あすなろ

塾長日記

人生のけじめ

2012-06-30 11:39:33 | Weblog
これからクラス会に行ってきます。42歳の時はじまったこのクラス会はその時の3年生は誰でも参加できて20年目です。15回くらいやっている。
初恋の人にあえて、彼女の住んでいる四国の地方都市に訪ねていったこともあります。全然付き合ったこともない(中学時代を含めて)女がその彼女にボクのうその情報を流して、悩まされたこともありました。今となってはどうでもいいことでけれどね。
ずっとボクの手を握って話をしたもっとも近所に住んでいたやつもいました。思い出してみればいつもこいっと遊んでいた。彼はそのクラス会のあと亡くなりました。やはり元気にみんなをいつも笑わせていたやつも亡くなりました。このクラス会は後一回だそうです
もうやらないというより、解散するそうです。きっと名簿も裁断されちゃうんでしょうね。
なんかいいですね。さびしいけれど。

ここが噂のケーキ屋さん

2012-06-28 19:08:26 | Weblog
ここがうわさのケーキ屋さん

どうも、すっきりしない。ずっと寝ていたがそれもなんだかなと思って、家を出て歩いて行った。町田市の玉川学園は丘陵が多くて、高級住宅地にしようと最初は分譲したのだがそれから40年もたつと住民はみんな高齢化し、コミュニティバスを頼りに生きている。全員が杖を持っているのだから、シルバーシートなんてあってなきが如くだ。住民と散歩していた犬もみんな死んでしまって、もうだれも歩いていないのだ。歩いて気持ちのいい街が機能していない。ブラブラと散歩しいい雰囲気の喫茶店に入ってコーヒーでも飲む。なんていう店は消滅してしまった。最近の駅前はもうフランチャイズの牛丼、ラーメン屋コジャレタ店など皆無になってしまった。というわけで、駅にいっても仕方ないと思って道を隔てて神奈川県横浜市青葉区の奈良北団地にならまだなんかお店が残っている気がした。ここも高齢化はすごいけれどね
子供の国に向かって行くと、実はここを歩くのは初めてだった。いつも車でさっと過ぎていく。おいしそうなケーキ屋さんがあった。
店に入って最初に目に入ったのがケーキ『サバラン』だった。今サバランって売ってないし、昔はどこで食べていたっけと思って買った。お店の奥さん,(店長かな)と話しているうちに、ここもしかしたら40年前の、原宿の竹下通りのカドにあったあの店。と聞いたらのれん分けしてそうだっという。びっくりしたな。
確か、青葉区に越すといっていた。当時は港北区だけれどね。ひっそりと味を守ってやっているなんてなんてロマンチック。この前、パリでもね。こんな店でクッキーを買って
その時一本もらったフランスパンは食べずに神棚にのせてある。

雑音がうるさい

2012-06-28 17:52:34 | Weblog
介護の大変さはそういうことだけではない。
周りの雑音だな。『第三者、ああしろこうしろというだけの無責任』なんかの川柳で読んだけれど、親戚からさっそく電話が来た『お前が最後まで面倒見ろ』といってくる。だからできないから頼んだんだからというとじゃあその施設の名前を教えろという、電話しても里心がつくからいけないことになっているのに親戚が大挙して、シュークリームだ、花束だなんて持っていっていったいどおするんだ。一人でさびしい思いをしているお年寄りだって他の部屋にはたくさんいるのに。この行動に何も良い結果を生む要素がない。自己満足だけじゃないかと断ると。何か教えないのは怪しいという話が今、親戚を駆け巡っているらしい。ずっといってろ。何と言われようとかまわない。

介護のモロモロ

2012-06-28 16:33:49 | Weblog
認知症の介護というのは想像を絶するハードな世界だった。家族の心身が持たないから介護保険というものができたのですよと訪問看護の人が教えてくれた。食品は冷凍庫に入れておけば大丈夫と思っているから、食べ残しが冷凍庫は満杯でドアーが閉まっていないからみんな腐っている。その食品を捨てると怒る。ヘルパーさんたちはハイハイといいながらとっとこ捨ててくれるが家族がやるともう怒鳴り合いになる。もちろんヘルパーさんたちには頭が下がる。2週間前に食べ残したにぎりずしのタネを醤油で煮たりしている。その母親をとにかく、ショートステイに入れた
母がいなくなってホッとした瞬間、熱が出てきて今5日目、熱は下がったが風邪は完全に
抜けない。一日だるい。

精神の健全性

2012-06-26 15:26:26 | Weblog
精神の健全性
まる二日間も寝込んだよ。東横インでテレビつけっぱなしで、ずっとうとうとしているうちにBSでアパラチアトレッキングという番組をやっていた。詳細はうとうとしていたからわからんがとにかく次の休憩所まで19キロとか誰にも会わない日もあるという。四国八十八か所は人には会うものね。食べ物とか、クマに襲われないように木の上に隠す。そのオジサンは65歳で、リストラされて人生にむなしさを感じて歩いているといっていた。世界中同じだね。それで休憩所で知り合うとnr水汲みに危ないから一緒に行く。付き合いはそれくらいだ。昔ユースホステルとかあって夜は必ず議論、最後は歌なんか歌っちゃって
ボクたちは仲間とかやってたよな。ふっと触れ合ってそれじゃねというのが旅の醍醐味だよね。世界中の人が精神を健全にしようと巡礼しているんだなと思いましたよ

こっちが持たない

2012-06-25 17:13:20 | Weblog
東横インに入って寒気がして、暑い部屋なのにクーラーもつけずに、ガタガタと震えていた。だるかった。目が覚めたのが 7時、コンビニでお茶を買って、何か食べなくちゃと思っているうちにまた体がだるくなったので、ベットに入った。次に目が覚めたのが10時でお風呂を入れてフラフラと入浴した。
そのまままた意識を失うように寝た。次は午前4時だった。朝から何も食べてないから松屋でも行こうかと思ったけれど、また寝てしまった。こちらはこんなに苦しいのに、介護保険関係からは何時に迎えに行く。夏用のパジャマを持たせろ。次々に指令が届く。まだだるい。

ケアメン

2012-06-25 16:49:10 | Weblog
ケアメン
 NHKの朝のニュースでアルツハイマーの妻を16年面倒見ている夫が何回も自殺しようと思ったといっていた。介護とは、かように
厳しいものだ。と今はわかる。土日の二日母親が施設から帰って帰ってきた。帰ってくるなり顔を見るなり食べ物の話を始めるのだ。
それも今話しているのに同じことを言う。文字通り吐き気がした。本当にトイレで嘔吐していると、母親が背中をさする。もううざったい。寝るからねと日曜午後1時なんだけれど、部屋に籠った。風かいといって体温計を持ってくる。おかゆを作ってくる。大体この家に米はない。冷凍庫から引っ張り出してきたのかもね。もう返事はせず横たわっているうちに熱が出てきた。大きな音が聞こえる
氷枕を出さなくちゃという。氷枕この家になんかないんだよ。もう我慢も限界。
東横インに逃げ込んだ。入院だよ。

新聞売らないでさ

2012-06-22 16:11:24 | Weblog
お笑い、大事件
 どうして選挙区が岩手なのに大地震が起きたのに帰郷しないんだろうとみんな思っていた。そうしたら放射能が怖くて、岩手から送ってきた魚まで捨てていたと『奥さん』に暴露された剛腕とそれまで呼ばれていた政治家がいた。その新聞会社が経営している野球監督が脅されていて、1億円も危ない人たちに渡していた。という問題が発覚した、問題は親会社の大新聞が1行もこのことを記事にしないことだ。他にもこうして記事にしないことが多いんじゃないかと思っちゃう。こんな新聞いらない。断ろうと思ったら、向こうから電気ポットを持ってまたとってといってきた。新聞売らないで電気ポット配っていやがる

:結構苦労して行ったんですよ。学校説明会

2012-06-22 15:57:26 | Weblog
結構苦労していったんですよ。学校説明会、午前中は大雨だし、でもね。いった理由は期待感もありましたよ。だけど中学入学者14人と聞いたところで、なんだよ。もうダメじゃんと思いました。その中学部に先生は何人使っているんですか。教育の質を落とせないというのなら、2~3人の少ない先生では運営できないだろうし、笑い声を混ぜて説明しているけれど、もうバタバタ周りが倒れていく塾からしたら、何でここで笑い声なんだ、笑い事じゃないだろうと思う。他の学校ですけれど、同じような学校で『このままで行くと潰れちまいます(笑)』というのがあったねぇ何でおかしいのって聞きたい。改革改革って英語に力を入れるとか、奨学金生徒を増やすとか、入試は午前以外午後もやるとか、その日に合格発表するとか。生徒やその親に媚びているだけ。全然えっーそれはすごいというのがない。これも今日の学校ではないけれど
生徒が減った理由を3.11の地震で親が遠い学校に行かせなくなったなんてどこから分析したんだというのもあった。基礎力定着っていうけれどどうやってやるのさ。昨日なんか、平方根わからない生徒に同じ問題を6回もやらせたけれどね。また間違えたから、お前バカかって言ったら目が据わってきて怖かったけれど、コラァやれ、って何気ない顔してやらせた。彼らには説明じゃなくて体で覚えさせなくちゃならないんだよ。そこまでやっていますか。

問題の解決には

2012-06-20 16:41:44 | Weblog
台風が来ると聞いていた。しかも関東地方上陸は待ち合わせの夜8時だ。中止にしようと思っていたけれど、彼の性格だきっと来るなと思った。事実8時ちょうどにずぶぬれの彼はやってきた。うちの初期の講師だ。彼とだけはたまにあっている。年に1回くらいだけれども、というわけで事務所から遠くにも行けず初期には、よくいっていた近所の居酒屋に行った。楽しかった。彼は45歳になっていた。とにかく気があった。気があったから毎年2回も3回も合宿をしたり、テニスだけいったり、生徒もみんな和気藹々とほとんど全員が参加した。『楽しかった』と彼はいう
今思い出しても本当にボクも楽しかったと思う。午前2時までやっているその店がさすが浮足立っているから、土砂降りの中帰ることにした。手を握って再会を約束して別れた。
小田急線は動かないという。渋谷から田園都市線だ。あざみ野までは嵐の中電車は進んだ
二子玉川の鉄橋はさすがに強風で怖かった。
駅に降りたら、十分に気をつけてくださいと繰り返しアナウンスされていた。あざみ野でいきなり電車はストップした。風速30メートルを超えたため自動的に東急は停車いたしますということだった。30分のっていたけれど風が止むかは誰もわからない。駅を降りたらタクシーの大行列、傘をさしても、直ぐ折れてしまう。電車にそのまま乗っているかタクシーを待つか、その時傘をさすか,ささないかはいちいち全部自分で決める。人に聞いても駅員にくってかかっても解決しない。
家にタクシーで帰ったら午前2時だった。タクシーは4000円、自分で何でも解決だ。おカネも持っていなければ解決はしないと思った。