11月23日 読売新聞「編集手帳」
栃木県の日光東照宮は古来、
〈日光を見ないうちは結構と言うな〉とたたえられてきた。
語呂のよさからか、
この成句、
明治の訪日外国人にもウケたようである。
英国の女性旅行家、
イザベラ・バードは1878年(明治11年)、
日光に滞在し、
自分には〈「結構!」という言葉を使う資格がある〉と記す(『日本奥地紀行』)。
便もよくなり、
日光はニッポン観光の定番となる。
1885年秋に訪ねた仏海軍士官、
ピエール・ロチも、
自著『日本秋景』に成句を掲げている。
皮肉屋だった人だが、
荘厳な東照宮はもとより、
実は日光街道にも賛辞を惜しんでいない。
宇都宮から急ぐうちに日が暮れる。
金色の光に杉並木が照らされ、
〈太古の神殿での祭儀〉のよう。
さらに側道の苔(こけ)や落葉には幼少期の記憶がよみがえり、
〈一瞬、私は自分がフランスにいるような気がした〉という。
秋色に染まる人里の美しさは、
万国共通なのだろう。
さる都道府県ランキングで最近、
栃木県は魅力度最下位に沈んだ。
地元からすれば「結構!」どころではないが、
慕わしい風景に暮らす幸福度はむろん余所(よそ)と比べるものでもない。