小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

科学者と、国家機密

2016年03月19日 | エッセイ・コラム

 


ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英氏が連載している記事(東京新聞夕刊3月17日付)に瞠目した。
テレビ出演したとき、一昨年施行された「特定秘密保護法」について、「何を秘密とするかさえ分からないなんて凄く危険だ」という主旨の発言をされたそうである。

 

 数日してから「外務省関係だったかの人たち」が益川氏を訪ねてきた。彼らは「先生の心配されるようなことはございません」と述べたそうだ。

「懸命に説得しはじめた」と益川氏はかるく書いていたが、なぜ外務省の人間が何をどのように説得しに来たのか、具体的なことまでふれていなかった。

発言の撤回もしくは訂正か、あるいは今後そのような発言等は控えてほしい、そのいずれかだと予想できる。

益川先生はさらに、大学での研究が仮にでも「軍事転用されれば秘密保護法が動いて情報が閉ざされ、研究者がうっかり内容を語れば罪に問われないとも限らない」と、この法律のもつ危さを警告している。

名古屋大学は1987年に、独自の「平和憲章」を制定して全世界に発信している。その趣旨はいかなる「軍事研究にもかかわらない」というもの。当時は冷戦下ということもあり、大学内の研究が軍事目的に利用される可能性もありえたのである。名古屋大学では、全構成員の過半数8523名の署名を得て「平和憲章」を制定したという。
英訳して各国の元首にも送られた。ユネスコからは早速、「平和憲章はユネスコ憲章と完全に一致している。名古屋大学は孤立していない」との返信が来たという。

平和憲章がなぜ名古屋大学で生まれたのか。ネットでその内容を確認したが、一大学の発信するメッセージとしては出色のもの。大学の研究者としての社会的責任、平和への希求、その国際性まで意識したものだった。「平和憲章」を制定した裏には、やはり科学者としての益川敏英氏の存在が大きかったのではないだろうか。

さて、説得にきた件の官僚たちに、益川氏はこう反論したそうである。


私は米国のロバート・オッペンハイマーの話をした。オッペンハイマーは原爆を開発するマンハッタン計画を主導した物理学者だ。米国が核を持てば戦争の抑止力になると信じていた。
だが、抑止力どころか米政府は率先して使ってしまった。だから彼は次の水爆開発には反対した。するとスパイの疑いをかけられてもみくちゃにされ研究生命を事実上うばわれた。
私はこういうことがおこらないかと恐れるのだ。

 

益川氏はかつて高校生の時ディベート大会に出たはいいが、「自分の考えに反する立場の主張をさせられ、十分に議論できず敗けた。悔しくて、どんな立場でも勝てる論争術をトレーニングしてきた」そうである。
ともあれ、オッペンハイマーの話をして外務省の人たちを逆に説得したという。彼らは仕方なく、退散するしかなかったらしい。
お見事である。これぐらいの理論武装を、確なる論拠を、当事者になりかねない研究者・関係者の方々にはもっていただきたい。

現在、防衛省は軍事的に使用可能な研究を募っている。最先端の研究をしている科学者の方々なら、先刻ご承知のはずであろう。いちおう部外者である私たちも、知っておいていい内容だ。要旨は以下の通り。

安全保障技術研究推進制度(競争的資金制度)とは、資金配分主体(防衛省)が、広く研究開発課題等を募り、提案された課題の中から、専門家を含む複数の者による科学的・技術的な観点を中心とした評価に基づいて実施すべき課題を選択し、研究者等に配分する研究開発資金です。得られた成果については、防衛省が行う研究開発フェーズで活用することに加え、デュアルユースとして、委託先を通じて民生分野で活用されることを期待しています

私が翻案するとこうなる。要は、研究・開発に参画すれば資金を(配分)提供する。但し、研究課題は限定的になるだろう、なぜなら目的合致したテーマの応募制だから。奮ってこの競争に参加しろと・・。成果があれば、いろいろ資金面はもちろん、今後の研究に必要な諸々の便宜(当防衛省・防衛装備庁、行政外郭団体及び民間法人が対象)をはかることに吝(やぶさ)かでないということだ。

 

以前、唐木順三の「科学者としての社会的責任」を読んだことがある。アインシュタインの深い悔悟、泣いて日本人科学者に詫びたエピソード。朝永振一郎と湯川秀樹の意識・認識、その根源的な差異・・。

後継者たる科学者同士の齟齬、文系VS理系の人間における倫理的差異・・。わたしは何故か、埋めようのない断絶を感じたのだ。

そして今、科学者ほど国家機密に関与し、そして翻弄される存在はないと確信した。

原発問題も然りだが、「秘密保護法」はつねに「個人」よりも国家政体保持を優先している。一科学者の尊厳、人権は二の次なのだ。

憲法学者の長谷部恭男、木村草太は、秘密保護法に関してはその法的根拠を是としている。その論拠や理由を、私は詳しくは知らないが、どうなっているのだろうか・・。

益川先生のような方、それに続く科学者の皆さんたちを、しっかりと擁護する法律家、盤石の法制度が求められているのではないだろうか。

 

 

 

 

 


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