一晩を高級ホテルのドミトリーで過ごし、わたしは翌朝、日の出と共にホテルを後にした。
カンボジアのシェムリアップで友人のワタルから教えて貰ったキッティの家に行ってみようと思ったのだ。
ホテルのカウンターから持ってきたフリーの地図をひろげてみると、このホテルからチェンマイ市街まではざっと7~8キロはあるようにみえた。徒歩で行くにはかなりの距離だ。
だが、ホテルの周囲は鬱蒼とした山の中で、バスやタクシーなど通る気配がない。そもそも道は舗装などされておらず、辛うじてクルマが一台通れるような狭い道路だった。
幸い、地図にはしっかりこの道も記されており、どうにか市街地までは行けそうな様子だ。
最悪、徒歩で行ってみてもいいだろう。夕方までには辿り着けるはずだ。もしクルマが通ればヒッチハイクを試みることにしよう。
そう思っていると、いきなりえんじ色のピックアップトラックが背後から砂煙を上げて走ってきた。
わたしは反射的に親指を立てた右手を頭上に掲げて大きくそのクルマに向かって振り回した。
すると、なんと幸運か、いきなりそのクルマはわたしの前で止まり、サングラスをかけたあんちゃん風の運転手が中から顔を出してきた。そして、わたしに何事が告げた。
恐らく、タイ語で言ったのだろうその言葉を受け流してわたしは英語で「乗せてくれないか」と彼に声をかけた。
案の定英語が通じないらしく、わたしはボディランゲージとワタルが書いてくれたキッティ宅の地図が書かれたメモ書きを見せて説明すると、彼はあっさり、「OK」と言う。そして、空いているパッセンジャーシートを指さして招きいれようとしたが、わたしは辞退して、トラックの荷台にお邪魔させてもらうことにした。
果たして、彼がメモ書きの地図を理解できたのか、すこぶる怪しかったが、どうにも彼は悪い奴には見えなかったし、何かを企んでいるとうにも見えず、わたしは彼のクルマに乗せてもらうことにした。
年の頃はわたしよりも幾分上だろう。とにかく、そんな親切な青年とすぐさま出会えたことはなんと幸運なのだろうか。
クルマは土煙をあげながら、いつしか山を下り、それから10分もしないうちに町中を走っていた。
しばらく行くと、クルマは静かに止まった。
「着いたのかな」と思って荷台から飛び降りると目の前に城壁のような古めかしい壁が立ちはだかっている。
そこにドライバーの彼が降りてきて、わたしに何かを伝えようとしていた。
その身振り手振りを頼りになんとか解釈してみると「ここで降りてほしい」と言っているようだった。
「うん、わかった。ここで充分だ。ありがとう。ホントにありがとう」。
手と手を合わせて彼に何度かお辞儀をすると、彼は恐縮そうにしながら、クルマに乗り込みやがて走り去っていった。
ここまで来れば歩いても行けるだろう。
道を聞きながら行けばいいのだ。
走り去っていくクルマを見送りながら、わたしはその城壁の中に歩みを進め、チェンマイ市街のメインストリートであるラチャダムナン通りを西へ向かった。
恐ろしく詳細な地図の通りに歩くと、10分もしないうちに、地図に書かれた「ダンキンドーナツ」が現れ、そのカラフルな店構えを地図にある通り、左折した。
地図によれば、キッティの家に間もなく着くはずである。
異国の見知らぬ人の家に行くのに不安はあったが、それよりも好奇心の方が圧倒的に勝っていた。
ワタルの説明によればキッティはミュージシャンであるという。
97年初頭、ワタルはチェンマイで行われた音楽イベント「ジュビリージャム」を観るため、同地を訪れ、そこでキッティと知り合ったとわたしに説明した。
キッティはタイの国民的バンド「カラバオ」の一員としてギターを担当、「まだ若いが才気溢れる好漢だ」という。
広葉樹の緑の林がやがて切れ切れになり、その隙間から家の屋根が見えてきた。 どうやらキッティの家に着いたらしい。
みるみる近づいていくと、その家は決して小さいものではなく、いやむしろかなり大きいことが分かった。
思いもかけずお屋敷のような家に驚きながら、家の庭に入り、母屋の軒先まで来ても人の気配はない。
そこで、大きな声で「サワッディカッ」と叫ぶと、家の中から色の白い小柄な女性が出てきた。
わたしはドギマギしながら「キッティはいますか?」と英語で尋ねると「あなた日本人でしょ?」と女性は日本語で尋ねてきた。
またもや驚いて「え、えぇ」とどもりながら答えていると彼女は踵を返して家の中に引っ込んでしまった。
仕方なく、その場でしばらく待っていると、浅黒い肌にカーリーヘアの男がヌッと現れた。
咄嗟に「サワッディカッ」と挨拶すると彼もオウムがえしに挨拶を返した。
そうして、わたしが何もまだ言わないうちに、彼はわたしを家の中に招き入れてくれたのだった。
彼こそがキッティだった。
※当コーナーは、親愛なる友人、ふらいんぐふりーまん師と同時進行形式で書き綴っています。並行して語られる物語として鬼飛(おにとび)ブログと合わせて読むと2度おいしいです。
カンボジアのシェムリアップで友人のワタルから教えて貰ったキッティの家に行ってみようと思ったのだ。
ホテルのカウンターから持ってきたフリーの地図をひろげてみると、このホテルからチェンマイ市街まではざっと7~8キロはあるようにみえた。徒歩で行くにはかなりの距離だ。
だが、ホテルの周囲は鬱蒼とした山の中で、バスやタクシーなど通る気配がない。そもそも道は舗装などされておらず、辛うじてクルマが一台通れるような狭い道路だった。
幸い、地図にはしっかりこの道も記されており、どうにか市街地までは行けそうな様子だ。
最悪、徒歩で行ってみてもいいだろう。夕方までには辿り着けるはずだ。もしクルマが通ればヒッチハイクを試みることにしよう。
そう思っていると、いきなりえんじ色のピックアップトラックが背後から砂煙を上げて走ってきた。
わたしは反射的に親指を立てた右手を頭上に掲げて大きくそのクルマに向かって振り回した。
すると、なんと幸運か、いきなりそのクルマはわたしの前で止まり、サングラスをかけたあんちゃん風の運転手が中から顔を出してきた。そして、わたしに何事が告げた。
恐らく、タイ語で言ったのだろうその言葉を受け流してわたしは英語で「乗せてくれないか」と彼に声をかけた。
案の定英語が通じないらしく、わたしはボディランゲージとワタルが書いてくれたキッティ宅の地図が書かれたメモ書きを見せて説明すると、彼はあっさり、「OK」と言う。そして、空いているパッセンジャーシートを指さして招きいれようとしたが、わたしは辞退して、トラックの荷台にお邪魔させてもらうことにした。
果たして、彼がメモ書きの地図を理解できたのか、すこぶる怪しかったが、どうにも彼は悪い奴には見えなかったし、何かを企んでいるとうにも見えず、わたしは彼のクルマに乗せてもらうことにした。
年の頃はわたしよりも幾分上だろう。とにかく、そんな親切な青年とすぐさま出会えたことはなんと幸運なのだろうか。
クルマは土煙をあげながら、いつしか山を下り、それから10分もしないうちに町中を走っていた。
しばらく行くと、クルマは静かに止まった。
「着いたのかな」と思って荷台から飛び降りると目の前に城壁のような古めかしい壁が立ちはだかっている。
そこにドライバーの彼が降りてきて、わたしに何かを伝えようとしていた。
その身振り手振りを頼りになんとか解釈してみると「ここで降りてほしい」と言っているようだった。
「うん、わかった。ここで充分だ。ありがとう。ホントにありがとう」。
手と手を合わせて彼に何度かお辞儀をすると、彼は恐縮そうにしながら、クルマに乗り込みやがて走り去っていった。
ここまで来れば歩いても行けるだろう。
道を聞きながら行けばいいのだ。
走り去っていくクルマを見送りながら、わたしはその城壁の中に歩みを進め、チェンマイ市街のメインストリートであるラチャダムナン通りを西へ向かった。
恐ろしく詳細な地図の通りに歩くと、10分もしないうちに、地図に書かれた「ダンキンドーナツ」が現れ、そのカラフルな店構えを地図にある通り、左折した。
地図によれば、キッティの家に間もなく着くはずである。
異国の見知らぬ人の家に行くのに不安はあったが、それよりも好奇心の方が圧倒的に勝っていた。
ワタルの説明によればキッティはミュージシャンであるという。
97年初頭、ワタルはチェンマイで行われた音楽イベント「ジュビリージャム」を観るため、同地を訪れ、そこでキッティと知り合ったとわたしに説明した。
キッティはタイの国民的バンド「カラバオ」の一員としてギターを担当、「まだ若いが才気溢れる好漢だ」という。
広葉樹の緑の林がやがて切れ切れになり、その隙間から家の屋根が見えてきた。 どうやらキッティの家に着いたらしい。
みるみる近づいていくと、その家は決して小さいものではなく、いやむしろかなり大きいことが分かった。
思いもかけずお屋敷のような家に驚きながら、家の庭に入り、母屋の軒先まで来ても人の気配はない。
そこで、大きな声で「サワッディカッ」と叫ぶと、家の中から色の白い小柄な女性が出てきた。
わたしはドギマギしながら「キッティはいますか?」と英語で尋ねると「あなた日本人でしょ?」と女性は日本語で尋ねてきた。
またもや驚いて「え、えぇ」とどもりながら答えていると彼女は踵を返して家の中に引っ込んでしまった。
仕方なく、その場でしばらく待っていると、浅黒い肌にカーリーヘアの男がヌッと現れた。
咄嗟に「サワッディカッ」と挨拶すると彼もオウムがえしに挨拶を返した。
そうして、わたしが何もまだ言わないうちに、彼はわたしを家の中に招き入れてくれたのだった。
彼こそがキッティだった。
※当コーナーは、親愛なる友人、ふらいんぐふりーまん師と同時進行形式で書き綴っています。並行して語られる物語として鬼飛(おにとび)ブログと合わせて読むと2度おいしいです。
チェンマイ編も長くなりそうだ。
しかし、「オレ深」は不人気だなぁ。