小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

鶴丸透(つるまるすかし)

2013年01月24日 | うんちく・小ネタ

 日曜日、新聞に掲載されていた大学入試センター試験の国語に目が留まった。第一問に小林秀雄の「鍔」が出題されている。
読んだことがあるような、ないような・・。いやまことに新鮮な感じがしたし、すごい名文だとおもった。
鍔そのものの歴史、武器としての変遷、実用性、機能性、精神性、装飾性、骨董的な美しさとしての価値などすべてが凝縮されたエッセイ。さらに、それらの背景には日本の伝統的文化の精神性の高さや洗練された美しさが通奏されているような・・。
小林の力量を再認識し、私が書くものなど糞にひとしいと嘆息した。
さて、この問題だけわたしも受験生の気分になってチャレンジした。われながら暇人だな、と思いつつあきれる。

 いまの学生さんにとってこの小林秀雄の「鍔」を読み解くのはたいへん難しかったろう。
というのはこの問題の最後に20ほども(注)がある。
その冒頭に刀全体のイラストと、その鍔の部分の拡大されたイラストが丁寧に記載されている。
「鍔」が刀剣、太刀のどの部分にあたるか親切に図解されているのだ。つまり「鍔」そのものを知る学生はほとんどいないだろう、と出題者が予測しているのである。
チャンバラごっこが死滅したいま、鍔がどんなものか昨今の若い人が知らないのは当然なのか。(剣道は武道教科の選択科目?)
そんなご時世に小林秀雄の「鍔」を選択するのはちょっと意地の悪さを感じるが、国語としての文章を吟味するには申し分ないかもしれない。

 ただ、最後のところで「鶴丸透」が出てくるが、これに関してなんの注釈がないのはフェアではないと思った。
もちろんその前段で、鍔の装飾である「透かし鍔」の工芸的な美しさや実用的な堅牢さにふれられているのだが・・。
この辺りは小林の美術批評家というより、骨董収集家としての一面も知らないと深い理解に及ばないとおもう。
この最後の部分に関しての設問もあるし、全体の構成を考える肝になっていたから、鍔のイラストがあるなら、(注)に「鶴丸透」の写真があった方がよい。
私は後で調べたが、「鶴丸透」は鍔を代表する絵柄の一つで、その名にあるように「鶴」をモチーフにしたものだ。
室町時代から造られたとされるが、この「鍔」だけで100万円するものもあるらしい。美術館にあるような名刀の鍔であったらいかほどの価値があるだろうか。

Photo

 世に小林秀雄に傾倒した方は多いであろう。わたしはそれほどでもなかったが、好きな人は講演集のテープを毎日聞きながら寝る人もいる。
何故だかわかる。語り口、声のトーンが古今亭志ん生にそっくりなのだ。聞いているだけで楽しく癒されていくような名調子。落語を聞くように文学、芸術批評とか、小林秀雄が人生の奥義を語るのだ。

志ん生は1890年生まれ。小林は1902年生まれで一回り下だが、生まれも育ちも東京で環境はそれほど変わりない。
志ん生が還暦のとき、わたしが生まれた。子供のとき師匠をなんども見かけたはずだが、わたしにとっては痴楽のほうが強烈だった。

最後にこの小林秀雄の「鍔」の好きな部分を抜粋する。

誰も、乱世を進んで求めはしない。誰も、身に降りかかる乱世に、乱心を以て処する事は出来ない。
人間は、どう在ろうとも、どんな処にでも、どんな形ででも、平常心を、秩序を、文化を捜さなければ生きて行けぬ。


最新の画像もっと見る