My Home Town(旧風力発電と子育て日記)

観光と風力発電と子育ての日記です。

当日記の内容については風車ファン以外の無断での転載転用を固くお断りします。

南伊豆町に中古風車が建つそうです。

2005-03-30 19:11:27 | 風車日記
南伊豆町に中古の風車が建つらしい。すでに基礎は完成しているとのことで、400kwが2機とのことだが、機種等は不明。完成したら見に行きたい。

今日は伊豆箱根鉄道の方が3人で風車の視察に来た。風力発電に興味があり情報収集を始めたそうだ。箱根は国立公園に指定されているので適地があるか不明だが風力発電事業者以外の資本が興味を持つのも悪いことではないだろう。

今日は伊豆の観光スポット情報

2005-03-27 22:26:26 | 風車日記
今日は子供とその友達を連れて出かけた。最初に伊東市の小室公園に行った。雪すべり用のプラスチックのそりで滑ることができる子供が遊ぶのに調度いい芝生の坂があり、子供たちは1時間ほどそこであそんだ。つばき祭りの最中で観光バスが何台も訪れていた。また、リフトで小室山の山頂まで登ると富士山や伊豆大島などが一望にできる眺望スポットだ。

その後、ファミレスで昼食を食べ、次にグランパル公園へ行った。グランパル公園はアスレチックや長い滑り台や、各種乗り物などがある公園で今まで何度か遊びに行ったが今日は春休みの日曜日ということで、メチャクチャ混んでいた。ここは小学生ぐらいまでの子供が遊ぶのには調度良いと思う。

課長お疲れ様でした。

2005-03-26 18:28:57 | 風車日記
昨晩、課長の送別会があった。定年は60歳だが実際には勧奨で58歳で辞めるのが慣例となっている。課長は技術職採用で、ずっと事業畑で公共施設の設計や施工監理をしてきた。今では財政難からすっかり工事が減ってしまったが、課長は若いころから土地区画整理事業や、海岸の防波堤工事などの大規模なインフラ整備にかかわってきた。課長によれば今考えると自分が担当した設計の中には恥ずかしくなるようなものもあるそうだが、やはり、自分が作ったものがその後何十年も形を残しているということはやりがいのある仕事だったのではないだろうか。

また、昭和53年の大島近海地震の際には何百箇所もの災害復旧に従事し、町の復興に尽力した。自分が事務職採用にもかかわらず、建設課に異動し工事の担当になったときにも色々と教えてもらいお世話になった。

昨日は2次会に課長の奥さんも出席してくれてとても良い思いでとなった。昔と違い、今の58歳は本当に若い。30年以上も毎日通った職場に4月からは通えなくなるのだからしばらくはきっと寂しく感じることだろうが、健康に気をつけて是非充実した生活を送ってもらいたい。課長本当にお疲れ様でした。

今朝も5時過ぎに風車が止まった。勤務時間外に止まるのは今月7日目だろうか。風が強すぎて思うように発電できないがないとか予定の発電量に追いついてきた。残り6日間がんばりたい。

風車のホームページをリニューアルしました。

2005-03-23 19:39:54 | 風車日記
風車のホームページをリニューアルした。
今までの当町風車ホームページのセールスポイントは、毎月風車の発電量や設備利用率を更新して公表していることでしたが、今回はこれ以外にも、事前の風況調査の月別の結果や、風向きを記録した風配図を掲載しました。また、風力発電事業の平成17年度予算を内容の解説付きでアップした。その他、風車ができるまでを、工場から組み立てまで順を追って写真で掲載したり、見学者や町民からよく訊かれる質問事項と回答をまとめてみた。

設備利用率さえ公表していない自治体が多い中、月ごとに運転実績を更新したり、予算の内容までホームページに掲載している自治体は他に無いのではないだろうか。かなり、充実した内容となったのでたくさんの人に見てもらいたい。

パターゴルフ&ブロック積み

2005-03-21 21:43:46 | 風車日記
今日は町内の労働組合関連の親睦行事でパターゴルフをした。風車が良く見える場所だったが、今日はあまり風が吹かず、回ったり、止まったりを繰り返していた。

その後、帰宅して自宅の源泉(温泉)のまわりにブロックを積んでいる父親を手伝った。噴出した温泉を受け止める鋼製の枡が古くなり、もうすぐ穴が開きそうなのでその周りにコンクリートブロックを積み、タンク代わりにするためだ。寸法を合わせるためにブロックを切断したり、鉄筋を加工したりすべて自分でやるため、父一人ではなかなかはかがいかないので、ここのところ休みのたびに作業を続け、今日、一応形がついた。普段机の上での仕事がほとんどなので、肉体労働は疲れるが、何ともいえない達成感もある。

遠隔監視装置

2005-03-20 20:10:24 | 風車日記
今日は家族でお墓参りにいってきました。お墓からも風車が良く見える。

ところで、強風にあおられて過発電をおこし風車がよく止まるが、当然のことながら勤務時間外にあたる確立が高く、しかも気のせいか真夜中に止まることが多い。そうすると職場の宿直者から電話連絡があり、眠い目をこすりながら服に着替えてコンタクトを付けて車で10分ほどの職場へ出かける。これが、1月から5月ぐらいまでの間は毎週のように繰り返される。当然次の日が平日の時は通常勤務なのでちょっときつい。24時間風車のことが頭から離れないし、町外に出かけるのにも気を使う。仕事だから当然だが、遠隔監視装置を持ち歩ければだいぶ楽になる。そこで、風車メーカーに訊いて見たら、ノートパソコンに遠隔監視システムを入れ、PHSカードを挿し、風車側のサーバーでアクセス許可の設定をすれば使えるようになるとのことだ。

しかし、ここで問題なのは、遠隔監視システムのクライアントを一台増やすのに使用料がいくらするのかということと、我が家でPHSが使えるかということだ。ソフトの使用料が数十万円程度なら最低でも17年は使う予定なので、導入は可能だが、数百万円となるとちょっと難しい。
PHSはメーカーのサイトを見る限りは使用可能のようだが、実際に試してみないとわからない。この2点がクリアできるならぜひとも導入したい。

ちょうどいい風が吹かない

2005-03-19 22:44:55 | 風車日記
昨日は前日の夜から吹き始めた強風が午後1時ぐらいま吹き続けた。それにしても、今月は風速30m以上吹くような日が何日かあり、平均風速はけっこう出ていると思うが、風が強すぎて継続して発電できない。一日のノルマが15,000kwhだが今のところ下回っている。一日で30,000kwh以上発電するような日が最低4回ぐらいはないとノルマ達成は難しそうだ。

今日も風車が止まりました。

2005-03-18 00:22:01 | 風車日記
今日、正確には既に昨日だが、23:30頃風車が止まり呼び出された。いつものように風の乱れに風車のピッチ制御が対応しきれず、過発電でストップした。今週2度目だ。週に2回はきつい。こんなことなら、本当は同期式発電機の風車にすれば良かったのだろうか。

風車メーカーのセールストークに日本の乱れた風に強いって書いてあったよう気がするんだよなー。パワーカーブがカットアウト風速に近づくにつれて、少しずつ舐めていくのはしょうがないとしても、現在のうちの風車は、条件がいいときでも風速20m、悪いと15m、平均して18m前後で過発電をおこし、パワーカーブがブチッと切れてしまっている状態だ。平均風速20mを超えるとほとんど発電できない。

風の乱れが想定値を超えた場合には、こういうことが起こるということを、契約書の中できちんと免責事項として謳うか、重要事項として事前に客に説明する責任があるんじゃないの本当は。風車を売りたいがために、ネガティブな情報は出さないのだとしたら許せん。

数をこなしている風力発電事業者ならともかく、初めて風力発電にチャレンジする自治体などではこんなことまでわからないのが現状だ。こういうことを検討するのがコンサルの役目だとも思うがどうなんだろう。

地域再生法

2005-03-16 20:53:11 | 風車日記
今日は県で地域再生法の説明会があった。小泉構造改革の一環だがそれぞれの自治体が地域特性とからめて地域再生計画を策定し、国から認定を受けて地域再生に取り組むといものらしい。まあ、アイデア勝負の知恵比べというところだろうか。地域特性は長所だけでなく短所を逆手に取ったものでもいいらしい。国から認定を受けなければならないところがなんだか気に入らないが。

うちの町の地域特性といったらやっぱり温泉かな。それから今では風も立派な地域資源だな。両方自然の恵みだが、ここになんかアイデアを足してなんとかしたいなあ。なんとか。いい考えないかな。

今日は鱒釣り大会でした。

2005-03-13 19:17:18 | 子育て日記
今日は20数年ぶりに釣りをした。近所の川で鱒釣り大会があり、子供たちが行きたいというので出かけてみた。竿も餌もすべて主催者が準備してくれていたので、手ぶらで気軽に参加できた。3人の子供たちは(4人目は嫁と留守番)釣堀以外で釣りをするのは初めてだったので、張り切っていた。
釣れそうなところは既に場所取りの人たちでいっぱいだった。

子供たちに釣り方を教え、餌だけをつけてやり子供たちは適当に釣り始めた。最初は釣れなくても釣りに来ただけで満足だろうと思っていたが、せっかく来たのだから1ぴきぐらいは釣れないとつまらないと思い、少しでも釣れそうな所に場所を移り、4ひき釣り引き上げた。釣った魚は夕飯のおかずにして食べた。子供たちにはいい経験になったようだ。
暖かくなったら今度は海で釣りをしてみたいと言い出した。自分が子供のころは小学校の高学年ぐらいになると必ず一度は釣りにはまっていたことを思い出した。