豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

虎に翼(その4)--毒饅頭事件と瀧川幸辰

2024年04月17日 | テレビ&ポップス
 
 NHK朝の連ドラ「虎に翼」の今週は、主人公たちが大学祭で模擬裁判を演じていた。
 取り上げた事件は、「毒饅頭殺人被告事件」とか銘うっていたが、実際に起きた女医による元婚約者毒殺未遂事件を下敷きにした事案である。
 この事件もどこかで読んだ記憶があったが、ネットで調べると、いくつか元ネタの事件を解説したページがあった。その記事のどれかで、この事件の弁護人が瀧川幸辰(たきがわ・こうしんと呼んでいるが、正しいのか)だったことを知った。
 ※小池新さんという人が書いた文春オンラインの記事だった。この記事を見るのは初めてだから、他のニュース源で知ったのだと思う。澤地久枝の書籍が参考文献に上がっているが、澤地の本を読んだことはない。佐木隆三の「殺人百科」にでも載っていたかもしれないが、手元にないので確認できない。
 この事件は、婚姻予約の不当破棄事件(実態は内縁関係の不当破棄事件)としての側面もあったようなので、そちらの関係で見たのかもしれない。

 ならば弁護人を務めた瀧川の著書の中でふれているかも知れないと思い、手元にある瀧川幸辰「刑法と社会」(河出書房、昭和14年)と、瀧川「刑法史の或る断層面」(政経書院、昭和8年)を見たが、毒饅頭事件(神戸チフス菌饅頭事件)に触れた記事は見当たらなかった。
 「刑法と社会」を斜め読みして、瀧川は大学卒業後に暫らく司法官試補を務めており、また(滝川事件で)大学教授を退職後は弁護士として「法服」を着ていたと書いてあるから、毒饅頭事件の弁護人もその頃に務めたのであろう。
   
   
 上の2枚の写真は、「刑法史の或る断層面」の扉の挿画で、ウィーンの美術館所蔵の「十字架刑への出発」と「山上の説教」だそうだ。穂積「判例百話」もそうだったが、昭和初期の法律書はどの本をとっても、革装ないし布クロース装で箱入りの立派な装丁で、昭和戦後期から平成、令和に至る現代の書籍よりも文化的な香りがある。

 瀧川の「刑法と社会」の中から、「虎に翼」(というか女子学生)にまつわる随想を。
 戦前から女性に聴講の機会を与えていたどこかの大学に瀧川が講師として出講した際に、毎朝授業開始時間に遅れて、しかも袴に革靴姿で靴音を鳴らしながら教室に入ってくる女学生を叱ったところ、その学生は「私は女ですもの」と口答えしたという。
 瀧川は、この大学が婦人に門戸を開いたのは婦人が優秀だからではなく、お慈悲からである、そこを勘違いしてはいけない、君たちの一挙手一投足は後から来る者たちに影響する、自省しなさいといった趣旨の小言を言った。そうしたところ、その聴講生はぷいと教室を出て行ったきり、それ以後は授業に出て来なくなったという(「婦人と希少性価値」237頁)。
 実は授業開始時間は午前8時からだったのだが、第1回目も2回目も瀧川が定時に教室に行っても学生は誰も来ていない、8時15分から開始することにしても出てこない、仕方なく最後には8時30分開始とするが、この時間には決して遅れないで出席するように指示したにもかかわらず、その次の回の授業開始時に起きた事件だった。
 瀧川は、婦人は教養を積まなければいけない、世間並みの読み物よりも低級な婦人雑誌しか理解できないようでは困るなど、けっこう当時の女性に対して辛辣な言葉も投げかけている。毒饅頭事件の被告人女医の弁護人を引き受けるほどには理解のある人物だったようだが、遅刻してきたこの女子学生の態度はよほど腹に据えかねたのだろう。
 1937年(昭和12年)に発表された随筆だが、その当時女性の聴講を認めていた関西の大学とは、いったいどこの大学だろう。

 ぼくも教師時代に、遅刻して教室に入ってくる学生には腹が立った。しかし教師だった父親から、「学生のやることにいちいち腹を立てていたら教師は務まらない」と言われていたので、心の平穏のために無視するように努めた。
 ただし、初回の授業の際のガイダンスで、「通学電車の中でおなかが痛くなって途中下車しなければならないこともあるだろう、絶対に遅刻するなとは言わないが、遅れて教室に入ってくるときは、ほかの受講生の迷惑にならないように静かに遠慮がちに入ってこい」と申し渡しておいた。
 どうせ遅刻する者の大部分は寝坊が原因だろうが、中にはやむを得ない遅刻もあるだろう。せっかく大学まで来ていながら遅刻したからといって教室に入れないのも気の毒だし、もったいない。一人でも多くの学生にぼくの話を聞いてもらいたいという気持ちもあった。
 今どきの学生はほぼ全員がスニーカーなので、瀧川さんのように遅刻学生の靴音が気になることはなかった。
 ある時、授業中に10人以上の学生が遅れてぞろぞろと入ってきたことがあった。これは電車の遅延でもあったのだろうと思い、遅れてきた学生の中にゼミ生がいたので、「電車が遅延したのか?」と聞くと、「デート!」と答えるではないか。「デート?」と聞き返すと、「デ・ン・ト」との返事。「デントってなんだ?」と聞きかえすと、「田園都市線」のことだと言う。学生たちの間では田園都市線を「デント」と呼んでいることをこの時初めて知った。 

 2024年4月17日 記

 ※なお、「刑法と社会」には「人権擁護と予審制度」という随想があった(33頁)。
 予審制度というのは、本来は糺問的な刑事裁判を改めて、予審判事の関与によって被告人の人権を保障するために設けられた制度であり、公訴提起の可否を判断することを目的とする手続きだったのだが、戦前日本の予審手続は、捜査を行なう検察官が主導権を握って、予審判事は検察官の行為にお墨付きを与え、公判の準備をするだけの手続きに堕してしまった。証拠閲覧など被告人に認められた人権保障も実際にはまったく機能していなかったので、廃止すべきか改善して存続すべきかが議論されていたという。瀧川は予審制度廃止論をとり、検察官に捜査の全責任を負わす方が望ましいと書いている。
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