11月6日 読売新聞「編集手帳」
<ラストページまで駆け抜けて>。
今年の読書週間の標語を見たとき、
海外文学の翻訳などを手がける頭木弘樹さんの体験談を思い出した。
ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』は最初、
くどくどした文章でとても読めないとすぐに挫折した。
だが難病にかかって入院し、
再び手に取ると、
なぜかすらすらとラストページまで駆け抜けることができた。
頭木さんは驚いたと語る。
「登場人物の悩みが響き合う物語が、
病気になってくどくど悩む人間にしっくりきたのだと思います」。
その後もっと驚くことが病室で起こる。
隣の人に貸すと、
初めは苦しそうにしていたものの翌日には夢中になっていた。
それを機に一冊の本が6人部屋の他の患者の手に次々に渡り、
ついにはみなで『罪と罰』などのドストエフスキー作品を読みふける病室になったという。
「本を貸してもらって本当に助かった」と退院後に手紙をくれた人もいる。
以前お会いしたとき、
これと決まった肩書のなかった頭木さんが最近の著書に「文学紹介者」としるすのに気づいた。
ほとんど聞かない職業だけれど、
凜とした思いが伝わってくる。