ならなしとり

外来生物問題を主に扱います。ときどきその他のことも。このブログでは基本的に名無しさんは相手にしませんのであしからず。

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また武田邦彦のねつ造か

2011-04-30 20:04:21 | 武田邦彦
 いわき市にて市長が「福島産の牛乳や食材は危険だという風評を払拭するため」という発言をして不評を買ったという話が流れていますが、情報源の武田邦彦がねつ造した話のようですね。すでに本人のHPから該当記事は削除されていますが、ネットにはコピペが転がっています。

武田邦彦教授がいわき市長に緊急提言「福島県産の食材を給食に使うな」

僕にしてみれば、これで“専門家”の発言として通用するのが理解できないですね。心配に同調して煽るのが専門家のすることですか(一部の安心したいだけの人はYESと言いそうですが)?具体的な危険性について何ら語っていないというのに。昔の肩書ってすごいですねぇ(棒)。
そして、肝心の市長の発言ですが、どうやらそんな発言はなかった模様。
いわき市市長発言は“なかった”!!

いわき市長は「風評被害を払拭するために福島産の野菜と牛乳を学校給食に使おう」と言ったのか?

どうも市長がどうのこうのは武田邦彦のねつ造だった(控えめに見ても勘違い)ようですね。武田邦彦が脳内妄想にとらわれて現実を直視しなかった可能性が濃厚です。
しかし、ここまで話を広げてしまったオオカミ少年はどう責任を取るのでしょうね?明らかにあなたがやらかした方が風評被害ですが。
そんなオオカミ少年の言いぐさがこれ

「個人を批判せず、意見を批判する」

というのが信条で、今までも首相、東大総長など限られた人以外は、個人の批判を控えてきました。

しかし、このところ、市長などが市民に被ばくを強制する例が目立ち、つい具体的な市長の名前で批判をしました。


はい?根拠なしで人を叱り付けておいて言いたいことがそれですか?結局根拠もなしに他人をdisるというおたくの嫌いな匿名にも劣ることをしたことについて反省はないと。まぁ昔にもペットボトルリサイクルなどで似たようなねつ造はやってますから、反省の色が無くてもおかしいと思いません。むしろお家芸なのであったら中身が同一人物か疑うレベル。
僕に関して言えば、端から武田邦彦を信頼できる情報源として使おうなどと“思うことすら”しません。むしろ有害情報の源泉として警戒はしていますが、web上では信頼できるなどと思っている人が多いことに驚かされます。初歩的な本の1冊も読まずに知ったような口を叩けるアレのどこが信頼に値するのやら。
AX
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ゴキブリに喰われた男

2011-04-28 20:26:57 | Weblog
 つい先日、世界初の新種生物が小笠原で発見されました。

フナムシ:淡水域に生息 小笠原諸島で新種確認、世界初
 

その名もナガレフナムシ。世界で初めて発見された“淡水で生活するフナムシ”です。どことなく情緒のある名前ですね。フナムシというと、釣り餌以外で好印象を持っている人は少ないかもしれません。なにせ彼らはスカベンジャーで死骸を漁っていることが多々あります。カサカサと動く姿はまるでゴキブリのようで、フナムシとゴキブリの呼び名が同じ地域もあるそうです。
 前置きが長くなりました。本題の梨の思い出話です。今から2年ほど前の夏のことです。梨は港で友人数人と夜釣りをしていました。型は小さいもののギンガメアジなどがそこそこ釣れて、満足していたところに眠気を感じ、梨は港の隅で眠りこけてしまいました。おそらく30分~1時間たったころでしょうか。チクッと針を刺したような痛みを感じて目を覚ましました。そこには・・・・・・。









服の下からカサコソと這い出すゴキブリの姿が!!!服をめくってみると、胸のあたりが赤くなっていました。・・・・・・どうやらゴキブリに餌と間違えられたようです。そのことを友人に話すと大笑いされました。特に落ちもなくどっとはらい。

知識と知性いろいろ

2011-04-26 22:59:39 | 議論
 今回は取り留めのない内容です。全体的に根拠の明確でない“思います”という単語が頻出します。梨の現在の現状認識を記しておく程度の意味しかないのでご注意を。それでも読んでやるかという人だけお読みください。
3月に起きた地震でいろいろなデマ、誤解が飛び交っていますね。

「地震兵器」という妄想を撃退できなければ「911陰謀論」は撃退できない

この記事を読んだときに、梨がいつも考えていることを一度文章化してみようと思いました。
梨は常々、知識があっても知性がないと簡単に現状を把握できなくなると考えています。知識というのは物事の情報を知っているという意味で、知性というのはその情報を使いこなす能力だと考えています。知識があってもそれを使いこなせなければ意味がないと梨自身の経験からも実感しているからです。現状をきちんと把握できる知識を得るにも、それらを使いこなす知性を得るにもそれなりにコストがかかります。確実な知識を得たければ、大学で使われるレベルのその分野の教科書を読む必要がありますが、そういうのはとっつきにくいことが多いのですね。そもそも教科書の存在自体を知らなかったり、ハナカマキリのごとく教科書に擬態したおかしな本があったりすることもしばしばです。最初の一歩が肝心なのですが、そこからどこに向かうかは若干運も絡むのではないかと思います。
 知識と知性を育てるのに影響が大きいのは、やはり人脈でしょうか。
梨ははてなブックマークというサービスを使っているのですが、そこで知り合った人たちの見識に大いに助けられています。知性の高い人は高い人同士で集まる傾向があるかなとぼんやり思っています(梨に十分に知性があるかはともかく)。思っているというだけで明確な根拠はないですが。ネットには(ある分野では)梨より知識はないかもしれないけれどものすごく知性が高い人がいて、そういう人の論理の立て方を見るのは梨にとって素晴らしい刺激です。
 最後に論破されることに関して。熊森などに対する苛烈な対応から、梨は反論を許さない人間と思われているかもしれません。梨自身はなるべく反論に対しては開いていようと努力しているつもりです。梨の論理が論破されたら、その時はその時。論破されるということは己が未熟であったということなので、未熟を気づかせてくれるというのは長い目で見てありがたいことです。
だから、オオカミ協会関連でオオカミ再導入賛成の人がコメントするのも、それそのものは嫌いではないです。
ただ、文章は一通り目を通してくださいね。


オオカミはシカの個体数を調節していたか?

2011-04-22 20:30:00 | 再導入
 オオカミ再導入に関しての私見その1です。
 オオカミがシカやイノシシの個体数を調節するというのがオオカミ再導入に賛成する人の根拠です。しかし、果たして本当にそうなのでしょうか?僕が今年の冬に長野で取材したときには、そうとも言えない事例が多く見つかりました。ここでは、オオカミが存在していた江戸時代の長野県を例に考えてみます。長野県では、1688以前~1789年に長さ5km以上に及ぶ大規模なシシ垣が多数作られました。たとえば、10kmにも及ぶ戸隠のシシ土手、16kmもある木曽山脈南東麗の猪垣、鉢伏連峰西麓の猪土手にいたっては長さ28kmにも及んでいます。
シシ垣とは、山と耕作地の間に作られた石垣などのことです。物理的な障害で動物を遮断しようという点で、電気柵の原型ともいえるかもしれません。
シシ垣というのは、ほころんでくると、そこから動物が侵入してきますので、維持管理が大切です。作るにも維持するにも手間のかかるシシ垣、それも大規模なものが多数作られた背景にはそれだけ鳥獣害が深刻であったと見てとれます。特にシシ垣が多く作られたのが18世紀で、この時期はほぼ長野県全土で深刻な獣害があったということが窺えます。
また、シシ垣にはイノシシやシカの侵入を防ぐだけでなく、オオカミの侵入を防ぐ意図もあったようです。
この頃のシカの頭数はおそらく現在とほぼ変わらなかったと推測されています。むしろ、過去にシカが手を付けなかった高山帯のお花畑が現在荒らされていることを鑑みると、現在のほうが過去より多いかもしれません。この時期は当然、オオカミも健在だったわけですが、シカ、イノシシなどは普通に田畑を荒らしまわっていたわけですね。これを考えると、オオカミがいたところで鳥獣害を抑え込めるか?という疑問が生まれます。
長野県のシカを例にすると、地域差はありますが、江戸期から明治初期までは非常に多くの個体数が存在していたようです。長野県のシカの推定個体数の推移はこれ↓を参照してください。

この図は長野県林業総合センターの「ニホンジカの食害による森林被害の実態と防除技術の開発」より引用。

ここで見たように、シカは1800年代末から1900年代初期にかけて数を減らしていきました。こうなったのも、捕獲圧を含む人間の影響が大きいようです。明治17年(1884年)には長野県だけで1万7千丁以上の猟銃が保有されており、明治24年の全国統計では、全国で約8万8千6百人の狩猟者が登録されていました。それだけ獲物となるシカを含む大型動物がいたということの傍証です。ただし、長野県では明治27年(1894年)には大分少なくなっていた様です。諏訪大社の祭事で神前へ捧げるシカ12頭はこの年(明治27年)から塩漬けのシカ肉に変わっています。この時期は長野県でオオカミはほぼ絶滅しています。オオカミがシカなどの急激な減少にかかわっていたとは思えません。
その後、江戸時代に全県に生息していたシカは、ごく一部の地域のみに生息するまで減少し、一時(1923年)は国が保護するまで至りました。それから1980年代までは見かけることも非常にまれな動物でした。信州大学での研究ノートには一日に1頭見かければラッキーであったと書かれていたようです。
それから、数年ごとに個体数が2倍に増えて、現在被害を及ぼしています。結局のところ、シカの個体数増減に大きく影響を与えていたのは捕獲圧をはじめとする人間の影響だったわけです。

参考文献
小山泰弘(2008)長野県におけるニホンジカの盛衰 信濃第60巻第7号
小山泰弘・岡田充弘・山内仁人(2010) ニホンジカの食害による森林被害の実態と防除技術の開発
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熊森の必死(笑)なweb工作

2011-04-20 20:23:13 | 熊森
 本当はオオカミ協会のHPがリニューアルされたことに関して突っ込みを入れたかったのですが、中断してこちらを書くことにしました。
熊森がwikiの熊森の項目を書き換えているようです。書き換えているのはkumamorinewsというユーザーです。このユーザーの履歴を見ても、最近、熊森の項目のみを編集しだしたようです。
彼(便宜上使います)の書き換えているところ(原文では赤字となっています。ここでは文脈の関係上改変していない部分も引用しています)を見てみましょうか。

==ドングリ運び(ドンプレ)==
+ 山の実りが凶作時に行なう「分かち合いの精神」
中略
ブナ・ミズナラの凶作により、食べものが無く飢えたクマを初めとする大型野生動物たちが、人里への出没し有害獣として駆除されることを防ぐことが目的。ドングリ運びが全国民の運動となれば効果が明確になり、大型野生動物の保全と住民の安全につながり、授業・学校行事等の一環としてドングリ集めをすることで教育的な効果も期待できる


この屁理屈も兵庫県ではもはや通用しないわけですが、いつまで不都合な真実から目をそむけてクマで売名と金を稼ぐつもりですか?


===ドングリ運びの経緯・内容===
地元調査の聞き取りを行なっていた際に、山の麓に住む住民が、「凶作の年は昔から分かち合っていた」と、動物たちのために食べ物を山に持って行っていることを知ったことがどんぐり運びのきっかけ。



「餌付け」は呼び寄せるために行うものであり、人里に来ないようにするために行うドングリ運びは「餌付け」ではない。
緊急避難的措置として行っている。

お前のところの妄想を垂れ流すな。害毒だ。いつか人が死ぬよ。


対案も示さず、実際に行動もしないで批判するのは恥ずべき行為であり、批判をする前に根本原因の解決に励むべきである。


うちにもこの手の手合いが来ましたねぇ。


==研究者の「不正行為」「利権」に対する会見==

背景には、行政・駆除業者と共有する利権がある
- として、活発な批判活動を繰り広げている。 + として、正しい情報の提示を求めている。


もともとは“批判”であったところが“会見”と改変されていたり、“活発な批判活動を繰り広げている”というところを“正しい情報開示を求める”と、あたかも正義の団体であるかのように書き換えていますね。
ぜひ、原典(wiki)の隣にある記述と比べてみてください。非常に熊森らしさが表れています。
現在(4/20現在)はこれが確認できるのですが、web魚拓がうまく取れず、どうしたものかと思っています。
wikiだけでなく、熊森のHPのtopからは奥山保全学会へのリンク(熊森のリンクにはまだあります)が消えていますし、このほかにもこっそり改変されたところがあるかもしれません。さて、熊森がこのようにweb工作に走ったのは、もしかするとこのブログと関係があるのかもしれません。

熊森活動備忘録

熊森の内部でいろいろと活動していたというふれこみの人で、熊森の野外の活動や前述した奥山保全学会の中心的な人物であったということです。現在は熊森から離れて内部告発としてブログを始めたということです(本人談)。
それなりに信憑性はありそう(熊森ならこれくらいはしてもおかしくない)なのですが、体験談が主で客観的(第三者が確認可能)な根拠、証拠というものがあまりない以上、完全に信のおけるソースとしては使いづらいというのが梨の判断です。それなりに文章はうまいし、興味深いので読んではいます。
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雪中の狼

2011-04-13 23:35:16 | 獣害問題
 ネット上ではオオカミに人間が襲われた事例はあまり見つからない(梨の探し方のせいかもしれません)のですが、ネット上でも閲覧できる数少ない資料の紹介です。

雪中の狼 二編 巻二

北越雪譜(ほくえつせっぷ)という江戸時代の書物からの狼害についての記述です。
場所は現在の新潟県魚沼市のあたりです。

ひとゝせ二月のはじめ、用ありて二里ぱかりの所へいたらんとす、みな山道なり。母いはく、山なかなれぱ用心なり、筒をもてといふ、実にもとて鉄炮をもちゆきけり。これは農業のかたはら猟をもなすゆゑに国許の筒なり。

このころから、獣害というのが身近かつ、山が危険であったということがうかがえます。ちなみに旧暦の2月ということで、人に危害を加える動物のうちクマは冬眠しており、イノシシも豪雪地帯には少ないので、鉄砲を持っていたのはオオカミ対策の色合いが強いのではないでしょうか。


やがて吾が村へ入らんとする雪の山蔭に狼物を喰ふを見つけ、矢頃にねらひより火蓋をきりしにあやまたずうちおとしぬ。ちかよりみればくらひゐたるは人の足なり。

村近くにオオカミがいたので鉄砲で撃って近づいてみれば、オオカミが人を食べていたということですね。これだけでもトラウマものでしょうが、家に帰るともっと恐ろしい出来事が待っていました。

家のまへの雪の白きに血のくれなゐをそめけり。みるよりますますおどろきはせいりければ狼二疋逃さりけり、あたりをみれば母はゐろりのまへにこゝかしこくひちらされ、片足はくひとられてしゝゐたり。妻は囱のもとに喰伏られあけにそみ、そのかたはらにはちゞみの糸などふみちらしたるさまなり。七ツの男の子は庭にありてかばね半ば喰れたり。妻はすこしいきありて夫をみるよりおきあがらんとしてちからおよばず、狼がといひしぱかりにてたふれしゝけり。

家に帰ると2頭の狼が逃げ出し、後には喰われた母、妻、息子がいたということです。食い散らかされたり、半ば喰われていたり相当凄惨であったことがうかがえます。唯一、娘だけが床下に逃げてたすかったとこの後にはあります。


おひおひあつまりきたり娘にやうすをたづねければ、囱をやぶりて狼三疋はせいりしが、わしは竈に火をたきてゐたりしゆゑすぐに床の下へにげ入り、ばゞさまと母さまとおとがなくこゑをきゝて念仏申てゐたりといふ。かくて此ありさまをいふぺき所へつげしらせ、次の日の夕ぐれ棺一ツに妻と童ををさめ、母の棺とニツ野辺おくりをなしけるに涙そゝがざるものはなかりけるとぞ。おもふにはゝが筒をもてといひしゆゑ、母の片足を雪の山蔭にくらひゐたる狼をうちおとして母の敵はとりたれど、二疋をもらしゝはいかに口惜かりけん

娘の証言によると窓(煙出し?)から3頭のオオカミが侵入してきて、娘はすぐさま床下に逃げて助かったようです。肉親が喰われる音を聞いていたという心境はいかばかりでしょうね。書いているこちらも気分が悪いです。村近くのオオカミが食べていたの母の足ということもここからわかります。
また、この後の記述には狼毒という言葉が出てきます。北越雪譜二編が出版されたのが1841年ということなので、このころには狂犬病が広まっていたのでしょうか?そこら辺の考察も面白いと思いますが、僕には人獣共通感染症の知識はないのでここで筆をおきます。

今回は試験的にBLOCKQUOTEで引用の形をとっています。わかりにくいという声が多いようなら今まで通りに戻します。
追記/足を喰われるところを妻と誤読していました。正しくは母です。謹んでお詫びします。
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今後の予定と思われるもの

2011-04-10 23:29:48 | Weblog
 長いことほっぽらかしにしてすみません。年度が替わって少々忙しくなったものでして。2週間近く更新のないブログでも見ていただけるというのはありがたいことです。
ちょっと今後の予定をば。
4月下旬に「オオカミ再導入に関する疑問(仮称)」を始めたいと思います。記事の量としてはそんなに多くないですが、日本オオカミ協会のおかしさを指摘するために梨が取材まで行ってきました。そんなに期待せずにお待ちください。







―ここから毒吐き―

オオカミ再導入に触れると、なぜか文章も読まずに反論をしてくる人がいて困ります。
具体的には、「オオカミ再導入の必要性について」という記事でトラックバックを送ってきた人とか、以前にコメント欄に出没した文盲さんとか。
前者はブックマークで意図の誤解だとか言ってきたくせに僕の文章のどこがそれにあたるのか指摘することすらなく、質問からは逃げ、後者はそもそも国語力に問題がある始末。
話の通じなさっぷりが熊森賛同者とオオカミ再導入賛同者で酷似していますね。僕に言わせれば、熊森とオオカミ協会はコインの表と裏ですけどね。


メンコロつくろう!

2011-04-01 21:45:56 | 料理
 世間はエイプリルフールで優れたネタを披露していらっしゃる方も多数いますが、梨はそんなことはできません。
代わりにとある動画で知ったレシピの我流手抜きアレンジをば。

材料
ジャガイモ(中) 3、4個
鶏ひき肉 100g
マヨネーズ 大匙2~3
塩、こしょう 少々
からし 適量
おろしにんにく 適量
ナツメグ 少々
クミン、バジル、パセリ お好みで(入れたほうがいいと思います)
オリーブオイル 小さじ2
パン粉 適量

作り方
1.マッシュポテトを作ります。芋をゆでて、ゆであがったら潰して塩コショウしておきます。

2.ひき肉に、塩とスパイスを入れてこねます。粘りが出てきたらOk。

3.マヨソースを作ります。マヨネーズにからしとニンニクを入れて混ぜます。

4.オリーブオイルとパン粉、塩少々を合わせておきます。

5.耐熱皿にマッシュポテトを敷き詰め、マヨソースを落として、ひき肉で土手を作るように囲みます。最後にひき肉でソースにふたをします。

6.4と5を合わせて、レンジで500wで5~8分ほど過熱します。この長さは機種によりますが、肉の色が変わってパン粉が色づけば大丈夫だと思います。だめなら再度過熱を。
出来上がり!


元のレシピよりだいぶ適当ですが、こんなんでもおいしいから大丈夫(・ω・+)
ビールなどと合うと思いますが、カロリーは高いので自己責任で・・・。
なんでメンコロなのかは僕は知りません。メンチカツとコロッケを合わせたような料理なのでこんな名前ではないかと・・・。
もっとこのレシピ流行れ~(*´ω`*)