小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

人的厄災

2005年05月02日 | エッセイ・コラム
たぶんそれは起きるだろう
誰もがそう感じているときがあった
立場、地位を超えて
みんなが思っていた
たぶんそれは起きるだろう

運良くなにも起きなかった
ほっとしていた 悦んでいたのではない
たぶんそれは起きるだろうから
きっとそれは起きるだろうへと
みんながそう思っていた

みんな沈黙していたが
こころは叫んでいた
きっと きっと
それは起きるだろう
きっと きっと
それは起きるだろう

なぜ? という問いはなかったに等しい
なぜなら それは起きたからである
人間は厄災が起きるまでなにもしない
それほど愚かで滑稽な存在である
しかし 愚かであることを認めない

なぜなら自然がもたらす厄災を避けようと
あらゆる叡智と努力を注いできたから
科学と技術は進んでいるのだから
人間は愚かなはずがないと思っている

人間が創りあげたシステムは完璧ではない
その時点で完璧でも、時がたてば綻び陳腐になる
まして人はいつだって間違いを犯す
問題は優秀と思われる人、地位が高い人ほど
その間違いを見つめないことだ

人間は文明というシステムを創ってから
途方もない時間がたってきた
にも関わらず人的厄災は終わりがない

きっと きっと
それは起きるだろう

私たちは人的厄災の犠牲になった人たちの
冥福を祈るしか手立てはないのだろうか

きっと きっと
それは起きるだろう





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