あすなろ

塾長日記

what am I?

2014-06-24 17:01:02 | Weblog
想えばつらい日々だったよ。
『がん患者35万人が働いている』というのNHKでやっていた感動した。私の脳出血と同様、もうがんも長く治療を必要とするけれど、治癒できる病気だ。しかしこれはこれで、病気といって病院のベットに何年も寝ているわけじゃないので、社会復帰ができるか苦しむのである。自分の存在はなんだったのだろうと、組織に属している人はそれはそれで大変だろうけれど、僕のように自営はまして、個人と個人のつながりで仕事をしているとやはり評価で決まるから、つらかった、人様の前に出ていく自信がなかった、別に頭の病気だからバカになって教科が教えられないというわけじゃないんだよ。勉強なんか答えなんかもう自動的に出てきちゃうからね、頭なんか全然使わない。ただ細かいこと、今日はこの生徒集中しないなとの細かいケアに自信がなかった。
自信のつけ方はいろいろ考えたこともあるけれど、さあやりますというお手紙6か月ぶりにみんなに書いて出したら突然メロンが届いた。うれしかったな。そうだよ。今までちゃんと仕事をやってきたんじゃないかと思った。さっきバカになったわけじゃなかったと書いたけれど、やっぱりいろんなことじゃあこうしてやるというような気力がなかったね、ナスがママならパパはキュウリというのりがなかった。
とくにつらかったのは



Sちゃんのこと

2014-06-24 16:57:30 | Weblog
30年前の本当にオープンしたころサヤカちゃんは入ってきた。家はと聞くと(今は総理の)安倍さんの家の隣といった。富ヶ谷だねと思った。当時はこの地区小児ぜんそくが多くて彼女もぜんそくで高校は欠席がちだったけれど、成績は普通だったが大学受験で頑張って彼女は名門大に入った。以来今回まであまり思い出すこともなかったが、今回僕が倒れて張り紙を見てえっ先生に会えなくなっちゃうのと何回も来てくれて、今回、大人用の長文読解を教えてというので、これは新しい麦秋ゼミのやることだと思ってまた第一号生徒になってもらうことにした。
明るく楽しいうちの雰囲気は、簡この子たちによって確立されてきたんだ。今は入りやすくなって単に入試が終わっておしまいだから僕もつまらなかったんだ。人生は戦わなくちゃね。留学してたから発音なんか僕よりいいだろうけれど、長文読解は僕の出番だ。あの時を思い出してゼロからスタートだよ。