注文服

　４０年近く前、注文服の値段は大卒初任給くらいとけっこう高いものだから普通の会社員は仕立て屋で服を作ることはなかった。だけど量販店が現れてからそれまで注文服を作ってた人もそこで買うかそこでオーダーしたようだ。というのも昔は街のあちこちにあった仕立て屋が皆廃業したからだ。何たって生地の仕入れ代よりもずっと安いんだから勝ち負けは最初から決まってるようなもんだ。

　以前、デパートで買ったコートを家で直した。ケチケチ生活してた学生の割に一丁前のコートを買っていた。しかもそれなりのデパートで。そのコートのボアを外した内部を見て驚いた。生地のほつれ止めは全くしてないのだ。服の中のことだから洗濯しても平気そうだけど実際はほつれた糸が流しにこぼした素麺状態だった。

　普段仕立て屋の仕事を見ていた俺は外は立派だけど中はなんていい加減なんだと呆れた。仕立て屋をしてた大叔父は毎日着るなら注文服にしろと言っていた。それだけしっかり作ってあると言いたかったようだけど、その時初めて理解出来た。ところで量販店の注文服ってどんなだろう。身体に合ったものにはなるけど縫製はどうなってんだろう。

　今回夏の礼服を買い損ねたが、この際母親にオーダーしてみようと思って頼んでみた。大叔父のところで働いてた母親は紳士服を縫うことが出来る。打診して数日後電話があった。生地代だけで１０万円になっちゃうから止した方がいいと言う。昔と同様、問屋を通しても生地を安く入手するのは無理なようだ。親の作った服をずっと着ようと思ってたが残念な話だ。しかもその技術を発揮出来なってのも寂しい話だ。