ならなしとり

外来生物問題を主に扱います。ときどきその他のことも。このブログでは基本的に名無しさんは相手にしませんのであしからず。

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言葉に責任を持て

2009-09-30 22:08:14 | 熊森
 先日、乗鞍岳でクマが人に襲いかかり9人が重軽傷を負う事件がありました。これに対して熊森が顧問の見解とやらを自分のHPで披露していました。内容はいつものごとく無茶なことを現場に要求しながらも、自ら情報収集はしないというため息が出るような代物です。この事件に関してはクマ対策で有名な米田一彦氏が現場に赴き現場検証をしました。その結果どうも熊森が想定していたのとは事情が異なるようで、熊森が批判していた人物はどうやらクマにかまれた人を助けようとしていたんだということもわかりました。
 そして今日、熊森のHPを見てみたら、なんときれいさっぱり熊森の今回の事件に対する見解が消えていました。web魚拓をとっていなかったことを悔みます。まったく呆れましたよ。偉そうなことを言っておきながら旗色が悪くなると消して、何事も無かったかのようにふるまうとは。お前らはどこのクソガキかと。自然云々以前の問題として社会に向けて発言する組織としてどうなのよ。これで自分たちの主張が社会に受け入れられないって言うけど盗人猛々しいという言葉は御存じですか?もしかして恥という概念を知らない?それならこの自分勝手で恥知らずな言動も納得がいきます。普通にwebで議論とかをしていたらとてもじゃないけどできませんけどね(そんなことをやったとたんに論者としての信用ががた落ちする)。
言論に責任が持てないやつがwebや実社会で発言する権利はね~よ。

追記
「乗鞍岳 熊 熊森」でググるとまだ当該記事にたどり着きますので、それのweb魚拓を貼っておきます。

追記10/7
どうも熊森のHPに件の記事が復活したようです。そちらへのリンクも貼っておきます。
コメント (6)

動機は必要だけど

2009-09-28 20:40:54 | 議論
 ときどき読ませてもらうニセ科学批判のブログを読んで考えたことです。
リンク先では議論や科学においてなぜ動機をあまり問題としないのかについて書かれています。
 僕の考えていることを一言で言ってしまえば、“動機は必要だけどそれを己の論理に組み込ませる必要はない”といったところです。そりゃあ何かをするのには何らかの動機があるわけですけど、議論や論証というのはそこには目を向けないで、ただ所定の手順を満たしているのかというところが最大の要点になります。
なぜかというと論理なんて定められた手順に沿って誤謬がないように論証されてさえいれば何を論じようがそれ自体は問題ないという側面があるわけだからです。個人的な動機とか思いなんて正直なところどうでもいい。手順を守っているかが重要。いくら品行方正であってもそれだけではサッカーのレギュラーになれないのと似たようなものです。サッカーのレギュラーに求められるのがサッカーの上手さであるように議論や論証には所定の手順を守っているかが求められます。
ここがわからないと自分の論理に感情みたいな不要なものを組み込んで突っ込みをくらいます。別に自分の論理にそういったものを組み込むのはかまないわけですけど、それは自分の論証の精度を高めることにはほとんどならないんですよ。自分が思いますだけじゃ他人を納得させる説得力は生まれないわけですし。
なんかとりとめがないんですけどここで終わります。



魚類学会公開シンポジウム 「国内外来魚問題の現状と課題」

2009-09-27 22:13:47 | 外来生物
 10月にとても面白そうなシンポジウムがあるので紹介します。

市民公開シンポジウム 「国内外来魚問題の現状と課題
日本魚類学会主催

日時: 2009年10月12日(月・祝) 11時00分~18時30分
場所: 東京海洋大学 大講義室
東京都港区港南4-5-7
アクセス
・JR線・京浜急行線 品川駅港南口(東口)から徒歩約10分
・東京モノレール天王洲アイル駅から「ふれあい橋」を渡り正門まで約15分
・りんかい線天王洲アイル駅から「ふれあい橋」を渡り正門まで約20分

 プログラム
I. 基調講演
 国内外来種とは何か?
  瀬能 宏(神奈川県博)

II. 国内外来種による生態系・群集の変化
 有明海沿岸域のクリーク地帯における国内外来魚の分布パターン
  鬼倉徳雄(九大院農)
 湖沼におけるコイの水質や生物群集に与える生態的影響
  松崎慎一郎(東京大学 地球観測データ統融合連携研究機構)

 12:00-13:00 <昼休み>

III. 国内外来種の希少淡水魚への悪影響
 シナイモツゴからモツゴへ-非対称交雑と種の置き換わり-
  小西 繭 (信州大SVBL)・高田啓介(信州大理)
 タナゴ亜科における遺伝子浸透
  三宅琢也・河村功一(三重大院生資)

IV. 国内外来種による遺伝的攪乱
 琵琶湖から関東の河川へのオイカワの定着
  高村健二・中原真裕子(国立環境研)
 大和川水系でみとめられたヒメダカによる遺伝的攪乱
  小山直人・北川忠生(近大院農)
 琵琶湖水系のイワナの漁場管理にむけて
  亀甲武志(滋賀水試)

V. 海産魚における国内外来種問題
 日本の水産業における海産魚介類の移殖放流
  横川浩治(香川県多度津町)

VI. 国内外来種拡散の要因
 内水面漁業の今後の課題
  丸山 隆(海洋大)
 滋賀県内の鑑賞魚店における日本産淡水魚類の販売状況と課題
  金尾滋史(多賀町博)

VII. 国内外来種の法的規制
 滋賀県の条例について:地方条例は国内外来種問題に対処できるか?
  中井克樹(琵琶湖博)
 保全の単位:考え方,実践,ガイドライン
  渡辺勝敏(京大院理)

総合討論:今後の対策について(司会:向井貴彦)

問い合わせ先
向井貴彦
〒501-1193 岐阜市柳戸1-1 岐阜大学地域科学部
電話:058-293-3027  FAX:058-293-3008
電子メール:tmukai@gifu-u.ac.jp

日本の外来魚類研究をリードしてきたそうそうたる顔ぶれがそろっています。僕がブログで記事にするときに参考にした先生方も発表されるようですね。都合がつくなら行きたかった( ´・ω・)
個人的にはメディアにぜひ取り上げていただきたいですね。できれば全国紙の片隅でもいいので記事にしていただきたいです。日本だとまだ放生会でコイを放流したりするのがまかり通ってるように国内での動植物の移動に無頓着なんですよね。実際はコイを放流するのは生態学的にかなり問題あるんですが。ほんとにこういったシンポを通して一人でも多くの人に問題意識を共有してもらえばなと思います。








・・・・・・ひとつ言い忘れた。熊森さんは来なくていいと思いますよ。むしろ行かないほうが喜ばれると思います。いろいろ手間が省けるから。

これからの予定と思われるもの

2009-09-26 17:39:18 | Weblog
 すみません。長い間更新が滞っていました。シルバーウィーク中に風邪をひいたがために連休中はずっと寝ていました。・・・・・・せっかくの休みが(;´д` )
これからの予定ですが、熊森のことはこれからも調べて、年末ないしは年明けに記事をupするつもりです。まずはドイツの外来生物対策事情からですね。それとどうもwikiのアライグマの項目が熊森に汚染されていると思われるので、裏取りも兼ねて海外のアライグマ事情についても調べるつもりです。また、遺伝的多様性についても記事を書いてゆきたいと思います。それから、「モンハン生態学」というタイトルでモンハンと生態学、進化生物学を絡めた記事も書いていくつもりです。

ここがおかしい熊森協会 暫定的まとめ

2009-09-19 22:36:44 | 熊森批判まとめ
 これまでやってきた「ここがおかしい熊森協会」のまとめです。今までの「ここがおかしい熊森協会」シリーズを一つづつ要約した形となっています。

 シリーズの一番初めであるでは熊森の外来生物対策観に疑問を呈しました。具体的には、在来生物を囲い込んで保護すればいいという案に対し、グリーンアノールという小型のトカゲを例にしそれは現実的に有効なのかつっこみました。また熊森の外来生物法に対する見解は歪んだものではないかとの指摘も行いました。
 では熊森の外来生物対策批判を批判しました。ここでは熊森の使用している例示が在来生物間のものであり外来生物問題に使用するには不適当であること、いずれ落ち着くのであれば問題なしとするのであれば、そのような見解をするものが予防原則を支持してもただのポーズにしかならないことを指摘しました。また彼らの言動に見られる陰謀論的な部分にも言及しました。
 では熊森の生命倫理観が欺瞞的であるということを指摘し、自分に都合の良い部分しか引用しない体質を踏まえてそもそも議論をおこなうには未熟すぎると結論付けました。
 では熊森は批判に対し何ら答えていないことを彼らが有名になったドングリ散布事件を例に指摘しました。また、彼らが議論をしたいと言いつつも専門家と向き合うためのリングには上がらない口先だけの存在であることも指摘しました。そして彼らの専門分野であるはずの獣害対策においても個体数把握の精度を高めることを放棄したド素人のクレーマーにすぎないと結論付けました。
 では熊森に決定的に足りない論証の際のルールについてさわりにすぎませんが説明しました。ここでは論証をおこなう際に参考になる本も紹介しました。
 以上がこれまでおこなった「ここがおかしい熊森協会」のまとめです。今後のシリーズ予定としてはドイツの外来生物対策を調べ、熊森のHPにある内容が正しいのか検証しようと思います。また、もう少し彼らの本丸である獣害問題にも踏み込めればいいなあと思っております。
コメント (6)

論理的思考を鍛えるためにこんなんやってました

2009-09-17 23:51:50 | 議論
 ちょいと間が空きましたがこの前の熊森記事の続き(というかおまけか)です。
参考までに僕の場合の論理的思考や論証の説得力(論証力)を上げるためにしたことを記しておきます。僕の場合は「詭弁論理学」を読むところから始めました。まず論証における禁じ手を知ることで自分が同じことをしないように、相手がこれを使っていないかチェックするための知識を得たわけです。将棋で二歩は反則といったルールや定石を勉強するのと似ていますね。
知識を得ても使わなくてはなかなか身に付きません。そのため僕は2chのスレッドなどを見てどのような論証、反論が行われているか勉強しました。当時は進化論関係やブラックバス問題のスレッドがあり、そのような場所では論証や反論の方法がある程度確立していたのです。少し慣れてきたら相手の論証に突っ込めるところがないか探すことをはじめました。もちろんこれと並行して保全生態学の本を読むなどしてその議論の分野の知識をつけることもやっていました。
 そこそこ論証に慣れて自分で論理を組み立てるようになると今度は自分の論証に自分で突っ込むことを始めました。この時意識したのは自分がこの論証と対峙したらどのように論破するかということです。つまり自分で自分の論証の突っ込み所を探したわけです。同じころに少し議論のまねごとも始めていました。大学教授や知り合いのおっさんとお互いに思うところを話したりしていました。このときつらかったのは相手の質問や突っ込みに答えられなかったことです。この時の悔しさが勉強を促すバネになりました。
 いろいろと勉強しているうちに科学哲学というものにたどり着きました。これは僕が興味のある分野が科学に関連していたからでしょう。まず入門として伊勢田哲治氏の「疑似科学と科学の哲学」を読み、そのあと同じく伊勢田氏の「哲学思考トレーニング」や戸田山和久氏の「科学哲学の冒険」を読んでいきました。
哲学は文系の学問のように見られていますが、実際にはオールラウンドに使える知識や論証の方法が詰まっています。これを食わず嫌いして文系に独占させるなんてもったいないことです。そもそも論証や論理的思考って元を辿れば哲学から生まれてきたものですしね。こうして哲学から議論や論証の方法を知ることで思考の幅が広がったように思います。
 こうして論証の方法に習熟してきてから池田清彦批判などをするようになりました。ただ批判するだけなら「詭弁論理学」を読んですぐにできましたが、きちんとしたものを書けるようになるまでには2,3年ほどかかりました。ここでちょっと付け加えておくと、すぐに批判できるようになったのは僕に才能があったわけではなく「詭弁論理学」がテキストとして優れていたからです。
 そして現在もまだまだ勉強中です。ネットを探せば僕以上に論理的思考を使いこなせる人はたくさんいます。ネットですごい人に会えるというのが井の中の蛙にならずに済んでいるように思います。いま必要なのは他分野の知識を得ることと議論の経験を積むことですね。

ホメオパシー関連記事まとめ

2009-09-15 20:42:06 | いい加減なモノ
 僕が参考になったと思ったホメオパシー関連の記事、サイトのまとめ。他にもこれはいいよというものがあればぜひご一報をお願いします。

ホメオパシーとは何かについて

ホメオパシーは「効果が確かめられていない」方法ですらない

呪術教団化するホメオパシー

ホメオパシーと現代医療の否定

反社会カルトとしてのホメオパシー

喘息に対するステロイド治療を否定するホメオパシー


ホメオパシーにはまることによるリスク(主に子供)

ホメオパシーと医療ネグレクト

ホメオパシーSkeptic'sWiki

自分の生後9か月の娘を死なせたホメオパシー医

感染パーティーは対岸の火事ではない

それとネット上にある記事ではないですが参考になる本もいくつか紹介しておきます。

奇妙な論理〈1〉―だまされやすさの研究

疑似科学と科学の哲学



唾吐きコブラには味噌でもつけておけ

2009-09-12 17:54:53 | いい加減なモノ
 先日のJBpressでホメオパシーが肯定的に紹介されてから数日経ちました。すでにネット上には優れた考察、批判がありますので今更ここを見る価値も大してないでしょうがお付き合いください。

以下は元記事2つを読んだ僕の雑感のようなものです。

「世界で最も安全な医療」について

>つまり、物理的な作用はない。薬のように体内に物質を注入して、その物質が体内で化学反応を引き起こして体に変化を起こすというものでは全くないのだ。

この時点で神に祈ったり、先祖の霊に祈るのとどう違うんだ?

>西洋医学に慣れきった思考では非常に分かりづらい話なのだが、元の物質の「パターン」のようなものが残っていて、それが体内の症状に共鳴し、自己治癒力を高めると考えられている。

これ50年以上も前から駄目だしくらっているんですけど。というかこれ「水からの伝言」に代表される波動にすごく似てる気がします。

>元の物質は限りなくゼロなので、安全性は高い。何もないのだから、常習性も生まれず、子供でも高齢者でも妊婦でも安全性は高いと言える。しかし一方で、ホメオパシー独特の副作用のようなものにも注意したい。

注意したいと書きながらもどういった副作用がありどう注意すればいいのかといった具体論が出ないのはどういうことでしょうね。中立を気取っているのかもしれんけど、この時点で信憑性がないですよ?さらに言えば薬には大なり小なりリスクが付きまとうというのは医療の常識ではありませんでしたっけ。効果はあるのにゼロリスクなんて都合よすぎるでしょ。
実際にホメオパシーで殺された人もいるんですけど。それと熱心なホメオパシーの普及者って予防接種の否定とか子供同士を風疹に感染させるとか危なっかしいことをやりまくってるわけですが。
この人は現代の医療や科学に唾を吐き、知識のない人を冥府に引きずり込む手助けをする毒蛇ですね。

>編集部注:この治療法に関しては古くから世界中でその効果について様々な議論がなされてきました。一部では科学的根拠が欠如している点から呪術的治療法と攻撃されることさえありました。そうした議論をしっかりと踏まえつつ、2回目は現実の治療現場で何が起きているのかをリポートします。

医療として扱う以上、科学的に根拠があるか統計的に意味があると見なされないと使えないでしょ。攻撃されるとか言ってますけど突っ込みに耐えきれずにチキンのごとく逃げ回ってたのとちゃうんかい。

■何のためのホメオパシーか 西洋医学が見放した人を前に、それでもノーと言えるかについて

>しかし、あえて今回取り上げたのは、長年にわたって世界で多くの人が用いてきた伝承医療であり代替医療だからだ。

そんな理由でホメオパシーを取り上げるのなら、ぜひ今度は同じく歴史ある民間療法の「傷口に味噌をつける」ことを取り上げていただきたいです(笑。

>こうした「がん難民」にとって意味を持つのが代替医療である。サプリメント、気功、鍼、漢方、各種運動療法、各種イメージ療法、アロマセラピーなどなど、その種類は多岐にわたる。

割とまともとされる代替医療を隠れ蓑にホメオパシーの宣伝ですか。なんとも意地汚いレトリックですね。
漢方や鍼灸のようにそれなりに効果がある(プラセボ効果以上の効果がある)と見なされているものと何ら効果のないホメオパシーを同列に扱うなよ。漢方や鍼灸に謝れ。しかし、紹介する代替医療がなんで漢方や鍼灸ではなくよりにもよってホメオパシー?

>ホメオパシーについては、まだまだ疑問や謎や質問したことは多いのだが、ひとまずここで筆をおく。いずれにしても、ホメオパシーをどのように捉えるかは、個々の判断にお任せしたい。

なんとも無責任ないいぐさです。どういったリスクがあるのか実際に何が起こっているのか説明しないままにホメオパシーを勧めておいて最後は自己責任で判断しろという最低の逃げ口上。コウモリなのかこの人は。編集部の注には議論を踏まえているとか書いてありましたけど、どう見ても自分に都合のいい部分しか踏まえてないでしょ。

最後にタイトルについて。それでもノーと言えるのかではなく、ノーと言わなければ人が死にます。



JBの医療記事にびっくり

2009-09-10 00:43:52 | いい加減なモノ
 僕がよく拝見させてもらうブログに先日こんな記事がありました。

JBpressのホメオパシー礼賛記事を笑い飛ばせない理由
この記事のリンク先を見てビックリ仰天。なんと医療ジャーナリストがホメオパシーについて肯定的に紹介していましたよ。ホメオパシーというのは200年ほど前にドイツのハーネマンという医者が提唱したものです。彼の考えはいくつかありますが、象徴的なものに薬が「物質的」なものでなくなればなくなるほど「霊的」な治療力を得るというものがあります。具体的には薄めれば薄めるほど治療力の高い薬ができるということで、作った薬の有効成分の濃度は太平洋にその有効成分を一滴落としたのと変わらないようなものだったようです。ようするホメオパシーに薬効なんてあってないようなものです。ホメオパシーについては60年近く昔にマーティン・ガードナーの「奇妙な論理Ⅰ」で批判されています。昔から偽物の科学であり医学であると指摘され続けてきているのです。仮にも医療ジャーナリストがなんでこういった事情について素知らぬふりを決め込むのか。

ホメオパシーについてはかのナイチンゲールがこんなことを言っていたようです。

>その「丸薬」は、どうしても善行を施して満足したい人たちが必要とする一粒の愚行なのであろう。
ナイチンゲール曰く、「ホメオパシー療法は根本的な改善をもたらした」より引用

丸薬というのはホメオパシーのレメディのことです。むやみやたらと薬を使いたがる素人には飴玉でもやっておけばかえって安全、なぜなら毒にも薬にもならないからということですね。神とか霊の存在なんてたいして信じちゃいませんが今だけはナイチンゲールの霊に降臨していただきたい気分です。
元記事についての感想はまた後日。

ここがおかしい熊森協会5 まずは論証のやり方から覚えよう

2009-09-08 00:11:36 | 熊森
「ここがおかしい熊森協会」も今回でいったん終わりにします。次に書くときはドイツの外来生物対策や海外でのアライグマの被害などを調べてからです。今回は熊森に圧倒的に足りないもの、論証のやり方について書きます。
 論証とはなんでしょうか?論証というのは自分の意見の論理的な説得力を高めることです。まず、論証に必要なのは自分の意見を裏付ける根拠です。根拠を示さないままの意見というのは議論の場では通用しません。平たく言うとそんなこと言ってる人は相手にされなくなるということです。さらに言えば、意見を裏付ける根拠にもまた裏付けか必要です。捏造した根拠で裏付けられた意見を正しいと認める人はいないでしょう?ただし、この根拠の裏付けも論理的には延々と続けることになりますが、実際にはここら辺は合意できるよねといった部分までで裏付けは終わりとなります。この合意できる部分は公理などと呼ばれることもあります。
 根拠が示されているだけでは論証は終わるというわけではありません。他人を納得させるには、その論証が妥当であるという必要があります。妥当な論証とは反例を持たない論証のことです。反例とは根拠が正しいとしても主張が間違いになるケースのことです。例えば、「道が濡れているから雨が降った」という論証に対し「隣のAさんがさっき水をまいたけど」という論証は反例となります。
さらに気をつけなくてはならないことは、その論証の副作用についてです。論証の副作用とは、その論証を使用することで使用者が負う義務や論証に従った場合に生じる不利益などです。例えば、種が絶滅するのは好ましくないという立場をとりながらも複数の種を絶滅させる外来生物を侵入先で保護しようという論証は相矛盾し、自分の論証に従うという義務を放棄していると見なせます。論証というのは論理で人を従わせようという行為ですから自分が守れないものを人に押し付けることはできないわけですね。
僕がここで書いたことは論証のほんのさわりにすぎないので参考文献に挙げた本やネットにある議論の仕方サイトを見て勉強することを勧めます。

参考文献 論文の教室 戸田山和久