ささなみの 志賀の辛崎 幸くあれど
大宮人の 船待ちかねつ
ささなみの 志賀の大わだ 淀むとも
昔の人に またも逢はめやも
大津宮陥落の後 十数年が過ぎ
持統天皇の御代
父 天智天皇の供養にと 近江への行幸
近江の湖畔
たたずむ 柿本人麻呂
口をついて 言葉がほとばしる
玉襷 畝火の山の 橿原の 日知の御代ゆ 生れましし 神のことごと
樛の木の いやつぎつぎに 天の下 知らしめししを
《畝傍の山の 橿原の 神武の御代を 始めとし
引き継ぎ来る 大君の 治め給いし 都やに》
天にみつ 大和をおきて あをによし 奈良山を越え
いかさまに 思ほしめせか
《何を思たか 大和捨て 奈良山越えて はるばると》
天離る 夷にはあれど 石走る 淡海の国の
楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ
《近江の国の 大津宮 都移しを したんやろ》
天皇の 神の命の 大宮は ここと聞けども 大殿は ここと言えども
春草の 繁く生ひたる 霞立ち 春日の霧れる ももしきの 大宮処 見れば悲しも
《それや言うのに その都 目当ての場所は 草繁り 大宮大殿 見当たらん
どこ行ったか 雲霞 悲しさ募る 大宮処》
―柿本人麻呂―(巻一・二九)
人麻呂の 故宮への 追慕は止まず
ささなみの 志賀の辛崎 幸くあれど 大宮人の 船待ちかねつ
《唐崎は そのまんまやが 待ってても 古都人も 船も来えへん》
―柿本人麻呂―(巻一・三〇)
ささなみの 志賀の大わだ 淀むとも 昔の人に またも逢はめやも
《詮無いな 淀水みたいに 留まって 昔の人に 逢おう思ても》
―柿本人麻呂―(巻一・三一)
高市黒人 かける言葉もない
思いは同じ 歌で和す
古の 人にわれあるや ささなみの 故き京を 見れば悲しき
《この古い 都見てたら 泣けてくる 古い時代の 人やないのに》
―高市黒人―(巻一・三二)
日が落ち 寂しさ募る湖辺
鳴く千鳥が 人麻呂の胸を 締め付ける
淡海の海 夕浪千鳥 汝が鳴けば 情もしのに 古思ほゆ
《おい千鳥 そんなに啼きな 啼くたんび 古都思うて 堪らんよって》
―柿本人麻呂―(巻三・二六六)
湖畔に落とす影ふたつ 比良おろしが寒い
<唐崎>へ
<淡海の海>へ
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