ビールを飲みながら考えてみた…

日常の中でふっと感じたことを、テーマもなく、つれづれなるままに断片を切り取っていく作業です。

IPサイマルラジオ配信(インターネットサイマル)が開いたパンドラの箱

2010年02月14日 | ネットビジネス
ついに「電波利権」の一角が崩れようとしている。著作権だ、放送法だと何かとネットでの利用に制約をかけ、あるいは優越的な地位にあった放送業界がついにその「建前」を崩そうとしている。もちろん彼らなりの計算があってのことではあろうが、それは「放送業界」のもつ既得権益の根底を崩しかねない。さて、パンドラの箱は開かれるのであろうか。

大手民放ラジオ13社、ネット同時放送解禁へ:日経ビジネスオンライン

首都圏と大阪のAM、FM、短波の大手民放ラジオ局13社が、3月中旬より、地上ラジオ放送をインターネットでのサイマル配信(送信)することを決めたという。またそれに伴い、日本音楽著作権協会(JASRAC)や日本レコード協会といった権利団体とも合意を得たとのこと。 またこのインターネットサイマルの取り組みにはNHKは参加していないとのこと。

現状、インターネット上では地上波放送の再送信は許されていない。それはインターネットでの配信が「放送」の基準を満たしていないからだ。ここでは「放送」というもの3っの基準で見ておこう。

・放送免許が与えられたエリア内に対して行われるもの(「地域限定性」)
・一斉同報的に提供されるもの(「一斉同報性」)
・内容の選択権・編成権が利用者側にないもの

1つ目はわかりやすいだろう。利用できる電波帯域を都道府県単位で事業者に割り当てていたため、同じ系列局でも県単位で放送局が異なっている。原則論からいうと、このエリアを越えて放送することは禁じられている。しかしこれは「電波」という有限の資源を前提としていたからだ。インターネットの世界では通用しない。

2つ目は「放送」と「通信」の違いだ。放送は放送局側から不特定多数に対して一斉同報的に情報を提供する。それはそうだ。電波は空から全体に対して降ってくるのだから。これをネットの世界で実現しようとすると「マルチキャスト」という方式となる。これはネットワーク全体に対して送信し、その情報を受信するかどうかは利用者側に任せる、というもの。

これに対してネットの世界、通信の世界では一般的に「ユニキャスト」という方式が用いられている。これは利用者がサーバに対してリクエストをかけ、サーバはそれぞれの利用者に対して配信を行うというもの。「1:1」×nという形になる。このためユニキャストを用いた配信は「放送」ではないとされていた。

3つ目は2つ目と似ているのだが、「放送」ではあくまで局側が内容を編成するというもの。「笑っていいとも」をAM10:00に見たいからといっても放送はされていない。あくまで内容や番組の選択は放送局側にあるのだ。これに対して、いつでも見たい時に見れるオンデマンド型のものは「通信」という扱いになる。「NHKオンデマンド」などは放送局が作ったコンテンツだとはいえ、放送法や著作権法上は「通信」の扱いとなる。

こうしたこともあって、実験的に提供されていたIPラジオ「RADIKO」では、光回線を利用しつつも、大阪府内に利用者を限定し、「IPv6マルチキャスト」方式でのサイマル放送を行っていた。PCで地上波ラジオが聴けたからといっても、あくまで「放送」であることにこだわったのだ。

しかしこの記事を読む限り、今回の取り組みはこの「放送」という枠を超えようとしている。

IPアドレスを利用して「地域限定性」を担保するようだけれど、方式としてはおそらく「ユニキャスト」になるだろう。これはこれまでであれば「放送」とは認められないものだ。そして「放送」ではないとすると、本来、番組の出演者や権利者、JASRACなどへの対応(や対価)も変わってくる。このコストが合わなかったからこそ、これまでネット向けの再送信が進まなかったのだ。

しかしこれらの議論はいずれもユーザー無視のものだろう。これだけインターネットで世界中のコンテンツや情報が楽しめるのに、業界の掟をネットの世界に持ち込まれても困る。そしてその「業界の掟」のおかしさは、次のような問題を顕在化させるだろう。

1)何故、日本のどこでも聴くことができないのか(「地域限定」が必要なのか)
2)何故、テレビでは出来ないのか
3)何故、放送局しか許されないのか

合わせてもう1つ。

4)何故、IPv6時代にマルチキャストではないのか


今回の取り組みが、一方でこれまでの「放送」の枠組みを超えるにも関わらず、片方で「地域限定性」を維持しようとしている。これはあくまで自分たちが「放送」という既得権益を守りたい、「業界」を維持したいということに他ならないだろう。

実際、J-WAVEなどは、「通信」として提供しているネットラジオ「Brandnew-J」内で「放送」と同じ番組を同時に提供している。J-WAVEの放送免許エリアは東京都内、しかしBrandnew-Jはエリアフリーだ。つまりやろうと思えばやれるのだ。

しかし系列を抱えている放送局にとっては「地域限定」を維持しないと系列局からの反発を抑えられない。また広告代理店にしても各地に放送局が分かれているからこそ、より多くの出稿料をとることができたのに、1局で全国をカバーできるとなると売れる「枠」が限られてしまう。

利用者からすれば、東京でFM802が聴きたい、金沢でInterFMが聴きたいということになるのだろうが、そうしたことは「村の掟」が許さないのだ。

それでも自宅のPCでラジオが聴けるというのは一歩前進だ。では同じように、テレビも再送信されるのだろうか。答えはNoだろう。先のRADIKOと同様、IPv6マルチキャストを利用して「ひかりTV」では地上波テレビの再送信は行われている。しかしこれはあくまでSTBに対して。テレビ業界というのは、ラジオ以上に「村の掟」を守りたがるのだ。

しかしこれはおかしいだろう。同じ「放送」でありながら「ラジオ」はよくて「テレビ」がNGというのは成り立たない。B-CASのような技術面での条件が付与されるというのなら分かるが、「テレビ」だからダメというのでは理由にならない。いずれこのことは問われることになるのだろう。

3つ目については、ちょっと補足が必要だろう。

一般に「ネットラジオ」といった時、2種類の放送パターンがある。1つは定期的に更新されつつもコンテンツ自体はオンデマンド型のストリーミング配信として提供されるもの。つまりユーザーは「聴きたい時に」聴くことができる。こちらは「ネットラジオ」とはいいつつも、あくまでも「通信」だ。

それに対して「Brandnew-J」のように決まった時間に決まった番組を配信するという形がある。これは「ライブ型ストリーミング配信」とよばれているのだけれど、要は「放送」と同じで、編成権は完全に配信側にある。

にも関わらず、権利処理的には「放送」とは扱われていない。この権利処理に関わるコストが「通信」と「放送」では異なるのだ。

今回のインターネットサイマルの取り組みは、技術的には放送局でなくともできることばかりだ。例えばレコード会社のようなコンテンツホルダーが、あるいは僕らがライブ型ストリーミング配信でネットラジオを提供しようとした場合、「放送」として処理できるのか。このあたりについても問われることになるだろう。

4つ目について、何故、今回、ラジオ局と電通は「放送」という言い訳のできる「マルチキャスト」を捨てたのだろうか。

もちろん広告費の落ち込みがテレビなどと比べて厳しく、「待ったなし」の状況だったからというのが答えだろうが、かたや光回線の普及も進んでおり、インターネット自体のIPv6への移行も今年から来年にかけて進みだそうとしている。

そもそもIPラジオ「RADIKO」でNTT西日本が協力していたのもこうした状況を反映してのものだろう。

しかし彼らはそれを選択しなかった。

そこにはNTT以外の回線に対して提供できないといった問題もあっただろうが、もう1つ、NTT側の「村の掟」が存在したのだろう。

インターネットがIPv6に移行しようとしているにも関わらず、そのIPv6アドレスを利用してそのままマルチキャストを通すことができない。現状、マルチキャストを利用するためには、あくまでフレッツ網・NGN網の付加サービスに申し込む必要がある。そしてそのフレッツ網・NGN網自体も、NTT東西でバラバラでそれぞれに配信サーバが必要になったり、追加料金が必要になったりする。割りに合わないのだ。

本来、マルチキャストはIPv6の売りになるはずのもの。仮にIPv6へのスムーズな移行が国家的な課題なのであれば、こうしたNTTという「村の掟」に縛られず、何をオープンにし利便性を高めていくか、どうすることがネットの活用に繋がるのかを整理する必要があるのだろう。

いずれにしろ、今回のラジオ局のインターネットサイマル配信はこれまでの「村の掟」のもつ矛盾を明らかにしていくだろう。パンドラの箱は開かれるのだ。


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