小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

「世界屠蓄紀行」をよむ

2008年04月16日 | 本と雑誌

 内澤洵子の「世界屠畜紀行」を読んだ。

  生体から死体へ。血を抜き、そして食べやすくするように解体し、分別し、加工される。その一連のプロセスはふだん私たちの与り知らぬことである。内澤氏はあっけらかんとした筆致で世界各国の屠畜事情を伝える、きわめて貴重な著作をつくりあげた。屠畜そのものだけでなく、それに従事する人々を丹念に取材し、肉食文化の裏面を明らかにする。

 私たちは肉を食べるとき、それがどのようにしてその肉になったのか想像したことはない。

口に入れるときは旨さ、感触,においなど味わうのであって、その肉に至るまでのプロセスには無関心である。

私たちが食べる、牛や豚、そして鶏など、口に入れる時の肉の形状は普段見慣れたものだ。しかし、それが死体の肉であると感じていても、たんに食肉としてしか認識していない。

 男は特に、調理された最終段階で食べるので、生きているときの牛や豚を思い浮かべることは皆無といっていいだろう。

 そして家畜を屠ることのイメージを正しく持っている人はほとんどいないと思う。それがまた屠る人への偏見や差別をうむみなもとかもしれない。

 

「世界屠畜紀行」では目から鱗の様々なエピソードが次から次と紹介さる。なかでも芝浦屠場の話は圧巻であり、屠畜に従事する人たちの生活や心情、苦労、悩みなどが語られる。彼らがもつ特殊な技術・技能は素晴らしく、ほんとうに敬服に値するものだ。ある意味で神々しい人々だと私は思う。いまでも残存しているようだが、動物を屠る人を「」という名称で蔑み社会的に疎外してきた事実があった。

  忌まわしいことだが、これは殺生を禁じる仏教の影響だけでなく、日本古来のアニミズムである「死」を穢れとする思想があるからで、これが拠るべきもののない「差別」の温床となった。

 かつて星野道夫が「生命の本質は他の生命を殺して食べることにある」と何かで書いていたが、雑食する人間は動物性たんぱく質を摂取するように体の仕組みが出来上がっている。

 食材に禁忌をもうけることはほとんど宗教的な理由によるものであり、人間は飢餓に陥れば人肉さえ食うこともあるのだ。

  日本の場合、食料というか自然に恵まれた特殊な地理環境にあって、哺乳類を食べずとも魚肉・貝類をたべることで動物性たんぱく質を多く摂ってきた。しかし、森のなかで生活する人たちはなかなか海産物を口にすることはできなかった。野生の鹿や猪、或いは馬、豚、鶏などの家畜を食べることは自然なことであり、それを貧しい人々や時には高貴な人々でさえ口にしたことは、多くの歴史書にも書かれてある。

 親鸞は「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」といった。

 悪人とは「悪食するひと」のこと、つまり肉食する人のことであり、浄土真宗が一般の人々、結果的に殺生してしまう「衆生」に目を向けた証左ともいえる。

 それにしても内澤氏の肉好きはほんものだ。楚々とした美人で、肉をむしゃむしゃ食べるようには見えないのだが・・。「あんたは異常だね」とか「20人に1人くらいの変人」などと言われようと、彼女の好奇心や取材パワーはひるむことがない。凄い人が現れたと思った。

 私事だが、15年ほど前、スコータイからチェンマイに行く山の中で民間の市場を訪ねたことがある。最初動物園と思ったのだが、現地の人はなんでも食べるのがわかって吃驚した。哺乳類はいうまでもなく爬虫類、昆虫、それらの幼虫や卵などなど。ただ、これらをカメラに収めようとすると怒って飛んできた人がいた。買う分には構わないが、それを写真に残すということは差し障りあるということだった。動物愛護がさかんな西欧の観光客となにかトラブルがあったのかもしれない。内澤氏は韓国へ行った際には必ず犬を食すらしいが、私もこのタイでガイドの言われるまま屋台の焼き鳥をたべたところ、後でそれが犬の肉であったことが分かった。香ばしい美味しい肉だった。そんなものである。

今では歳をとってそれほど肉に執着はなくなったが、それでもうまいカツどん・すき焼きには目がない。

 

 映画「いのちの食べ方」はまだ見てないが、屠畜した女性のランチタイムの宣伝写真はなにか意図的だな。

 私は屠畜の世界にそれほど関心はないが、「差別」をうみだす構造について改めて書いてみたいと思う。

 それだけ内澤洵子の「世界屠畜紀行」はインパクトがあった。

そしてなぜか同時に、宮沢賢治の「よだかの星」とか「なめとこ山の熊」を思い出したり、クローン人間を描いたカズオ・イシグロの「私を離さないで」の世界が頭にこびりついてしようがなかった。

「生命」を食べること、或いは利用することは、21世紀の大きなテーマになるだろう。

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。