万能鑑定士Qの謎解き (角川文庫) | |
クリエーター情報なし | |
KADOKAWA/角川書店 |
・松岡圭祐
あらゆるものの真贋を鑑定する、若き美女鑑定士凜田莉子が活躍する「万能鑑定士Q」シリーズの角川版としては最終巻となる本書。この後、発表媒体が講談社文庫に移り「探偵の探偵」の主人公である紗崎玲奈とのコラボ作品「探偵の鑑定」に続き、「万能鑑定士Qの最終巻 ムンクの〈叫び〉」で完結となっている。
読み終わるのが惜しかったのか、なぜかこの巻だけぽつりと本棚の中に積んであったが、これでこのシリーズを全て読んだことになる。(ただし、レビューしそびれているものとしては「短編集Ⅱ」があるが)
この巻でのテーマは、日中での文化財の帰属問題と、中国におけるコピー製品。日中で帰属を争っている弥勒菩薩像と瓢房三彩唐。どちらで作られたものかを洋上で鑑定することになったのだが、弥勒菩薩像は奪われ、莉子も参加していた瓢房三彩唐は、平和裏に日本側に渡されたはずが、いつの間にか強奪されたことになっていた。もちろんこれには大きなトリックがあるのだが、これを解明することに、中国でのコピー製品問題、そしてスポーツ選手の養成に関する問題を絡めた、なかなかスケールの大きなエンターテインメント作品となっている。
このシリーズ、エンターテインメント作品として読めば確かに面白いのだが、最近の作品を読んでいると、どうも作者はあまり科学技術には詳しくないようなところが垣間見える。このあたりのツッコミがネットでもほとんど見られないので、いったいこの国の科学教育はどうなっているんだと思ってしまうのだが、最近はすっかり割り切ってしまい、松岡氏の作品は、パズルを主体にしたエンターテインメント小説で、理系の素養のある人に対しては豊富なツッコミどころも提供してくれるものとして楽しんでいる。このツッコミどころを提供してくれるのも、もしかすると松岡氏の作戦なのだろうか。「面白い」。「面白くない」の二分法でいけば、たしかに「面白い」からである。
それでもいくつかツッコミを入れてみよう。まず「次世代ガソリン」として「グローグンZ」なるものが出てくる。この物質、なんと「燃費が従来の無鉛ガソリンの30分の1で、二酸化炭素もほとんど排出せず、不完全燃焼でも一酸化炭素を発生しない。毒性も生じない。」という優れものだ。本当にこんなものができたらいいなとは思うのだが、まず二酸化炭素も一酸化炭素も出ないということは、もともと炭素が含まれていないということだろう。ガソリンも含む石油類や天然ガスは、炭素と水素でできているので、結局純水素だということになってしまう。しかし、水素エンジンだって燃費が30分の1というのは無理だ。おまけに水素は常温では気体だが、この「グローグンZ」なるものは、液体である。いったいどんな物質をイメージしているのだろう。
そして、この「グローグンZ」の監視を逃れて、盗み出す方法である。8つの容器にそれぞれ3リットルずつ入っており、監視は5分おきに3つの容器の合計が9リットルであることをセンサーにより確認しているというのだ。これをコピー製品を作っている組織が盗み出すのだが、最後に証拠を残さないように爆発を起こさせる手順がある。果たしてセンサーによる監視をかいくぐって、「グローグンZ」を盗み出し、爆発を起こすことが出来るのかというものだが、これなどは、科学の問題というよりは完全にパズルだ。そんなに大事なものを常時監視でなく、5分ごとに3つずつチェックするようなことは普通はありえないし、1つの容器の中身ではなく、3つの容器の合計量でチェックするということも考えられない。
笑ったのは、コピー商品の商標として、「SQNY」だとか「HATACHI」なんてのが出てきたこと。笑い話のように思えるかもしれないが、この関係の講演会を何度か聞いたことがあるので、「あるある」なんて思ってしまった。おそらくこの関係の仕事をされている方も同じ感覚だろう。
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※初出は「風竜胆の書評」です。