横浜市保土ヶ谷区桜ヶ丘の実家近くの道路には、私が物ごころついたころから道祖神と呼ばれている石碑があります。
昨年の東日本大震災のあと石碑は倒れていて、その後ただ土台に乗っているだけでした。
でも先日見たら、きちんと土台が固められていました。
また消えかかった石碑の文字の説明書きが出来ていました。
「嘉永六丑年」はペリー提督が来航した年。そんな古いときからここに石碑があったとは。
程土ヶ谷とは保土ヶ谷宿がある場所だが、旧東海道は坂の下。
わざわざ丘を登った人がいるのだろうか。
そもそもこの石碑は本当にこの場所にあったものなのだろうか?
今頃になってこの石碑が急に気になりだしました。