先日、ヤフオクを見回りしておりましたら、中古の書筆が目に留まりました。もはや書道に使う筆は一生分持っているのですが、それはそれ、書きやすく求めやすく、書くと上手に見える筆は、そう容易く見つかりません。それに、ワタシが書道をこれから続けていれば、若い人や知り合いで書を始める方がいないとも限りません。求めに応じて差し上げる、断捨離でヤフオクに出品するという手もあるので、良質な筆なら何本あっても邪魔にはなりません。
その筆は、かなり大きな長鋒筆と条幅用の大筆でした。掲載された写真では、通常みられる軸(筆管)に商品名や毛の種類を示すものは見当たりません。これは、実際に製筆している店で売られる筆の特徴です。奥の部屋で職人が筆を作り、それをそのまま店頭に並べたり、時には特注で製筆を注文した場合には、わざわざ筆の銘を入れる必要がありません。毛の種類なども、専門の筆屋さんに来るような書道に詳しい客ならば一目でわかりますね。
小さい方の筆には「青雲堂謹製」と18千円の価格ラベルが張られていて、茶色い毛鼬筆と思えるので、恐らく愛知県の名産「豊橋筆」であろうと思いました。軸は通常の鼬の大筆より5㎝ほど長く、節の無い支那竹 (斑竹)、ダルマ(穂先をまとめて軸と繋ぐ部分)は白水牛角と見ました。穂先の長さは5、6㎝で、現在、短毛動物の鼬毛でこの長さは入手困難です。つまり、希少で高価な長毛のコリンスキー種の鼬か、まだ書道人口が多く、鼬のニーズが高かった昭和の前半時代までの鼬から選りすぐらないとこれだけの長さは揃いません。
さらに、消費税など税の表示が無いことから、ざっと40年位前のものではないかと推理いたしました。
もう一本はワタシのコレクションの中では2,3番目に長い穂先10㎝はあろうかという長々鋒筆です。これも軸に銘は無く、筆下げの下に数字や記号の印字されたラベルが張られていますが読み取り不能、価格は書かれておりません。軸は木製のようで、非常に長いものです。これは、全紙などの大きな紙に、筆の上部を持って大書する書道家が好んで使う筆で「専門家用」といって差し支えありません。
毛の種類は明らかな山羊(羊毛)筆です。これだけの大筆、長い穂先だとさすがに最高級の細嫩頂光鋒 (さいどんちょうこう)鋒である可能性は低く、 細嫩光鋒か細光鋒 ではなかろうかと思います。大きさから言って通常、新品なら最低でも3万円、ものによっては8万円位かも知れません。ワタシがお気に入りの「筆庵」では、このくらいの大きさの細嫩光鋒なら軽く10万円!
それが、即決価格4200円、しかも送料無料であったのです。これは頂きだな。定価で買えば税込み10万円内外の筆ですから、9割引き以下で買えるのですから。
そして、本日めでたく届きました。想像していたより更に大きく、上質な古筆でした。鼬筆は毛の量が多く条幅用1行2行に使えそうです。しかし、残念なことが一つ、それは穂の手入れが悪いということです。漢字などを書く大中筆は、基本的に根元まで全部おろして墨をたっぷり含ませます。幾度も書いているうちにその洗い残しの墨が少しずつ根元に残っていくのです。これを墨溜まりといいます。するとある時から急に筆割れがおきます。
筆にたっぷり墨が付いている時はいいのですが、何字か書いて墨の量が減ってくると穂先が割れてまとまらなくなるのです。これが進むと墨池に筆を入れて墨を含ませ先を揃えようとしても筆に縦に割れが生じるようになります。気の短い人はイライラして投げ捨てるような気分になります。
筆割れは、長年使って毛自体が摩耗した時にもおきますが、ほとんどは墨溜まりが原因なのです。そうした筆は洗ってみると直ぐにわかります。一つは触ると、洗った後指でつかむと筆の根元が硬いこと、もう一つは、水をふき取った後毛先がまとまらず立錐形にならない、ダルマの太さより明らかに膨らんでいる状態になります。
届いた鼬筆は、一応洗浄して毛先をまとめてはいましたが根元が固まり明らかに墨溜まりを起こしていました。ワタシは筆を洗う時、ぬるま湯にシャンプーを使います。幾度もシャンプーをつけ根元までしっかり墨が落ちるようにしごいたり根元を中心に指先で力を込めて回し洗いします。この筆は4,5回繰り返してもシャンプーの泡が真っ黒になり根元のしこりがなかなか取れませんでした。
次なる手は、口で吸う、のです。シャンプーを洗い流した後、筆の根元に口をつけ強く吸い込みます。水で流した後もこうすると黒い墨水が口に残るのです。更に、やや禁じ手ではありますが「やや熱いお湯」に浸します。2,30分経って冷めたら、もう一度シャンプーするのです。筆を調製するときに、ダルマの中の毛は束ねられて「膠」で固めます。これは熱に弱いので溶けだしてくるのです。しかし、固まった墨が蓋をしているので、これをほぐすのに緊急手段をとるのです。こうして奇麗になったらリンスをして陰干しいたします。
片方の羊毛筆は、毛自体が細く穂先数センチが色が抜け透明感のある飴色に近い灰白色でした。良質の細嫩光鋒は、細い繊細な毛で長年使いこむと艶のある透明に近い毛質に変わります。ある程度の汚れはありましたが根元までしつこく洗うには及びません。10㎝も出丈(穂先の長さ)がある筆は、細く柔らかいゆえに穂先のコントロールが上級者で無いと難しく、人によっては根元を縛って短くして書くくらいなのです。とにかく軸の長さからいっても、大作の作品用で普段使いするような筆では無いので、専門の書道家さんの持ち物ではないかと思えます。
古い筆が届くと元の持ち主の事を想像します。この筆を見ると、先生について書道を学び展示会くらいまでは出すようになった中級者かもしれません。作品作りには羊毛筆が好まれるので、この鼬筆は、筆が割れることから使わなくなったのかも。これほどの高価な羊毛筆は、もしかしたら自分で買ったのではなく、師匠や書道の先輩が亡くなって形見分けに貰ったのかもしれない、などと考えながら筆を洗って再生するのが楽しみなのです。
洗浄後はこんな感じ。ツヤ髪となりました。大きい方の羊毛筆はとても上質な毛を使っていて極細の毛が透明感があり光っています。山羊の毛の中でも最高クラスの細嫩光鋒で間違いありません。
キレイになっても鼬筆の根元にはまだ少ししこりがあります。一度書いてみて、また丁寧に洗うとしましょう。
今日は待ちに待った(コロナで1年中断していた)書道塾の再開なのです。