間にかその人の良さに甘える社員ばかりになっていた。景気のいいうちはそれでも続いていたが、出版不況が吹き荒れる中では続かなかった。早くリストラをして身軽になっていればとも思うが、それは出来ない社長だった。

4、5年続いてまがりなりにも売り上げも利益も伸びた時期があったのがのがかえって災いしたのかもしれない。

 「まだ、社員を増やすのははやいと思います」

といっても聞き入れられることはなかった。急に社員が増えて、借り入れをして、新しいオフィスを借りて、不釣合いなほど事務所を大きくした。社員の待遇は良くなり、経費ばかりが増えて、少しばかり売り上げが伸びても追いつかなかった。赤字が続く。僅か従業員20人余りのちいさな会社なのに、社長室という部署ができて、急に風通しが悪くなった。話があるなら役員を通せという感じになっていた。

 その役員とやらに

 「今のままではもう無理だ。これ以上売り上げは増やせない。返品が増えるばかりだろう。一度社員の数も給料も減らして出直しましょう、って社長に言ってくれ!リストラするというのなら私を最初に解雇していいから。私が辞めればかなり人件費が浮くだろう」

 と言ったことがある。私は営業部長だったし、同業他社と比較しても多い位の給与を貰っていた。

「実際、銀行の担当者からも社員を半分にするくらいのリストラをしないと、もう付き合いは出来ないかも知れないと言われたようだ」

 とその役員も言っていた。

 「でもなあ、そんなことをするくらいなら会社なんかつぶれてもいいって答えたそうだ」



「去る者は拒まん。引き止めん。でも、絶対に社員の馘は切らない。それが私の社長としてのポリシーだ」

 とは私が辞表を出したとき、久しぶりに直接聞いた社長の言葉だった。


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