ポルシェもぶっちぎり
世界最速時速400kmを
10月2日の夜、いつものように焼酎の入った徳利を片手に、2時間ドラマでも見る予定でTVのスイッチを入れると、目に飛び込んできたのが
「世界最速への挑戦~スーパー電気自動車誕生」というタイトルだった。
面白さに思わず引き込まれ、9時から10時前までの約1時間、TVの画面に釘付けになってしまった。
慶応大学電気自動車研究室・清水浩教授(環境情報学部)の電気自動車への挑戦の記録だが、引かれたのは電気自動車という部分ではなく「世界最速への挑戦」という部分だった。
番組中でも清水教授自身、「電気自動車が普及しないのはガソリン車に比べて弱いパワーで、この点を克服すれば電気自動車は普及する」と語っているように、電気自動車が魅力に欠けるのはパワー不足なのは間違いない。
それを世界最速に挑むというのだ。
当初、私は最速の意味を「電気自動車の中で最速」と捕らえていた。
ところが違った。
清水教授が挑んでいたのはガソリン車をも上回るスピードであり、見事それをクリアしたのだった。
スピードは時速300km超。
運転した元F1レーサーの片山右京自身がビックリしていたが、300km超が目一杯の速度ではなく、国内のサーキットではこれ以上出すと危険だから、その速度でやめた
のだった。
そこで、来年3月にイタリアのサーキットで時速400kmに挑戦するという。
「Eliica(エリーカ)」と名付けられた、この電気自動車は流線型をした8輪駆動車である。
車輪が前後に4つずつの8輪だから、見た目にはちょっと大きい。
出足は鈍そうだが、なんとポルシェと出足を競ってぶっちぎりの圧勝だった。
既存の概念に捕らわれず
ゼロからの電気自動車造り
一般的に電気自動車の売りは環境にやさしいエコカーという点のみで、燃費、スピード、価格は犠牲になっている。
それを清水教授は燃費とスピードの面で打ち破る電気自動車を開発したのだが、その開発のポイントにとても大学人らしからぬものを感じた。
まず、従来の電気自動車は既存のガソリン車のボディーを流用し、ガソリンの代わりにモーターを使うというのが大半である。
つまりガソリン車の燃料を電気に、駆動部分をモーターに換えただけだ。
だが、清水教授の発想は360度違っていた。
既存の車の延長線上ではなく、全く新しい発想、ボディ構造も含めゼロからの車作りを考えていた。
この発想が非常に難しい。
多くの人は既存の概念の延長線上にものを考えようとするから、どうしても既存の概念に縛られてしまい、新しいものを生み出せない。
話はちょっと横道に逸れるが、21世紀になり既存の社会システム、体制が通用しなくなり、新しいシステム・体制が求められているが、いまだ新しい組織形態が生まれないのも同じことだ。
私はNPOという形態に既存組織とは違う新しい組織形態の萌芽を感じてはいるが、この形態も過渡期の形態だろうと思っている。
もっと違う、ネットワーク時代にふさわしい組織形態が生まれた時、我々の社会は飛躍的に進むに違いないと思うが、それにはもう少し時間がかかるかもしれない。
中国の電気自動車は
タクシーとして走行中
スピードを出すために、モーター一体型のタイヤとか、8輪駆動とか様々な点で画期的な技術が使われているが、それら開発に関することは清水教授の著書「電気自動車」や論文に詳しいので、そちらを参照してもらうことにして、私が興味を持ったいくつかの点を挙げてみたい。
1.25年かかったこと。
まさに「継続は力なり」で、飛躍的な技術や真に革新的な開発は一つテーマを追い続けることで生まれるに違いない。
清水教授の姿勢から学んだ研究室の学生の中から今後日本の技術を支える技術者が生まれるだろうと思う。
2.リチウム電池の価格と中国の技術力
実は私が番組中、最も驚き、かつ最も興味を持ったのはリチウム電池と中国の技術力の高さだった。
清水教授が開発した画期的なこの電気自動車の唯一のネックは販売価格である。
量産できてもコストが下がらない部分があったのだ。
それはある意味で電気自動車のコア部分ともいえる燃料の問題である。
燃費そのものはガソリンと比較して5分の1と安いのだが、初期投資で電池の価格が破格なのだ。
電池は持ちがいいリチウム電池を使うというのが業界でも一般的になっており、清水教授自身、リチウム電池では日本が世界の最先端だと語っている。
ところが、中国で開かれたモーターショーに出展された電気自動車を製造したのがリチウム電池メーカーだったのだ。
しかも、すでにタクシーとして中国では電気自動車が稼働していたのだ。
これには正直、TVを見ていた私もビックリ。
日本では商業ベースの利用はないからである。
急速にアップする中国の技術力
なぜ、中国でタクシーに電気自動車を利用できたのか。
答えは一つ。
性能がよく、価格が安いリチウム電池が中国では実用化されていたのだ。
このリチウム電池を使えば電気自動車の価格は一気に下がる。
電気自動車を開発した中国メーカー(実はリチウム電池を開発したメーカーが電気自動車の製造メーカーになっている)の技術者は清水教授には早くから注目しているし、教授の論文は読んでいる。
ぜひ共同開発を行いたいとの申し出が番組中でもあった。
共同開発を行えば間違いなく電気自動車は一気に実用化すると思われる。
だが、清水教授はまだその一歩を踏み出すのに躊躇していた。
理由は製造拠点を海外に持って行くことで起こる空洞化への懸念からだ。
製造拠点の海外移転に対して、私は20年近く前から非常に危機感を感じている。
一介のフリーのジャーナリストである私がリエゾン九州という組織を立ち上げたり活動をしているのは、この危機感があるからである。
最近、私は国内、特に九州の製造業に対し、技術力をアップしないと中国に太刀打ちできないと強く訴えているが、日本が先を進んでいると思われていたリチウム電池でさえこれである。
それにしても、中国は賃金が安い労働集約型で、そのほかでは日本の方が進んでいるとノー天気に思っている経営者がいまだに多いことこそ問題だろう。
そんな考えで中国に工場を造っていたのでは廂を貸して母屋を取られる時も近い。