麻疹(はしか)流行で2週間の全学閉鎖になってしまったので、ゼミの代わりに、ゼミのテーマにも関係ある読書の雑感をひとつ・・。
岡田尊司『脳内汚染からの脱出』という本を読んだ。
最近、すぐにキレる子(大人も)や、面倒くさくなると簡単にリセットボタンを押すように他人を殺傷する子(大人も)のことを、“ゲーム脳”などという言葉を使って説明することがあるけれど、この本の著者(京都医療少年院の精神科医で横溝正史賞受賞の推理作家でもあるらしい)によると、もはやゲーム漬けによって生じる“ゲーム脳”は、薬物依存症、アルコール依存症、ギャンブル依存症などと同じく、“ゲーム依存症”という病気として医学界では認知されているそうだ。
例えば、ある戦闘シミュレーションゲームを50分間やった人の脳内のドーパミン(仕事を達成したときなどに人に快感を与える神経伝達物質)分泌量を測定すると、平常の約2.0倍になっていて、これはアンフェタミンという覚せい剤(1kgあたり0.2mg)を静脈注射したのとほぼ同程度の分泌になっているという。
さらに、ドーパミン分泌による快感はやがて耐性を獲得して、もっとたくさんの分泌がなければ快感を得られなくなり、最終的には禁断症状が発生し、ドーパミンの分泌を得るため常にゲームをやっていないとイライラするし、ゲーム以外のことに対してやる気が起こらなくなってしまうという状態に陥るというのだ。そして、このような状態に陥った人は、攻撃性が高まる反面、他人に対する共感性がなくなってしまう。だからカッとなると、親や兄弟でも殺してしまうことができる・・。
それではどうしたら、子どもを“ゲーム依存症”から守ることができるのか?
著者によれば、いったん“ゲーム依存症”に陥った子を治療するのはきわめて困難で、ゲーム依存症にならないように予防することが最善の策だという。出発点は、まず乳幼児期から。最近のお母さんのなかには、自分はテレビやビデオを見たり、携帯でメールなどしながら赤ん坊に授乳させるのがいるらしいけど、授乳はクルマのガソリン給油とは違う。ちゃんと赤ん坊の目を見つめ、赤ちゃんと会話しながら授乳しなければ子どものコミュニケーション能力は芽ばえない。
そして、子どもが乳幼児期の間は、可能な限り子どもをテレビやビデオにさらさない。家事が忙しいときなど、ついついテレビを見せておいて子守り代わりにしてしまうことがあるけれど、テレビ画面のような一方的コミュニケーション(子どもの側から話しかけてもテレビ画面は応えてくれない)は、子どもの発達にとって有害である。
そして、ゲーム機も可能な限り低年齢期には与えないこと。著者は小学4年生までは与えないこと、そしてソフトの内容も親が確認して、暴力的、攻撃的なものは与えないことなどを提案している。買い与えた後も、遊ぶ時間を制限すること、夕食後はやらせない(ドーパミンの分泌は人を覚醒させ、睡眠障害の原因になる)、1日30分毎日やるよりは、土曜日に2時間だけというように制限すること(もともとゲームというのはお正月や誕生日といった“ハレ”のときにだけ行う行事だったのであり、ゲームを毎日やるというのは、大人が毎日祭り酒を飲むようなものだという)、宿題をやったらとか塾に行ったらなど、勉強した報酬としてゲームで遊ぶことを許すという条件づけは絶対にやってはいけない。
そもそも人は勉強をして問題が解けたときにドーパミンが分泌されて快感を得られ、それが動機づけになってさらに勉強をするようにできているのに、このような条件がつくと、人はより大きな快感を得られるゲームをする目的で勉強することになり、本来なら得られたはずの勉強による快感を得られなくなってしまうという。
それでも、すでに“ゲーム依存症”になってしまった人の背景・性格別の(多動注意障害傾向の子、アスペルガー症候群の子etc.)治療は、基本的に、専門家の関与なしには、かつ本人自身の「このままではいけない、変わらなければいけない」という自覚なしには不可能である。そして“完治”ということは残念ながら不可能のようだ。
そのほか、一般教養「法学」の講義で話したことのある「もし法律がなかったら人は他人を殺すだろうか?」に対する恐い解答を示すエピソード(“殺人タブーの解除”!)なども出てくるし(107頁以下)、子の引渡し訴訟をめぐってゼミで話し合った「母親優先の原則」(母性神話?)の面からも興味深い内容だと思う。
君たちの子どもがまっとうに育つなら、998円は高くないと思う。
* 多少ぼくの主観の混ざった紹介です。
(写真は、岡田尊司著『脳内汚染からの脱出』[文春新書、998円]2007年5月20日刊、の表紙カバー。)