豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

バラ色の雲--2020年12月31日

2020年12月31日 | あれこれ
 2020年最後の書き込み。
 何を書こうか迷ったけれど、午後3時に散歩に出かけた時の空の雲を書くことにした。
 夕日にはまだ少し早い日差しを浴びて、北の空に浮いた雲が少しバラ色に染まりかけていた。
 今年亡くなった筒美京平さんの「バラ色の雲」で今年の書き納めにしよう。

             

 今日の午前中に、NHKのBSプレミアム(地上波だったかも)で「筒美京平からの贈り物」という番組をやっていた。
 彼の曲の中でぼくが一番印象に残っているのは、ヴィレッジ・シンガーズが歌った「バラ色の雲」である。
 Googleで調べると、筒美京平作曲、橋本淳作詞、1967年8月1日の発売とある(日本コロムビア)。ぼくは17歳である。
 このシングル盤は持っているはずである。WEB上で見かけたジャケットにも見覚えがある。屋根裏を探したが見つからなかった。
 グループサウンズ時代のレコードがまとまって見つからない。どこかにしまい忘れているのだろう。

             

 この曲が発売された数年後、サラリーマン時代に知り合った女の子を好きになった。
 北海道の出身だった。「私は15まで、毎朝野良仕事を手伝ってから学校に行ってたんだよ」という彼女の言葉にやられた。
 ハーディーの「テス」を読んで、乳搾りの娘と結婚したいと思ったサマセット・モームと同じである。

 その彼女の思い出と、「雲が流れる 北国の空へ あなたが生まれた 北国の街」(ちょっと怪しい・・・)という歌が重なる。
 彼女も60過ぎ、今ごろどこで何をしているのだろうか。

     *     *     *

 今年も、よたよたの書き込みに時おりお付き合い下さった皆様に感謝します。
 良いお年をお迎えください。

 2020年12月31日 記


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森本和夫 『家庭無用論』

2020年12月28日 | 本と雑誌
 
 森本和夫『家庭無用論』(三一新書、1966年)を読んだ。
 かなり以前に古本屋で買ったまま放ったらかしだった本である。断捨離を免れた本のうちの1冊である。

                                 

 大熊信行『家庭論』(新樹社、1963年)を契機に巻き起こった「家庭論争」というのがあったらしい。
 この論争自体(とくに会田雄次、村松剛らの批判)は無意味だったとしながらも、大熊の「家庭論」に対してマルクス主義家族論の立場から批判を加えた本である。ちなみに、大熊によれば、家族を内側からみた場合を「家庭」と呼ぶそうだ。
 大熊の立論をスターリン主義として批判しながら、正統なマルクス主義の立場からは私有財産の死滅とともに「家庭も廃絶」するしかない(210頁)というのが著者の結論のようである。

 ぼくにはマルクス主義の立場からはどのような「家庭」論が正統なのかは分からないが、「家族」の存続を前提とした当時のソ連の家族政策、家族法改革をスターリニズムとして批判しながら、イスラエルのキブツに家族の将来の可能性を見出すなど(201頁)、時代の制約を免れていない。
 ソ連だけでなく社会主義国家がほぼ壊滅し、他方キブツも消滅してしまったが(消滅したのだろうか?)、他方で「家族」も「婚姻」もしっかりと生き延びている。将来的にも、婚姻制度や家族制度が廃絶に向かう兆しはまったくない。

 数少ない社会主義国となってしまったキューバで、老夫婦(パートナーかも?)が夕焼けの美しいハバナ港に夕涼みにやってきて、岸壁に腰を下ろして海を眺めている後ろ姿は、NHK「世界ふれあい街歩き」の中で私が一番印象に残っているシーンである。
 世界で1か所だけどこかへ行けるとしたら、ぼくはハバナに行きたい。時がゆったりと流れていた。
 どうやら、キューバでも家族の廃絶は起こっていないようである。
 マルクス主義者が期待したプロレタリアートは、ブルジョワ政府が用意した家族法に順応していて、子どもを家族から切り離して共同で養育すべきだと考える人は、いたとしてもきわめて少数だろう。

 森本のこの本のよいところは、マルクス、エンゲルスだけでなく、プラトン、モンテーニュから、ラートブルフ、ラッセルに至る諸々の思想家たちの家庭論、結婚論が要約的に引用されていることである。

                                   

 なかでも、バートランド・ラッセルの「結婚論」の引用が面白かったので、手元にあったB・ラッセル/江上照彦訳『結婚と道徳』(現代教養文庫、1955年)の該当箇所の前後も読んでみた。
 ラッセルは、結婚の意義は性的結合関係ではなく、子を産み育てるための共同事業であるとして(172頁)、結婚と性的結合とを分離する。そして妻が不義の子を産むことは夫に本能的緊張を強いることになるので避けるべきだが、避妊法を講じたうえでの姦通はもはや離婚の理由とするべきではない、姦通への強い衝動と結婚生活は両立可能であるという(177頁)。その結果、夫婦間の貞操義務はなくなるが、夫婦は互いに嫉妬をおさえる義務を負うことになるという(184頁)。
 結婚に過剰な条件をつけないで、結婚をもっと我慢できる制度にするべきだというのだが、ラッセルは本書の出版によってニューヨーク市立大学を解雇されたという。アメリカもまだそんな時代だったのだ。

               

 なお、それ以外の結婚論、家族論についても、森本和夫編『婚姻の原理』(現代思潮社、1977年改訂)という本に、主要部分の要約が載っている。
 ディドロの「ブーガンヴィル航海記補遺」から、フーリエ、トロツキー、ブルムなど、探さなくても読むことができそうで助かる。
 実は、これらの本を探しに、近所の図書館に行ったのだが、区立図書館は今日から1月5日だったかまで休館になってしまっていた(冒頭の写真)。

 2020年12月28日 記


 ※ マルクス主義的な「家庭の廃絶」は実現しなかったが、本書の扉にも書かれた太宰治の「家庭の幸福は諸悪の本(もと)」という箴言は意味深長である。日本で政治思想が深まらないのは、「敷島の大和の国に人二人ありとし思わば何をか嘆かん」という意識があるからだ、と誰だったかが指摘していたが、そういう意味では太宰のこの言葉に共感する。

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Merry X' mas!

2020年12月25日 | あれこれ
 
 メリー・クリスマス!

 大泉学園駅前のツリーです。

               
   
 ついでに、クリスマス・ケーキ。
 そんな名前のケーキがあるのかどうか分からないけれど、生クリームの上にサンタクローストナカイ、その他が飾られている。

 ところで、X' mas のアポストロフ( ’ )は何の省略形なのだろう?
 Xは“ cross ”と読むことができ、Christmasの“ Chris ”が“ X ”で代用され、末尾の“ t ”が省略されたのではないかというのが息子の意見。
 そういうことにしておこう。

 2020年12月25日 記

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目白通りの銀杏並木

2020年12月22日 | 東京を歩く
 12月21日(月)、右ひざの膝蓋骨骨折の抜釘手術から1か月後の外来。
 去年の12月31日に骨折してからほぼ1年、救急を経て今年1月4日に入院、6日に手術、18日(?)に退院。近所の病院でリハビリを受け、11月9日に抜釘手術、翌10日に退院、1週間おきの2度の外来を経て、この日晴れて最終回を迎えた。

 椎名町で降りて、徒歩で15分ほどの病院に向かう。
 最初の手術のあとは松葉杖を使いながら、病院や職場の往復はすべてタクシー。この道をよくぞ歩いて通えるまでに回復したと思う。
 目白通りは銀杏並木の落葉が始まっていて、通り沿いの商店街では、何件かの商店主がほうきで落ち葉をかき集めていた。冬の日ざしを浴びた銀杏並木はきれいだが、落ち葉は大変である。

                  

 診察を終え、執刀の医師に別れを告げ、帰りも徒歩で椎名町に出る。
 椎名町駅のエレベーターを登ったところに<トキワ荘ミュージアム>(?)の広告。
 前回の外来の時と同じ、「トキワ荘のアニキ 寺田ヒロオ展」をやっている。1月11日で終了とある。

                  

 寺田ヒロオは懐かしい名前である。「背番号0」(「野球少年」誌の連載で、ぼくの記憶では「背番号0物語」だったと思うが間違っていたようだ)や、「少年サンデー」連載の「スポーツマン金太郎」など、見に行きたい。
 宣伝文句には「寺田ヒロオは筆を折っていなかった」と書いてある。「野球親子」というタイトルにもそそられた。

               

 しかし、やっぱりコロナは恐い。病院通いだけでもけっこう冒険なのに、寄り道は気が引けるので、断念して帰宅することにした。

 2020年12月22日 記



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冬の朝の散歩道

2020年12月20日 | 東京を歩く

 春から夏にかけて、夕方の散歩を日課にしてきたが、寒くなってからは出発時間を少し早めた。それでも、日の落ちる時間が早くなり、寒さも増してきたので、午後3時出発でもきつくなってきた。

 そこで思いたって、ここ数日は午前中に出発したり、昼食後すぐに家を出たりしてみた。好天にも恵まれて、これがとても気持ちよい散歩になった。
 何でこんなことにもっと早く気がつかなかったのか。今年の3月末で定年退職となり、時間はあり余っている。何も夕方まで家にこもって本など読んでいる必要はなかったのだ。惰性は恐ろしい。

 午前中の青空は気持ちがいい。
 中学生の頃、2学期の後期試験の最終日が午前中で終わり、正午まえの西荻窪駅の周辺を歩きまわったときの快感である。
 禁断のウイークデーの昼下がりである。

               

 上の写真は、一昨日12月18日の午前10時すぎに、大泉学園の“ リヴィンOZ大泉 ”の屋上から眺めた西の方、駅前の3本のタワービルの彼方に富士山が望める。
 スマホの写真は望遠ができるのかどうか、できるとしてもやり方が分からないので、見えないかも。

               

 つぎは、昨日12月19日午後3時過ぎの大泉学園桜並木通りの風景。
 外出自粛要請で、週末の土曜日にもかかわらず、車は少ない。 
 秋の夕焼け空もいいが、冬の、夕暮れ少し前の時間の雲もいい。

               

 ついでに、今の時期かと思われるレコード・アルバムのジャケット。いかに1970年代のアメリカの田舎といっても、馬は「やらせ」ではないか。
 表面には“ Golden Oldies ”とあって、裏面には“ 懐かしのポピュラー・ヒットソング ”とある。日本コロムビア、1976年5月。解説は関光夫さん。
 A面はパット・ブーンの「アイル・ビー・ホーム」で始まり、デビー・レイノルズの「ターミー」などが、B面にはビリー・ヴォーンの「峠の幌馬車」や「真珠貝の歌」などが入っている。

                 

 そして、きょう12月20日も昼前に散歩に出かけた。
 冒頭の写真は大泉学園駅ビル(「エミオ」?)の屋上から眺めた富士山。これも見えるのか・・・。
 西向きの部屋は夏の西日が厳しそうだが、冬は日の当たる時間が長いし、暖かくて、富士山も見えるだろう。
 大泉学園駅前にそびえるタワーマンションを見上げた写真もそえておこう。

 2020年12月20日 記
 

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レコードを聴いている

2020年12月17日 | あれこれ
 
 久しぶりのレコードプレーヤーで、レコードを聴きながら本を読んでいる。
 内蔵スピーカーの音質はいまひとつだが、長年パソコンのスピーカーでYouTubeから聞こえる音楽を聴くことに慣れてしまったので、それほど不満はない。
 むしろ、レコードでは片面が20分から長くても30分で終わってしまうので、そのたびにレコードを裏返さなければならないことに煩わしさを感じてしまう。CDなら60分くらいは持つのに慣れてしまっていた。リモコンもほしいところだが、何十年かの間に人(ぼく)は横着になってしまったようだ。

 回っているレコードの盤面の溝に上手く針を落とせた時の快感(?)を楽しむくらいの余裕を持たなくては・・・、と反省する。
 何といっても、レコードにはジャケットがあり、歌詞カードがあり、解説があるのがいい。下の写真はスリー・サンズのアルバムに入っている解説のページ。彼らの生い立ちや、曲の解説が入っている。

             

 今日聞いた中で一番懐かしい感じがしたのはスリー・サンズのアルバム。
 三人兄弟(実は一人は従弟だとか)の楽器は何なのだろうか。一人が奏でるアコーディオン(!)がいい。「ジェルソミーナ」や「ハイヌーン」だとか「第三の男」などがいかにもスリー・サンズらしくスローテンポで演奏される。

                 

 「思い出のアメリカ・ヨーロッパ映画音楽ベスト20」とか何とかいうアルバムに入っている「会議は踊る」は叔父の思い出とともにある。
 この曲を聴いた叔父が、「会議は踊る」はドイツ語の勉強と称して見に行ったと言って、「たった一度の」(Das Gibt's Nur Einmal)を懐かしんでいた。ヒロイン役のリリアン・ハーベイ本人が歌っていたのだったかどうだったか・・・。

              

 フランク・プールセルやポール・モーリアは、その後あちらこちらで聴きつづけたので、懐かしさに欠ける。
 ベルト・ケンプフェルトのアルバムも出てきたが、残念ながら「真夜中のブルース」が入っていなかった。あのトランペットにお椀のような蓋をかぶせて吹くイントロが懐かしいのだが。
 なぜか、子どもの頃に住んでいた世田谷の玉電山下界隈の光景がよみがえってくるのである。

 2020年12月17日 記


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レコードプレーヤーを買った

2020年12月16日 | あれこれ
 
 レコード・プレーヤーを買った。

 学生時代に持っていたコンポのレコードプレーヤーはけっこう高かったのだが、20年以上放置したままになっていたのを、10年ほど前に久しぶりに聞こうとしたら、ターンテーブルが回らず、カバーを外してみると、ゴムは硬化し、ベルトにはほこりが付着して使い物にならなくなっていた。
 その後、息子からクリスマスプレゼントだったか還暦祝いだったかで、レコードをUSBやCDに保存できるというプレーヤーをプレゼントされ、しばらくそれを使った。ただし、レコードはプレーヤーで聞く方がずっと温かみがあるので、CDなどに落とさないで聞いていた。

 ところが、幼い孫たちが、レコードプレーヤーを大いに気に入ってしまい、毎回わが家にやって来るたびにレコードをかけたがる。仕方ないので、盤面にキズがあるレコードをおもちゃ代わりに使わせていたのだが、廻っているレコードの盤面を押さえる、アームを上げ下げする、時にはアームを強く押さえてザーザー音が出るのを楽しんでいるうちに、アームが壊れて使い物にならばくなってしまった。
 元々息子からの贈り物だし、将来DJになるかもしれない孫たちの才能の芽を摘んでもいけないと思い、あきらめて遊ぶにまかせていた結果である。

         

 その後レコードなしの生活が続いたが、最近また久しぶりにレコードを聴きたくなったので、プレーヤーを買うことにした。
 Amazonその他で調べたが、なかなか決断がつかなかった。高級品である必要はないのだが、わが家に結構残っている78回転のSP盤を聞くことができることが絶対条件である。
 78回転が使えるのは、ほとんどが(全部かも?)中国製で、レビュー評価を見ると、そのほとんどに☆一つの低評価が付けられている。やれ、届いた時から回らない、針が飛ぶ、回転数が一定しない、説明書の日本語が意味不明などなど・・・。

 数日間さんざん迷ったが、最後は78回転が聞けるものの中から、価格ドットコムで一番評価の高かった(売上げ数の多かった)IONのPremier LP というのにした(中国製)。SP盤用の替針つき(この替え針が3000円以上もした!)で約1万6000円。スピーカーは内蔵されているが、やや不安だったので別売りを買うか迷ったが、ひとまず実物を聞いてから検討することにした。
 注文から2日目の今日午前8時過ぎに到着した。Amazonの直送で、同社の配送は7:00~22:00の間に行うと書いてあった。
 発送元は鳥栖の住所だった。佐賀県から2日で来たのか!

 さっそく、物置からレコードを引っぱり出してきた。
 何を最初に聞くかは、既に決めてあった。
 パット・ブーンのクリスマス・レコードである。子どもの頃のクリスマスの記憶は、パット・ブーンかビング・クロスビーのホワイト・クリスマスとともにある。
 今年のクリスマスはどうなるか分からないが、できれば孫たちにも、数十年後のクリスマス・シーズンには、パット・ブーンとともに思い出してほしいという願いを込めて。

 説明書は簡潔だが正確な日本語で書かれている、針が飛ぶこともない。曲が終わればアームはきちんと元に戻る、内蔵スピーカーの音もそれほど悪くなかった。当面は別置のスピーカーの必要はなさそうである。
 ゆったりと揺れながら回るターンテーブル上のレコードから、気持ちよく針が音を拾っていく。やっぱりレコードはいい。

            

 エルビス・プレスリーのクリスマス・アルバムも聞いた。プレスリーっぽ過ぎる編曲もあるが、ホワイト・クリスマスなどはしっとりと歌っていて、なかなかいい。
 さらに、ビートルズの「ラブ・ソング」というアルバム、サイモンとガーファンクルのアルバム名もそのものずばり「Simon & Garfunkel」(彼らの「冬の散歩道」からレコードが懐かしくなったのである)、ハイファイセットの「ハイ・ファイ・ブレンド」を聞いた。
 松田聖子「赤いスイートピー」のドーナツ盤まで出てきた。ぼくは何歳まで松田聖子のファンだったのか。

                        

 イージー・リスニング系が多く、スリー・サンズ、ビリー・ヴォーンから、フランク・プールセル、ポール・モーリアなどを経由してリチャード・クレイダーマンあたりまで、ゆっくり聞くことにしよう。
 驚いたことに、ベイシティー・ローラーズのアルバムが2枚も出て来た。そんなに彼らのお気に入りだった記憶はないのだが。

 2020年12月16日 記

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今年最後の軽井沢(2020年12月11日)

2020年12月12日 | 軽井沢・千ヶ滝
 
 きのう、12月11日、朝起きると天気がいいので、軽井沢に行くことにした。
 GO-TOキャンペーンとやらで出歩き、食べ歩きを推奨している政府に責任を転嫁するつもりはない。自己責任で出かけたのである。
 関越道は渋滞こそなかったものの、結構混んでいたが、平日のため、上里SA、発地市場、峠のそば茶屋、プリンス・プラザいずれもすいていた。あえて言えば、ツルヤがやや混んでいたくらいか。

 朝8時半すぎに出発。
 上里でトイレ休憩。初冬の妙義山を左手に眺めながら走る。

            

 そして、下から見上げると恐ろしい吊り橋を渡る。

            

 11時前に碓氷軽井沢インターを出る。
 紅葉の時期は過ぎてしまって、枯れ木が多い。日陰になっている北側の路面は、凍っているのか(ブラックアウト?)黒く濡れている。

            

 まず、発地市場に向かう。
 東京でも野菜の価格は下がっていて、あまり発地に出かけるメリットはないらしいが。
 近所の農園で採れたばかりという新鮮そうで格安のイチゴを買う。

            

 ツルヤに立ち寄ってから、千ヶ滝に向かい窓を開けて風を通す。お隣さんは永住することにしたのか、クルマがとまっていた。
 昼食は追分そば茶屋で。寒かったら温かい天ぷらそばにするつもりだったが、日もさしていて暖かかったので、天せいろにする。

            

 帰路、プリンス・プラザに寄って、孫たちのクリスマス・プレゼントを買う。
 ここからは浅間山は見えないと思っていたが、離山越しにわずかに山頂と石尊山の稜線が見えていた。
 3時には出発。日が落ちる前に峠を下り終え、日がとっぷりと暮れた5時ちょっとすぎに帰京。

 2020年12月12日 記


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冬の散歩道

2020年12月08日 | 東京を歩く
 最近は日が暮れるのが早く、寒くもなってきたので、ルーティーンの「夕方」の散歩は3時には出発することにした。

 そして、昨日は、いくつかの散歩ルートのうち、石神井公園に向かうルートを歩いた。
 途中の区立の公園、名前は知らないというか、きちんと見ていないので忘れてしまった。練馬区の区立公園はどこも木か花の名前がついている。
 きのう、一番に目についたのは銀杏の黄葉だった。 
 黄葉を湛えて一本だけすっくと屹立している。

               

 中学校の国語の教科書に、
 金色の 小さき鳥の形して 銀杏散るなり 夕日の丘に
 という与謝野晶子の歌が載っていた。当時は暗記が得意だったので、額田王、大伴家持から斉藤茂吉、島木赤彦その他、けっこうたくさん覚えている。
 きのうの公園の銀杏は、まだ落葉は始まったばかりだった。

 タイトルは「冬の散歩道」としたが、ランチャーズのあの曲には、季節はまだ少し早い。
 サイモン&ガーファンクルにも「冬の散歩道」という曲があったような気もする・・・。サイモンとガーファンクルはまだレコードの時代で、プレーヤーが壊れたままなので、最近は聞いていない。
 --などと書いて心配になってGoogle で調べたら、「冬の散歩道」はサイモンとガーファンクルで、ランチャーズは「真冬の帰り道」だった。中学校の記憶はしっかりしているのに、高校、大学時代の思い出になると怪しくなる。

 冒頭の写真は、同じ公園の紅葉した楓(?)と黄葉した木(これも銀杏か?)と常緑樹のコントラスト。

 2020年12月8日 記


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“ 千ヶ滝通信 ”(2007年,2020年)

2020年12月06日 | 軽井沢・千ヶ滝
 ゆうべ車を運転していたら、警告灯がメーター計の下部に点灯した。
 クルマが衝突したイラストに“ OFF ”という黄色の表示が点灯したままで消えない。運転には支障がなかったので、そのまま帰宅し、きょうになって取扱説明書で調べた。
 警告灯一般について、エンジンを切っても消えない場合には販売店に連絡して下さいとしか書いてない。
 エンジンをかけてみると、昨夜の黄色い警告灯は消えていた。大丈夫なんだろうか・・・。

         

 ついでなのでダッシュボードの中を整理していると、古い『千ヶ滝通信』が出てきた。
 「千ヶ滝」に「せんがたき」とルビが振ってあり、“ 2007 Summer Information ”というサブタイトルがついている。発行は「軽井沢スケートセンター」と「軽井沢千ヶ滝温泉ホテル」が併記してある。
 裏面には、スケートセンターの中に入っていた“ 獅子 ”という中華料理屋の広告も載っている。確かにそんな名前の中華料理屋があった。西武ライオンズにちなんだ命名だろう。所沢の西武球場の中にも入っていた。
 軽井沢スケートセンターが廃業したのは、2009年の3月末だからその2年前のものである。

         
 
 現在の『千ヶ滝通信』40号(2020年10月)は西武プロパティーズの発行で、表紙の右肩に「Seibu Group--でかける人を、ほほえむ人へ。」、左肩には「軽井沢千ヶ滝別荘地--変わらない美しさ。豊かに刻む時。since 1918」と書いてある。
 紅葉した木々のアーチで覆われた表紙の道路は、千ヶ滝西区の風景ではないか。--と想像したが、よく見ると、表紙の脇に小さな白抜きの文字で「2018年に新からまつの森」で撮影したと書いてあった。

 きょう12月6日(日)の夕方、近所に散歩に出かけた。
 ベンチがないので、いつもは通り過ぎる公園に立ち寄ると、昨日の雨のせいもあってか、森林の香りが心地よく漂っていた。
 軽井沢の落葉松の林を思いながら、しばしの森林浴をすることができた。

 2020年12月6日 記

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クリスマス・ツリー,赤い月(2020年12月1~2日)

2020年12月02日 | あれこれ
 
 きのう12月1日。
 夕方散歩に出る。日が暮れるのが早いので、4時過ぎに出発。4時半過ぎにはもう薄暗くなってくる。
 商店街の店先には、ちらほらクリスマス・ツリーの飾りつけが始まっている。
 上の写真は、区民館の入り口に飾られたクリスマス・ツリーと電飾のついた雪だるまの人形。
 ほかの区民館にはこんな飾りはないが、子ども館(?)が付設されているからか。

              

 6時前に家の近くに戻ると、道路の正面、東側の地平線近くに赤い月が出ていた。
 満月は11月30日のはずだから、少し欠け始めているのだろうが、肉眼ではまん丸に見えた。とにかく赤さが異様だった。月が赤く見えるのはなぜなのか。

     *     *     *

 おととい11月30日には、BS放送560ch、AXNミステリーで午後6時から“ 蒼いけものたち ”というのを6話連続でやっていた。

             

 原作は横溝正史の「犬神家の一族」だというが、金田一耕助は登場しない異色作だった。
 主演はわが酒井和歌子さんで、相方がニッカ・セレクト(学生時代にコーラと混ぜてコークハイにして飲んだ安いウイスキー。まだあるのだろうか?)の中山仁なので、まるで東宝のホームドラマを見ているようだった。
 笑いカワセミのような声で笑う二人の老婆(千石規子と市川寿美礼)が耳障り、目障りで、横溝作品のおどろおどろした雰囲気は皆無。
 ミニスカート姿の酒井和歌子さんの若いころを6時間も見ることができたのだから、満足しよう。
    
     *     *     *

 さらに少し前の11月21日(土)は、手術した右ひざの抜釘手術の術後処置のため、椎名町の病院に行ってきた。
 西武線椎名町駅の階段わきに<トキワ荘マンガ・ミュージアム>の行先案内が出ていて、ショーウインドウ(<椎名町ギャラリー>と書いてあった)には、寺田ヒロオ展の案内が掲示してあった。

                       

               

 小学生だったぼくは、野球少年に連載の「背番号0物語」、少年サンデー(だった?)連載の「スポーツマン金太郎」の寺田ヒロオのファンだった。ぼくにとっては、手塚治虫よりも赤塚不二夫よりも懐かしい名前である。
 65歳以上の高齢者に対する不要不急の外出自粛要請が出ているコロナ禍では行くこともできないが、収まったらぜひ行きたい展覧会である。

 
 2020年12月2日 記


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