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萌えてばかりもいられない!

そんなに色々なことにやたらと深い造詣などいだけないから適当に綴っていこうかしらん

資格を総点検してみよう

2020-12-13 17:21:39 | キャリアデザイン
出かけることがほぼない。
近所をちょっと物色する程度だ。
何という勿体ない日曜日だろう。

朝から決断するものを減らす。
そうすると大きな決断力が残る・持続するというノウハウを最近読んで何か出来ることはないか?と頭を巡らす。そうじゃなくて減らすのだから難しい。
ボーっとしてるのが一番だと思うがそうもいかない。

午後に近隣の本屋ヘ。
ゴルフやミニベロ、ソロキャンプと見た後に、カブ125というバイクの雑誌を手に取る。ほーバイク。
中免は持っているので小型も乗れる。
そうか何か資格を持ってなかったか?と考えたら普通免許があるか。
フードトラック運転出来るんじゃない?
そういえば会社にいた人が、以前一週間の休みに釣り道具を乗せて、夜釣りしながら港を回ったって話があったけど、あれ面白そうだった。
フードトラックの本を探すけどそんな本は置いてない。
Amazonに移動販売の本を見つけた。
毎日同じ場所に出さなくてもいいのであれば。
何か出来ないか?
いやスーパーの前の焼き鳥屋さんをやるつもりはないが、ホットサンドなら出来るのでは?
パン、食材、チーズ。アルミホイルで包んで売る。
あぁ映画のCHEFだ。
全国で売り歩いてみたら、どうだろう?
そんなに売れないかな?
キッチンカーを購入して、冷蔵庫、保冷庫は必須だ。
食品衛生責任者資格とかいるのか?
美味しいチーズ、美味しいパンを探しながら旅するのも面白いかもしれない。
幟、黒板の看板、ガスコンロ。
どんな車なんだあれ?
どういう届け出が必要なんだろう。
旅しながらってのは現実的なのか?
納税地は居住地になるのか?旅先毎とか不可能だぞ。
色々考えてみましょうかね。寝れるキッチンカーがあるといいのか。キャンピングカーじゃない。
車でWiFiとか必要だな。食事はホットサンドのみだな。
おぉ想像だけどちょっとだけ夢が広がる。


だけど、現実的に稼げるのかが未知数すぎる。
この先何歳まで生きるのか分からないが、高齢化社会が現実的になってきてて、ある年齢までは一定の収入をどうにかして稼ぐ必要がある。年金だけでしっかり生きれるか分からない時代がすぐそこに来ている。

初めは夢みたいなことでも考えることからだ。
あと健康に気をつけるですね。

ん?そのキッチンカーを貸し出すってのは?


ありそうだな。
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55歳からのリアル仕事ガイド

2020-12-06 18:05:17 | キャリアデザイン
日曜日、私の暮らしているマンションにはBSアンテナがないため、朝のBSテレビ東京でのゴルフ番組が見れない。
早起きの私は、もういつのだか分からないゴルフ侍をyoutubeで観ている。

フェアウェイウッド、しかも5Wが欲しいという長年の望みを叶えるべく、朝早くバスに乗って中古ゴルフショップに向かった。
試打ができるというので向かったのだが、目的のクラブがなく、それ以前のものを打っても球が上がらず、納得できずに購入を諦めた。

お昼ごはんを食べて、CMを飛ばしながら昨夜の逃亡者を観る。今晩の第2夜の回が楽しみなので、これから夕飯だが、一旦軽く睡眠を取って備える。早起きな分、遅くまで起きていられないのである。

切りよく1時50分から放送の早明戦を観る。
明治が圧倒的に圧が強くここまで全勝の早稲田を破って対抗戦優勝。
大学選手権までにまた立て直しを迫られる早稲田。スクラムやラインアウトが完全に封じられていた部分が修正点か。
今更変えられないような硬直した打開しない作戦ではこの先もない。オプションはどうしても必要だろう。

初めは明治のモールを止めたので状態がいいのかと思ったが、スクラムが上手く組めない、コラプシングを取られたあたりから修正が効かない状態だった。

失望感のなか、図書館から先週借りてきた「55歳からのリアル仕事ガイド」を眺めた。
自分に関係がありそうなものが少なく、眺めているだけでもかなり気が滅入った。
「定年に備えることを早く始めなければ」が最近の合言葉で、テレビ会議などで同年代の人と二人で会話になると自分のほしいものリストを見せながら、どのような本を読もうととしているかを話している。
地元の同級生とのリモート飲み会でも老後の話が出てくるなどがきっかけである。
皆さまも自分のキャリアとそれをどう活かした老後の仕事があるかを眺めてみるといい。
実は営業職などで、お客様の要望に沿うような活動をしてきているような人の方が次へのステップが存在するが、デスクワーク型の社内ネットワークにしか寄与してこなかった人は世間での応用力が低いことがこの本を読むとよく分かる。
世間に溢れている指標などはそれを扱ってきた先駆者が居り、自分の持っている技術の及ぶ範囲がたまに寄与する方面もあるかもだが、そうそう太刀打ちできないことが分かる。社内では通用しても。

それに対する対策だが、これはもう勉強する以外にない。
この半年、実はノートを止めて、コピー用紙を毎日課題の進捗の記録にして、スクラップしてきたのだが、それが1000枚以上。
この習慣を課題の解決にも応用していこうかと思う。ゼロ秒思考という本がネタ元。
初めはもう用済みの過去の履歴を処分しようかと思ったが、この半年の間に、突破する瞬間をそこかしこに記録していたのだから、これをまとめると集大成になるのである。ノートはそういう試行錯誤に向かないと気付いたが、課題をメモしておくだけならちょうどいい。試行錯誤はA4の紙をうまくデザインするなどして、対策の糸口を見つけてきた。
悔やまれるのはこれまでにも様々な局面があったと思うのだが、余程そういう思考を働かせる機会が少なかったのだろう。
ここにきて、ルーティンもやりつつだから大変だが、クリエイティブな感じの作業が多くなってきた。
やればすぐに次の課題が出てくる。人に発表する機会をスケジュールするとすぐにプレゼン。そういう機会を想定すると自問で必ず3問の問われたくない質問を考え、それに対する答えを考えるようにするのである。
そうすると発表が一つも怖くない。自分の解決策に対する取り組みの方針をすぐに立てる。そこを3回繰り返したものはある程度はしっかりしたものになっているはずだという状況だ。

55歳からのリアル仕事ガイドの方では、そういう仕事は出てこない。なので困ったのだ。僧侶や翻訳。私には、無縁である。

なので、キャリアをデザインする必要が出てくる。
できることではなくて、突破できる力を表現できるようにする。
60歳は現実的にどうなのかはよく知らないが、本当に老け込む年齢とは思えない。
ただ、繰り返すことはできても、新しいものに挑戦するのが怖くなるような年齢にはなっていたくないというのが芽生えた考え。

という思いを抱いて本屋に夫婦で出かけてきた。
まだまだ何かに挑戦できるような取り組みを徐々にでも考えていきたい。と思う今日この頃である。
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凡人のための地域再生入門

2020-11-23 13:07:27 | キャリアデザイン
地域の都市はもっと発展すべきだが、その前の中途半端な大都市集中と郊外拡散の只中。
東京やその周辺は歴史的なものを潰しながら、都市空間への発展が加速度を伴って発展しているのだろう。
中途半端な歴史ものは汚いのか、将来価値あるものになるかもだが、中途半端な状態はなかなか難しい状況もある。アーケードなんて最たるもので、一度作ってそのあとちゃんとメンテナンスや作り替えができないでいると、みすぼらしい街の景観になってしまう。思い当たる場所もあるのではないだろうか?

この都市集中のバランスが収束していき、そのうち地方への発散がまた始まりだすはずである。

暮らしてみなければ分からないと思うのだが、アメリカのオハイオの郊外ってちょうどいい田舎だった。
住んでいた場所は都市から十分に離れており、その先にある都市との中間に職場があり、住居はちょうど発展(といってもスカスカだが)が行き渡ったような場所で、お店もほどよくあり、便利な場所、職場よりも大都市に少しだけ寄った場所に日本人が固まっていた。
インド人、中国人も多く住み、学校では優秀な成績評価をそのアジア系に奪われてしまうため、白人はさらに田舎に引っ込んでしまう。
大家がまさにそういう場所に住んでいた。
駐在者家族ではなく、そこに暮らす人にとってはハイスクール(高等学校)までは義務教育のため、高校受験がなく、情緒豊かにスポーツやその他の活動に勤しんでいる。成績は大学進学には必要な彼らには移民者や大群な駐在家族は脅威なのだろう。学校はどんな場所にもスクールバスを走らせて生徒を送り迎えし、停車中のスクールバスを追い越したりするのは法律違反なので、住む場所にあまりとらわれることはない。彼らの気にするのはその居住空間の豊かさといい成績がとれる学校の学区かだけである。

金持ちはスーパーマーケットや都市中心部から十分に離れた場所で優雅に道路からの専用道路の奥に家を建てて、暮らしている。
その暮らしを守るためには、おそらく色々な苦労もあるのだろう。だが、駅からの距離やスーパーマーケット・学校との距離で物件の価値尺度を持っていないため、何が本当の贅沢なのかは傍目(はため)には分からないが、日本ほどの単純さではないことはよくわかった。ゴルフ場は整備される綺麗な庭と化し、その脇の邸宅はボールが飛び込んでくるかもしれないのに、高額な価格の場所だったりするのだ。歴史的なものがないとか、もともとの広大なフロンティア的な部分もあるため、住宅の開発やもう一つ先の輪の場所での都市形成が容易なのは、現時点では日本の狭い沿岸部のみに居住地が限られているのとも大きく違う。アメリカでは広大な農地をもつ場所と未開拓な場所が都市と都市の間にまだまだ広がったままなのである。各地を車で走った感想として、これはまだまだ移民を受け容れるべき場所だろうとは思ったものだ。

都市の中心部、まさに今日本で自分たちが暮らしている場所も同じようなものだが、ほぼ貧民層が肩を寄せ合って公共交通機関で通勤して暮らしている場所は敬遠され、高級な郊外の輪がどんどんとその外へと拡大していっている。

だが、ここ日本でも、港や駅を中心にした生活と都市の形成循環は、そのうち人口の減少と経済の別のバランス移行・圧力を伴って、また集散を繰り返していくものかと思う。贅沢の基準が変わったり、また別のニーズが出てきて盛り上がったりしていくだろう。経済や価格というものはそれをよく反映するので、うまくできているものである。気付かれてしまうと値段は騰がってしまうのだ。
バスの路線や鉄道路線にだけではない、生活路線が整備され始めることも考えられる。本当にたまの通勤だけが問題なら、都市部まで車で通勤してしまえ、そのために郊外に車の持てる場所を確保しちゃおうとなりそうである。

なので、将来はまだまだそういう部分が未開拓であり、土地の価格が未成熟な地方こそが理想になるはずと思っている。
今その発端が伝染病、感染予防でのテレワークで起きただけだと思う。
また、不幸なことではあるが、日本でよく起きる大地震は、それへの耐久性の追求発展とともに再生という形でのやり直しもおきる。

企業の成功のハードル(利益の創出)はその固定費の中の人件費とその人たちがくらす土地の価格(住居費)、事業所の家賃でまずは決まってしまうので、まずは地方出発で新発想を始められる方が成功しやすいと思える。その地方に企業移転が地崩れのように起き始めれば、その周辺からの通える場所がさらに奥に奥にと拡がっていくのである。

私の地元(小田原)では、衰退が今は佳境に差し掛かってきており、郊外のショッピングモール、郊外の大きな駐車場を持ったスーパーマーケットに発展していき、中心部のデパートだった施設は陰ってきて駅前の旧繁華街は、ちょっとスカスカな感じになってきた。
どこでも同じような郊外型のモールには希少性はないが、地方の都市部には別のニーズが、しかも各々の地方都市が別々の顔を持つように発展していくことが思い描けてきた。

ここに観光的なものという動きと定住による開拓の両面があったはずだが、自給自足+発信・発送って感じでいくべきか。観光はすっかり今は世の中の動きに翻弄されてしまっている。
テレビ東京とかTVKとか、もっと地方色が強いTV局が強くなる局面がこの後待っていそうだ。
ただ、労働環境でバランスを取れるかが地方都市の基盤だったりするので、その成立する場所であることも重要だ。
優秀な人材の確保という点があるかとも思うが、その出現率に偏りはないが、住みやすい・出会いが十分にあるという環境も若い時分には重要なことに挙がるだろう。子育てや優秀な私立校の存在なども必要かもしれない。教育も含めた住空間の充実は地方には求められることになるだろう。出会い・生活・子育て・教育・働き場所・遊び場所、これらを不足なく仕立て、そこの働き場所には地方ごとの特色で形と基盤を作るのである。
私には川越や所沢に暮らしたことも一つの基準になっている。あの場所にはちゃんとそういうサイクルが根付いており、絶対に各地方都市が古いものを叩き潰していた時期に、街並みが将来に価値を持つことを信じてきた特色を持っている。
小田原にはその部分が中途半端に歴史の街と近代化の町を作り上げてしまったかもしれない。

プログラムの開発に場所は選ばないが、薬品などにはきれいな水などが必要かもしれない。そこは意外といい感じかも。
何があるのかを再度認識することで特徴を出せないかを中心に置くようにすれば、あなたの街でも再生のきっかけを見つけることができないだろうか?そこに上手い具合の出会いが生まれるような場所やイベントがあるといい。

さぁ私のその再生や地方貢献の発想のきっかけはアメリカでの暮らしにあるのだが、その興味をAmazonに入力したらこの書籍がでてきた。物語風なので、その中から気になる箇所を集中して読むことをお勧めする。かなりのデフォルメがあるので、役所の仕事は全部が悪で採算性がなく、事業性も将来性も考えられていない、補助金で補うように作ったモデルはある意味土台がぐらぐらなビジネス、役人は融通が利かず、その周りのすり寄ったビジネスはいずれ失敗するダメな典型だという主張が底辺にはあるが、そこの判断は読んだみた上で判断してほしい。自治体にもいろいろな状況があるはずだ。足りない視点があればそれを反省して補い、機能が弱いのであれば補強をする仕組みを回せるかだ。
だが、衰退がはじまっている場所でも再生の術はあるということがこの本の主張である。
見直す、考える、悩まない、押し出す、閃いたら仲間を募る、共有する、分担する、今の状況にアレンジを施す。工夫ができないかを考える、何かと何かを結び付けなどにあたまをめぐらす、人の悩みと悩みを結び付けて対策を考えてみるとか?
行為を表す言葉をたくさん書き出し、そこから発想を膨らます。地域の再生には協力し合える仲間の存在がそれをもたらすのだろう。
実は、これアメリカ在住時代に、半民間組織の理事長を引き受けて、1年間理事会に集まった人たちとの交流で得た、得難い経験とも共通していて共感したかったのかもしれない。最後の責任は自分で取らざるを得ないという機会こそが得難い。制約はあるが、裁量の自由度はあったから、今の状況に合っていない規則を変えることもできるのである。最後は毎週のように合宿を行って、無駄なものを排除する基準と新たな資金獲得のための基盤・仕組みをみなで作り上げて、それを残して会を閉じた。

理想などがいつまでも一定しないことが分かったこの歳では、どうした状態が今のその状態よりもいい状態か、そのために何ができるかのアイデアだけは作り続けることはするべきなのだろう。頭を動かし続けていれば、同志は自然に集まってくる。名古屋や岐阜の方面に多いがその時の同志が最近帰国しているようだ。ちょっとまた当時のみんなに会いたいかも。

地域を別の言葉にして、同じような再生ができないか、地方の問題のようなことが他にも応用ができないかという考えでこういう本を読んでみたらいかがだろうか?今あなたが属している団体や他の機会にも何か天啓のようなものが生まれ、まだ何か自分の中にあるものに気付いたり、役立てることの着想が訪れるかもしれない。
発展を軸にした地方自治や破綻した地方財政の建て直し、そういう地方での商売、それらの発想には面白いものがまだまだ発見できるかもしれないと思う3連休の最終日である。
コメント

先ずこれでいいのでは? 英語はリスニングから!

2020-07-19 13:41:50 | キャリアデザイン
読むのは勉強したんだから、なんだかんだいってもまだ分かる。
我々は日本語では赤ちゃんの時に喋るもののなまえとかいいかたを口伝えで教わったのを英語ではかっ飛ばして、いきなり試験問題にしやすい文法とか熟語とかから始めてるのがやはり問題なのだ。
ネイティブに品詞を英語で言われて、なんじゃそりゃ、流暢っていうよりも早口に喋られてる感じがしてよく聞こえない。
嫌になるのも分かる。聞こえないのは苦痛でしかない。
なので、見ずに分かるレベルを増やすしかないと思った。
TEDという青年の主張みたいなのもいいんだろうが、日本語字幕で分かるのは避けたい。
なのでいいものはないかと探した。
究極の英語リスニングは1の一番初めだけは、この程度でいいのか?とか思うかもしれないが、全部が全部はまだ聞こえない。一部は分かるくらい。
たまに確認程度にscript英語の会話文を見ると、そう言ってたんだぁと気付く。
でまた聞く。これを繰り返す。

もう少しで全部頭から聞いて分かるくらいまで来そうだ。

皆様も英語再挑戦、いかがでしょうか?
コメント

English in English

2020-06-14 16:45:21 | キャリアデザイン
To learn English, it should be based in English.
But I bought many English study book in Japanese.
I talked about this with my son's school parent in US, he is Chinese but good talker in Japanese.
I met him at examine place for TOEIC. He said Japanese TOEIC books are very good in the world.
I was interested in his that sense.
He is true Chinese, he learned English with Japanese. Very funny.

I had some bad things about working US in poor my English skill.
Sometimes my colleagues might have many confusion for my unclear order.
I also was afraid if they go away from our company, if i have to take over their work in English.

But I thought too that they can do that, I will understand their way.
The result was remained. Many result were there, Starting, the cues, the proof should be there.
if not so, they also be unable to make the result.
the work is just the action. Examine, record it , input it to some spread worksheet. I imagine that would be more easy.
But I was afraid that all works are based in English.

My someone colleague talked me that hard situation would train you very much.

And now I should overcome this situation again.
If I received order to move overseas again, I would have no fear. It is my hope.
Finally that situation did not come to my place. It is very common situation.
For overcoming my poor skill, I try to learn English in English.
Perhaps I try to examine TOEIC, after that, I look over the result and examination in Japanese.
But I will make word memory card in English.
I will use dictionary in English to English.
I will read that foreign books for study, I will buy it as paperback style.

Sometimes I will entry alike English topics. When you read that, please understand my situation.

Thanks,

時にこんな記事を書いても自慢でもなんでもないので、誤解しないでください。単なる弱音吐きしてるだけですから。
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