mitakeつれづれなる抄

普段いろいろ見聞き感じ考え、そして出かけた先で気になることを書き綴ったブログです。

「けものみち」に思う

2017年12月15日 | 思索と考え
 画像は一宮市役所の駐車場前の光景です。駐車場を出てすぐ、植え込みが帯状に剥げて、残念な姿に。


 一見して瞬時に分かります。駐車場から出た人が市役所庁舎へ行くのに(或いはその逆に駐車場へ向かうのに)、人の通行部分を通らずに、車寄せの車路を真っすぐ横切り、植え込みの中を通った結果です。
 一人が通ると、大勢の人が通ることで、植え込みが徐々に剥げて、やがてそこが通路のようになってしまいます。

 上の写真を撮っていると、本庁舎から人が出てきました。


 この後、どうされるかのか見ていたら、案の定、この植え込み剥げた道を通りました。

 このような現象、各所で見られます。
 大がかりなバリケードが無いところの植え込みは、少しでも近道をしようとする人が通り、それが一人や二人ではなく、何人も行きますので、次第に植え込みの植生が剥げ、通路っぽくなってきます。

 こういうのを都市計画で、皮肉を込め「けものみち」と称したりしています。本来の獣道は、動物が自然の山野を行く中で、同じ道筋を辿るうちに、その道筋の植生が薄くなり、路っぽくなる現象です。
 人は本来理解ある動物ですので、指定された道筋を辿るものですが、このような僅かな距離を惜しんで近道で、入ってはいけないか所に入る、まるで「動物的」感性の者が通るということで、皮肉が入り「けものみち」と呼ばれたりします。

 このような近道で植え込みに入る人の気がしれません。「近道したいからだ」ということは分かりますが、それが植え込みにはいることを許容する思考に至る過程がどうしてもわかりません。
 私から皮肉を更に込めれば、これが一宮市における自動車運転者のレベルなのかもしれません。前に書いた通り、一宮市は交通事故%違反日本一です。どこかの首相の言葉を借りると「こんな人たち」による自動車運転で、交通事故日本一になっているとも言えます。

 やっていいか or よくないか、の判断基準(規範意識)は、事の善悪によるものではなく、「みんながやっているかどうか」です。多くの人がこの植え込みを通るので、己も通る、というところでしょうか。

 少し前のセールスマンの売り込み常套句に「ご近所の〇〇さんも買われました。みなさんお買い求めですよ」というのがあったそうです。
 この場合の「みんな」がどの程度のみんなをさすのか怪しいところですが、日本人は「みんな」という動きに弱いようです。
 「赤信号みんなで渡れば怖くない」という諺があるそうですが、日本人の特性を表したことばですね。

 植え込みには入ってはいけません。この当たり前すら実行できないこの社会こそ、病んだ社会の一端かもしれません。

***
 ちなみに、この市庁舎正面玄関前のアスファルト路は、正面車寄せなおですが、自動車は滅多に入ってきません。というより事実上、入り様がありません。
 というのは、ここに至るには、来朝者駐車場と入口が共通で、前の道路に駐車場順番待ちの列が伸びることが多く、車寄せに入るだけの自動車はどうするのかな。ここで自動車が来たのを見たことがありません。
 それも人が平気で通ることになる、理由の一つかもしれません。

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