ならなしとり

外来生物問題を主に扱います。ときどきその他のことも。このブログでは基本的に名無しさんは相手にしませんのであしからず。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

ドングリ運びとドングリの散布者たち

2010-12-25 11:31:26 | 熊森
 ドングリ運びがもたらすと考えられる野生動物への影響第2弾です。ドングリ(堅果類)というのはクマではなく、リスやネズミ、カケスなどの鳥といった動物に種子を運んでもらいます。今回は山に多数生息するネズミたちについてです。
ネズミといっても日本には多種多様な種類がいます。今回主に扱うのは森林に生息するアカネズミとヒメネズミです。彼らは共にドングリを食べるネズミです。彼らはただドングリを食べるだけでなく、貯蔵します。彼らの貯蔵パターンには大きく分けて2つあります。巣の中にため込む巣内貯蔵と落ち葉の下などに隠す分散貯蔵です。この内、巣内貯蔵ではほとんど種子が発芽することはないとされます。となると、ドングリの散布には分散貯蔵のほうが大きく関わっていると考えられます。
トチノミでのデータではありますが、アカネズミが散布した種子の母樹(運んだ実を付けた木)からの距離は各年の平均で12.2~44.7m、最大値で117mという調査結果があります。トチノミは大きくて重いので、軽いコナラなどであればもっと遠くに運ぶことも可能と考えられます。また、海岸松林でのコナラの分布拡大を促進したという報告もあります。
こういったことを勘案すると、ネズミとはいえ無視はできません。
 また、2つ目の論点を提示してみます。ネズミというのはr-戦略という基本的に短命多産の方法で繁殖しています。こういう生物は彼らにとって良い条件のときに一気に増える傾向があります。ドングリ運びによって大量のドングリを山に運ぶことは、ネズミの餌環境を変えている可能性もあります。たとえば熊森はドングリが不作の年にドングリ運びをしていますが、これはドングリが無いか少ないところに運んでいるわけですね。つまり、何が起こるかというと、ネズミが増える下地になりうるということです。増えれば、猛禽類やキツネなどの捕食者によるセーブもかかると思われますが、そういうものはある程度時間がかかります。その間にネズミが食べる昆虫や植物などへの影響が懸念されるのではないかと考えられます。本来ならドングリの量の多少でネズミの個体数が変動するのは、人間が関わらなくても生態系内で起こるという意味で自然なことですが、熊森の行為はその自然な変動を乱しているのでは?という疑問が成り立ちます。

参考文献
森林の生態学 種生物学会編 2006
森の自然史 菊沢喜八郎・甲山隆司編 2000
日本の哺乳類学 ①小型哺乳類 本川雅治編 2008

終わりに
今年一年当ブログをお読みいただきありがとうございました。この3カ月批判ネタばかり書いてきたので、精神的に疲れました。ですので、梨は少し早いお正月休みに入ります。再開は恐らく年明け。じっくり休んでからシリーズの後半に取り掛かりたいと思います。
コメント (2)

クニマスを取り巻く浅薄な人々 追記あり

2010-12-23 16:57:33 | 外来生物
 最近は批判ネタばかりでもう少し気分的に楽な記事を出したいなぁと思う管理人です。モンハン生態学とか書きあがっているんですけどね。
先日、クニマスの再発見で世間が沸きましたが、さっそく浅薄な人々も登場しているようです。

クニマス里帰りへ素案…さかなクン名誉市民賞も
西湖のクニマス里帰りを…秋田でプロジェクト

秋田県知事がさっそく生態系を省みない問題発言をしてくれました。
以下引用
知事は「必ずしも田沢湖でなくても、秋田で生息できないか、県水産振興センターに勉強するよう即座に指示した」と述べ、生態系について研究を進める考えも示した。
引用終わり

なんのために魚類学会が「放流ガイドライン」を作ったと思っているのやら。
これが水族館で展示くらいならとやかく言いません。問題なのはクニマスを戻すなら、繁殖技術や生息環境の整備、外来生物としての問題点があるのにそれらを無視してとにかく秋田県内に導入ありきでいることです。順序がちがうでしょう?
クニマスで儲けたい魂胆が丸見えで、西湖での保全の動きを全く考慮しているとは思えません。

クニマス里帰りへ初会合、仙北市構想 さかなクン名誉市民賞案も

こちらはより詳しい内容ですが、知事の発言についてはありません。これらの記事を見る限りでは、行政サイドの一部が暴走しかけて、研究者、実務サイドがなだめているように僕には見えます。秋田の杉山先生はクニマスやオオクチバスのプロですしね。

そして、釣り人、とりわけ外来魚を釣るような方々にはこんな人たちも。

(祝)クニマス再発見続き

典型的勘違いその1。外来生物というだけで全て駆除対象になるわけではないのですがね。「外来種ハンドブック」くらいは読みましょうよ・・・。

生物多様性の観点からバスは害がない


こちらは最初に見たときギャグかと思いました。某池田と発想が同じですし。突っ込みどころはいろいろあるかと思いますが、一つ指摘するなら、どうして絶滅しか問題にしないんでしょうね?絶滅の前段階として、どんな生物にも減少というステップがあって、生物多様性の保全というのは減少を食い止めることで絶滅に歯止めをかけることを目指しているわけですね。絶滅しなければ無問題というならある池のメダカを水族館に移しておけばその池は開発だろうが何をしてもいいということにもなりますよね。メダカは水族館で存続していますから、この理屈なら開発などの行為は問題ではありません。
10から1に減る過程を見ずに、0にならなければ別にいいという理屈は滑稽です。
というか、いまどきブラックバス問題に口を出したければ環境省のオオクチバス専門委員会の資料くらいは目を通しましょうよ。これで“考えた”・・・・・・ハァ。

 僕自身もたまにフライやりますから、こういう人たちの気持の部分で分からんことがないこともないです。が、上記の方々は現状がなぜこうであるのか把握もせずに不満や勘違いを振りまくだけです。ブラックバス問題のときに散々言われていたんですけどね。釣り人にビジョン、つまり、こうしていこう、こういう社会が望ましいのではないかという働きかけがないことは。僕も何年も釣り雑誌なんて読んでないなぁ。つり人社なんて屑の極みだったし。

追記
何の気なしに検索していたらつり人社の書籍編集長がこんなことを言っているのをみつけました。

さかなクン、世紀の大発見!幻のクニマスが西湖で生きていた!!(その2)

以下引用
かつての国策で田沢湖にクニマスを棲めなくさせた、そんな
過ちをもう二度としてはならない、それはそのとおりです。
でも、「国内産外来種」って、なんだよこの愛のなさ…。
いったいこれが、かつて人の勝手で絶滅の淵に追いやられ、
それでも70年のときを超えて生命をつないできたクニマスに
かける言葉だろうか。
中略
けれども、僕にはどうしても外来魚駆除と同じ文脈で
今回のクニマスに「国内産外来種」というレッテルを
貼ろうとするのは、理解ができない。
引用終わり

事実の指摘をすることは愛がないそうです。お宅らはブラックバス問題で何を学んだんだ?と言ってやりたいところですが、これを見る限り、難癖の付け方だけ覚えて変わっていないようです。
コメント (5)

獣害をなめているとしか思えないメディア (激怒)

2010-12-21 19:42:13 | 熊森
 今回はかなり怒ってます。まぁ申し訳程度の取材で評価されるなら世話ないなと。
第30回地方の時代映像祭というもので、兵庫県立伊川谷北高校(神戸市西区)放送部が、高校生部門で1位の優秀賞をとりました。これだけなら喜ばしい話かもしれませんが、内容が大問題。

地方の時代映像祭:伊川谷北高が優秀賞 野生動物との共生伝える /兵庫

何とまぁ、あの熊森とクマに餌やりをする人を肯定的に紹介しているようなんですね。兵庫という獣害対策の進んだ恵まれた環境でなにをやっているのか。ここには書けないくらい罵詈雑言が浮かびました。書いてやろうかとも思いましたがね。
こちらに詳しい内容についてあります。

高校生のドキュメント「クマと人間の共生」

本人たちがどう思ってるかは僕には心底どうでもいいですが、これ、遊びですよね。クマのことが知りたいのに、県などがクマに対してどういう対処をしているのかを調べた形跡が上記の文からは全く見られません。というか、調べていたら餌やりを美談として取り上げるようなことはしないはず。誤解が分かったのではなく、根本的に誤解したままです。これで調べたつもりなら「それはひょっとしてギャグで言っているのか?」と返しますね。
君たちが作ったのは下調べもろくにしない駄作です。
努力をしたとか言うつもりなら、「君たちが、どれだけ現場で結果を出している人たちの努力をゼロにするようなことをしているのか分かっているのか?」と返します。
両論併記しろとか言うつもりは無いです。とはいえ、話を聞いた専門家がどのような専門的評価をされているのかや国の統計、県の対策を見るくらいの努力はして欲しかったですね。それがこの問題を語るならスタートラインでしょう。
まぁ、こういうような、なんちゃってメディアがやがて中日新聞のように熊森を肯定的に紹介するようなメディアに成長するんでしょうな。僕がここまで怒るのも、ある意味ではこれからきちんと調べて変わって欲しいという期待の裏返しでもあります。馬齢を重ねただけの大人なんて心底どうでもいいので期待しませんから。
コメント (6)

クニマスの再発見と外来生物問題と

2010-12-20 11:19:22 | 外来生物
先日、さかなクン氏、中坊教授らによって日本で絶滅したと思われていた淡水魚のクニマスが再発見されました。今回の発表は論文が受理(うちの雑誌に載せるだけの価値があるよ)されたので出したものでしょう。
クニマスはいままでの分類ではベニザケ(ヒメマス)の亜種と分類されていました。
今回は外部の形態と遺伝情報を調べてクニマスと断定したそうです。ではどのような部分を調べたのか?詳しくは論文待ちですが、梨の予想を書いてみます。

鰓耙(さいは)
魚の鰓(えら)には鰓耙という水をろ過して浮遊生物を消化管に送り込むための器官があります。これはプランクトン食の魚類でとくに発達しています。サケ科ではオショロコマとミヤベイワナを見分ける要素の一つが鰓耙の数です。ミヤベイワナはオショロコマの亜種ですが、鰓耙の数がオショロコマより平均5本ほど多いことが知られています。ちなみにヒメマスは鰓耙がサケ科で最も多い部類で、動物プランクトンやユスリカなどを捕食します。

幽門垂(ゆうもんすい)
サケ科などには幽門垂という消化器官があります。この数が種によって異なるので、種を判別する基準の一つになります。

有孔側線鱗数(ゆうこうそくせんりんすう)
魚は音をキャッチするために側線という器官があり、そこにある鱗には孔が空いています。この孔のあいた鱗の数も種によって異なります。

条数(じょうすう)
魚のひれを支える骨は、人間でいう指の間に膜が張ってひれとなっているという感じです。この指の骨の本数が魚の種によって違うので、見分けるポイントになります。専門的には条数といいます。
この他にも脊椎骨の数など数々の特徴を調べたと思われます。
このような外見から魚種を同定するのはよくよく魚を観察しないと出来るものではありません。はじめにクニマスではないか?と疑問に思ったさかなクン氏の実力が相当のものである証左でしょう。

遺伝子に関してですが、これは核DNAを調べたのか、ミトコンドリアのDNAを調べたのか僕にはわかりません。水産有用魚種として利用されるヒメマスのデータは既にありますので、それを利用したものと思われますが・・・。詳しくは論文待ちですね。

クニマスの生態については分かっていないことが多い魚です。近縁とされるヒメマスの自然分布は北海道に2か所ですが、クニマスだけ本州の湖に生息しています。分布が飛んでいて、なおかつ湖という閉鎖的な環境にいるのですね。サケ科魚類ではこのように淡水に閉じ込められて海に行くことが出来なくなった魚を陸封型と呼びます。完全な陸封型の事例はそれほど多くなく、ヤマメの陸封型であるスギノコという魚はイワナよりも上流域にいるという特異な生態を示すようです(通常、イワナより下流にヤマメは生息)。
また、「日本の淡水魚」(川那部ら編著1989)によれば、クニマスは1年中産卵していたと言われていたという情報があったようです。生殖腺の発達など解剖学的研究の進展が期待されますね。
さて、クニマスが再発見されたことは喜ばしいのですが、同時に保全生態学上の問題も浮上してきました。それは、この再発見をもって絶滅危惧の種をどこか別のところに移植してしまえばいいじゃないかということです。すでに岐阜大学の向井先生三重大学の淀先生など魚類、外来生物の専門家がその懸念を表明しています。
僕の見解を述べると、今回のケースは非常にまれな偶然が重なって起こったもので一般化できる事例ではありません。まず、移植されたのが外来生物の問題が認知される前であったこと、運よくクニマスが定着したこと、ヒメマスとは交雑しなかった(と思われる)ことなどです。
少なくとも、外来生物の影響について負の影響の知見がつみあがっている現在で同様のことができると考えてはいけません。今回の件を持って安易に移植すればいいという考えは、移植先の生物相はどうなってもいいという生物多様性への無関心であり、生息域の保全や人工繁殖にかかる努力を軽視したものです。再導入や移植と言うのは保全(conservation)と保存(preservation)の2つの歯車がきちんと噛み合って初めて機能するものです。
まぁ、言いたいことをまとめると時代背景が違うから同じようにはいかないよってことです。
現在、地元では禁漁区や期間などを設けてクニマスを保全していこうという動きがあります。今まで、ヒメマスに混ざって混獲されていたので、天然記念物などへの指定は逆に調査や漁業などに支障をきたすでしょう。また、即座にこのような動きが報道されたというのは、前もって根回しをして関係者の同意と合意形成を取り付けていたからでしょう。今後も注意深く見守る必要があります。

コメント (8)

息抜きに燻製を

2010-12-18 21:21:08 | 料理
 久々の料理記事です。熊森関係ばっかだと息抜きもしたくなるんですよ。
・アパートでも燻製
用意するもの
鍋(蓋つきの両手鍋がいいです)1個
鍋がすっぽりかぶさるダンボ-ル箱
木製の厚手の鍋敷き1個
鍋に入るサイズのザル1個
アルミホイル
スモークチップ大匙1

これが基本的に必要なもので、あとは素材に応じて適宜、スパイスや塩などが追加です。
基本の作り方(肉の場合)
素材に塩やスパイスをすりこむ。僕は塩、こしょうをベースにタイムやローズマリー、ナツメグなどを使います。
一晩、冷蔵庫で馴染ませる。
外で干す。干せない時はラップ無しで冷蔵庫内でもOK。場所をとりますが・・・。
干す時間は少なくとも2日は欲しいところです。燻製にとって素材の表面の水分は天敵ですので・・・(ちなみに鶏肉を1日だけ干して燻製にしたら中が生でした。なんてこったい)。
アルミホイルを敷き、チップを入れ、ザルを置く。
肉を入れ、中火で煙が充満してくるのを待つ。
充満して少ししたら火から外し、鍋敷きの上に。
上からダンボールをかぶせ、30分ほど待ちます。
出来上がり。色を濃くしたい場合などは2回ほど燻したりも。

これが燻製肉の基本ですが、そもそもめんどくさいという方もおられるでしょう。そんな人にはチーズやミックスナッツ、練り物の燻製をお勧めします。下ごしらえをせずにそのまま燻せます。ただし、チーズは長時間燻すと溶けるので気をつけて。

ちなみにこれを書いている現在、ベランダには明日燻煙予定の豚バラの塊が干されております。仕込(といっても塩漬けで冷蔵庫に入れただけですが)1週間の成果が明日には明らかに。楽しみです。

イノシシに餌をやる

2010-12-14 22:05:56 | 獣害問題
 一部ネット界隈では熊森がどうした、餌やりはどうなのかと議論になっていますが、一方でこんなことをなさる方もいるようであります。

イノシシと牛:餌おすそ分けで仲よく 長崎・雲仙 毎日新聞

リンク先を読んでいただければわかるかと思いますが、牛の飼料の一部を野生のイノシシにもあげているようです。クマにせよサルにせよシカにせよ獣害問題に関わる人間ならどれだけの努力を無に帰しているかお分かりでしょう。
イノシシに餌をやることによる害はすでに出ていて、神戸市では条例で禁止にしているくらいです。
イノシシ条例について
↑のリンクを読むだけでもイノシシに餌をやることがまずいということは分かっていただけると思いますが、とりわけ、九州は今年、口蹄疫があったんですよね。もし宮崎で封じ込めが失敗して九州全体に広がっていたらこういったイノシシに餌をやるという行為は口蹄疫を広げかねない行動であったわけです(念のため補足しておくと、口蹄疫は豚と生物学的に同種なイノシシはもとよりシカなども罹ります。参考)。
というか、口蹄疫が広がっていたらこのように家畜と接触する野生動物は真っ先に駆除されたことでしょう。山に帰ってさらに広められたら困りますしね。そうでなくても長期的に見て動物も人間も不幸になる確率が高い行為です。

動物に餌をやるときはそいつを殺す覚悟ができたとき・・・心あるアクアリストなどや僕のように外来生物に関わっている人間が肝に銘じていることです。この方も畜産という動物の命を預かる立場にいるのならそれくらいの認識は持っていて欲しいのですが・・・。
そしてこれだけは言いたいのはこんなことを美談のように取り上げる記者の見識の低さ。小学生じゃないんだから少しは調べろよと思います。馬鹿にしてもしょうがないんで、獣害などについての記事を書いて少しでも彼らの目に留まるようにするしか僕が現在できることはありませんが。

コメント (2)

そんな熊森で大丈夫か? ドングリ運びとシカの増減

2010-12-12 20:12:45 | 熊森
 今回は、ドングリ運びによる他の動物への影響について論じていきます。
熊森は建前として、奥山にドングリを運んでいます(もっとも、最近では緊急事態と言ってなりふり構わずどこにでも置くようですが)。そして、奥山にはクマ以外の動物も生息し、ドングリを利用しています。
その中にはアカネズミやヒメネズミのような小型の動物からシカやイノシシのような大型の動物もいます。大型の動物に先にまいたドングリを見つけられたらクマの分なんてほとんど残らない気がしますけど。なんせ基本的に群れ行動の動物ですし。さらに言えば、シカやイノシシもドングリを食べるということは、ドングリをまくということは彼らの餌条件も改善することになります。シカの餌状況改善させてどうするんですかねぇ。
シカによって森林の下層植生や樹木の世代交代が被害を受けているのは獣害問題関係者には常識ですよね。シカなんてだいたいの植物は食べますし、いよいよ切羽詰まったら落ち葉も食べますからね。シカの死亡原因は冬の寒さや餌不足が主です。少し付け加えますと、冬に死ぬのは繁殖にエネルギーを使いきったオスや幼い子供であることが多いです。秋に餌状況が良ければその分、皮下脂肪に変えて貯めこめるわけで、冬の生存率がわずかでも上昇するのは想像に難くないですね。オスはともかく、メスの子供が生き残るのが厄介で、餌条件が良ければ3歳、早ければ2歳から毎年子供を産みます。この繁殖力の高さがシカの個体数管理に手を焼く原因の一つです。さらに、前述したとおりなんでも食べるというシカの食性は環境収容量と生物多様性とのバランスを崩すことにもなります。分かりやすく言うと、シカが食べ物不足で増加に歯止めがかかる頃には、山の植生は回復不能なまでにめちゃくちゃということです。シカが増えてしまえば、その分森の植生がもろに影響を受けるわけで、奥山の植生の回復なんて夢のまた夢ですよね。熊森のやっていることってクマのためと言いつつ、森を滅ぼす手助けをするようなもので、これは本末転倒ってやつじゃないですか?熊森は森林保全のシンボルとしてクマを保護しますという建前ですが、これは笑えるというか呆れた欺瞞ですよね。こういう批判にきちんと答えるにためにもドングリを何が多く利用しているのかくらいは調べてほしいものです。

おまけ
奈良県天川村に行ったときに撮影した写真。

シカによって下層植生がほぼなくなり、後継樹がないという状況です。あってもシカの食べない種類のシダしかない(これだけのギャップがあるのに単一植生というのは少し異常ではないでしょうか。周りに木があって種子の供給はできる状況なのに)。

天川村は江戸時代には弓矢用の竹(矢に使う)の産地でしたが、今では葉の生えた竹、ササを探すのも一苦労です。
樹木は皮を剥がれています。
コメント (9)

そんな熊森で大丈夫か? 熊森のドングリ運びへの見解に突っ込んでみる

2010-12-08 22:00:34 | 熊森
 今回からついに熊森協会(以下熊森)のドングリ運びについて批判していきます。熊森の見解が2004年には発表され、それが今まで(2010年12月8日現在)維持されたまま彼らの旧HP上に公開されているため彼らの見解に大きな違いはないものとして突っ込んでいきます(注:数値は11月の時点で把握しているもので、現在はさらに増えています)。

以下引用
指摘②〉少々のドングリではクマの空腹には焼け石に水。

【熊森の見解】焼け石に水なのは、言われなくてもわかっています。しかし、何らかの行動を起こすことによって、暴走する駆除に何とか歯止めをかけたいという人たちが誕生し、大きな力になっていくのです。熊森は、兵庫県で、県や地元に働きかけ、日本で一番進んだクマの保護体制をつくってきましたが、それは、ドングリ運びから始まりました。北陸でドングリ運びを呼びかけたことで、次々と会員が誕生し、クマの駆除を止めるための活動が始まっています。1頭のクマを1日でも里に出て来なくていいようにしたいという気持ちから、大きな流れが生まれていきます。大切なのは、人々に共存の心を呼び起こすことです。

引用終わり
分かっているならやるな・・・と言いたいところですが、現在の熊森は数百キロのドングリを運び、クリ4.5tをさらに追加で各地にまくようです。昔、ドングリは発芽防止や虫殺しのためにゆでるとか言っていたと記憶しますが、計5t近いこれらの実をほんとにすべてゆでるんですか?手間が恐ろしくかかることが容易に想像できますが大丈夫?
さすがにこの量はシャレになりませんよ?クマじゃなくても他の生物に影響与えるんじゃないですか?他の生物への影響はこの次あたりで。

以下引用
〈指摘⑤〉ドングリにも本来の生育地があり、他地域のドングリをばらまくべきではない。(遺伝子の攪乱)。またドングリにドングリを食べる虫が付いており、それらの病害虫の管理なしにむやみに他の地域に持ち込むのは植物防疫上も問題。

【熊森の見解】私たちは、これまで、外来種の国内持ち込み、国内種の移動、品種改良種を自然界に持ち込むことについては、強く反対してきました。その立場は変わりません。しかし、実際のところ、原生の森を伐採し、雪国の奥山に植えられたスギは、九州や四国の苗ですし、里山のクヌギなどの落葉広葉樹は、元々生えていたシラカシやアラカシなどの常緑樹を切り、各地の苗木を取り寄せ植えたものです。さらに、少し前まで日本の森の中にいた昆虫類の多くが消え、地球温暖化により、見たことも無い亜熱帯性の昆虫やキノコが次々と繁殖しています。私たちは原生林ではなく、このような、すでに人為的な遺伝子撹乱が起こっている場所にドングリを置いていることをお知り置きください。
 また、何年にもわたって検証を続けていますが、運び込んだドングリから芽が出て育ったものを見たことがありません。平地の気候風土で育ったドングリが、雪深いクマの生息地で発芽する可能性は大変低いものです。第一、ドングリの山は、置かれるや否や、虫と一緒に動物の胃袋に入ってしまいます。
 ドングリにつく虫については、熊森の顧問が調べ、今、わかっている範囲では問題がないということでしたが、自然界には人間には計り知れないことが多いため、私たちこそ、気にしています。
引用終わり

そもそもことが起きてからじゃ手遅れになる種類のものですから。仮に遺伝子撹乱が起きたとして誰が調べるの?交雑個体の除去とかどうするのさ。山で木を切るって相当危険な作業ですよ?そもそも奥山のドングリがどうして過去に遺伝子撹乱を受けたものだってわかるの?それらしい文献の紹介なんて今までに見たこともありませんが。
クヌギ、コナラの利用に関して言えば、あれはもともと里地(人間の領域)の薪炭林として利用されていたもので、そんなものをわざわざ奥山まで持っていきますか?
というか、データを持っているなら出してください。熊森の体質として思わせぶりなことを言いながら、情報開示はしないというところがあります。今後も重要な論点になりますので、覚えておいてください。
なんですかこの突っ込み所がありすぎて一息では突っ込めない文字のられつは?
とりあえず今日はここまでとしておきます。
コメント (11)

熊森のドングリ運びに憤る人たちへ

2010-12-07 01:10:35 | 熊森
今回の記事は自戒も込めて書いてます。先日、熊森がヘリコプターを使ってドングリを散布しそれがテレビで好意的に紹介されました。これに対して憤る保全関係の方は多いと思います。僕もその一人です。
これについての批判はいろいろあると思います。獣害的な観点、他の生物との関係性という観点などなどです。今回は遺伝的多様性からの批判について考えてみます。
熊森の行為は外来生物問題を作り上げ、遺伝子撹乱や病害虫の伝播などのリスクを含むのは保全生態学を学んだ人間にとってはだれの目にも明らかです。許せることではないし、専門家を名乗る人間、組織がやっていいことでもありません。
ただ、熊森のこのような行動が受け入れられてしまう背景には保全生態学者をはじめとする保全にかかわる人間が遺伝的多様性の重要性についてうまく伝えられていないせいもあるのではと思ってしまうのです。どのレベルまでなら理解されるのか少し考えてみましょう。
「遺伝的多様性は病気などからの影響を防ぐのに重要です」これくらいはまぁ僕の観測内では理解されているように思います。では次。
「遺伝的多様性は個体群間の個体の移動で維持されています」
これはメタ個体群の概念を理解している人には当たり前の話ですね。個体群間で個体の移動があるからこそ、孤立化して近交弱勢が起こらないようになっています。では、次の話と合わせると?
「周りから隔絶された個体群では近交弱勢が起こりやすくなります」
こちらが知られ過ぎて、“そうなったら大変だから他所から個体を持ってきて多様性を回復させよう”に安易につながっているのではないでしょうか?
最後にこれ。
「遺伝的多様性の独自性、地域性を守りましょう」これが一番厄介ではないかと個人的に考えています。これ1つを大きな目標として掲げる分にはだれも反対しないでしょう。では個別の保全のケースでは?タイワンザル、渓流魚、その他もろもろ。いまだに放流事業に天皇陛下を呼ぶ様な状況下できちんと理解されている人は少ないのではないでしょうか。

個人的には交雑することでヘテロ接合が増えることが遺伝的多様性が増すと誤解されている気がしますが・・・。ヘテロ接合は指標であって、遺伝的多様性のすべてではないんですが・・・。正確に言えば、もともとどれくらい持っていたかが重要で、持ち込んで増やせばいいという話ではありません。
熊森に届かせる必要があるかはともかく、広く受け入れられる説明を作って今回の熊森のような行為がメディアで好意的に取り上げられることを減らす。その必要性はあるのではないでしょうか。
コメント (7)

熊森批判をめぐる売り言葉に買い言葉

2010-12-05 08:31:19 | 熊森
 ネットで熊森批判をしているとこういう発言にも出くわすことがあります。たとえばこんな売り言葉。

以下引用
ツイッター内で色々と意見を交わされているけど、実際のところフィールドに出てツキノワグマに調査や観察をしたり身近にツキノワグマが生息している環境にいる人は、どのくらいいるんだろう・・・本で読んだ知識や机上の考えなら誰でも言える・・。
引用終わり

うん、そうか。あなたはそう考えるんですね。じゃあ、あなたにやってもらいましょう。質としては僕が現在やっているもの以上が最低ラインということで。本で読んだ知識や机上の考えならだれでも言えるというお考えですから、僕程度の文章を書くくらい鼻歌交じりで出来るのでしょう。これだけ言っているのだからできないわけがないですよね。ネットでいろいろやってる身としては、言葉の是非はともかくこう言われるとピリッときますね。たとえて言うなら、ニコ動のゲームのタイムアタック動画などにつくコメントに「これくらいオレでもできる」というのがたまにあります。それに対して「じゃあ、お前が動画あげろ」、「名人様はお帰りください」と返されることが多々あります。ま、この人は自称名人様や自意識過剰でないことを祈りますが。

一方、こちらは買わなくてもいいものを買ってしまった事例。

ツキノワグマ実験プロジェクトのドングリ受け入れします

いやいや、そんなことしなくていいでしょ。なんでわざわざやる必要があるのかと。まぁ、確かに一部の人にはこうでもしないと届かないかもしれませんが、だからといって植生や他の生物のことを無視していいという道理もないでしょう。というか、熊森に取り込まれた人間なら、やり方が間違ってるとか幾らでも自分が納得しないための理屈をひねり出すでしょうけど。何のためにやるの?対象としているものが分かるようで分かりませんね。
どうしてもやりたければ近くの山のドングリを使ってやってくださいとしか。個人的にはジョークにしても性質の悪いものと思います。
これを本気でやるつもりならば、残念ですが宮崎氏も熊森と同レベルの自然観しかお持ちでないのだなと判断せざるを得ません。ただ立ち位置が違うだけで。
上記の2人に共通するのは“体験”や“経験”というものを重視し、文献などの記述されたものへの無関心ないし軽視があげられますね。体験や経験の必要性は否定しません。そういうものがあった方が話が通じる場合もありますからね。ただ、体験にしろ文献の知識にしろどちらか片方を偏重してもう一方を軽んずるようになったらそれは危険な兆候でしょう。

コメント (9)