小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

認知症を身近にかんじるとき

2021年05月10日 | エッセイ・コラム

『怖い・・』美術評論の一連のシリーズで名高い中野京子さん。同じGooブログなので、中野さんの記事は直ぐに読むことができる(追記)。で、直近のそれは、この度アカデミー主演男優賞を獲得したアンソニー・ホプキンスについて書かれていた。愚生の頭にはいまだにアカデミー賞の某がよぎっているのか・・。

『日の名残り』や『羊たちの沈黙』における、アンソニー・ホプキンスはいまだに脳裏に焼き付いている。他作品ではどんな演技をしているのか、過去のビデオ映画を探すほど入れ込んだこともある。彼はウェールズの生まれでパン屋の倅だ。イギリス社会ではロウアー・クラス出身の俳優だが、貴族はもちろんのこと、どんな役だって演じきれる俳優だ。

今回のアカデミー賞では、なんとしたことか誰もがその主演男優賞に驚き、ホプキンスはダークホースだったと予想外の結果を語っていた。実は小生もアンソニー・ホプキンスがノミネートされていたことは知っていたのだが、出演した作品『ファーザー』についてフォローする映画評論家はいなかったので、無意識に彼をスルーしてしまったと思う。

アンソニー・ホプキンス、アカデミー賞主演男優賞受賞!映画『ファーザー』本編映像

 

いやいや、中野さんのブログ記事は、そのホプキンスではなく作品『ファーザー』についてであり、かつて東京芸術劇場で観劇した「認知症が見せる世界ーー『Le Père 父』」に言及したものだ(題名でわかるようにフランスの作品でモリエール賞を受賞したフロリアン・セレールの作品、ラデスラス・ショラー演出)。

A・ホプキンスの老人を橋爪功が演じたこと、そして記事のメインとなる骨子は認知症について、ご自身の考えを中野さんは書いていたのだ。そう、高齢化社会の真っただ中の日本、子供はもちろんだが、今や孫の世代が介護しているという社会調査が近ごろ報告された。子ども人口全体の5,6%を占めるという、驚くというより痛ましい事実だ。そんな深刻な現状をつい最近知ったこともあり、中野さんの記事を目ざとく拝読した次第である。

認知症について少しでも知っている人なら、「ものを盗まれた」と言い張るのが認知症の始まりだというのはご存じと思います。年をとるということは、自分の身の回りからいろんなものが失われ(若さ、生きがい、友人、好奇心、喜び、エトセトラ、エトセトラ)、本人にしてみればそれは盗難にあったも同じなのです。
(略)この戯曲は構成が実に巧みで、認知の父が感じている世界と現実の世界、そして認知の父が思っている時系列と現実の時系列を、いっさい説明抜きで混然としたまま見せてゆきます。

 

私事のことになるが、母は生前クモ膜下出血で寝たきりになる前、初期の認知症であった。中野さんのそれを読み、生前の母が甦ってきていろいろな感慨を抱いた。

母は認知症というよりも、専門家によれば「まだらボケ」というもので、生活に支障をきたすほどひどいものではなかった。だが、ひどくなる予兆は確かにあったのだ。ある時、こちらからすれば理由が分からないまま、母は突然に怒りだしたことがあった。また、誰もが食べない「柿の種」を大量に買っていることが発覚した珍事件もあった。

母が急に癇癪を破裂させたというのは今でも忘れない。成田山新勝寺に出かけ、その帰りのときだった。道すがら「電車代をもらっていない」と突然怒りだしたのである。払ったのは私であるにも関わらず、烈火のごとく怒りだしたのである。駅で買ったときの状況などを逐一説明したのだが、本人はどうしても納得できない様子であった。

「柿の種」事件のときは、部屋の片づけを手伝ったときに、リビングやキッチンなどから次々と「柿の種」の袋がでてきた。賞味期限が3,4年前のものも含まれ、その数は段ボール箱二つほどの量になった。流石に照れくさそうな表情をしていたが・・。

倒れたのは、それから暫くしてからのことで、毎日常用すべき薬を飲んでいないことが分ったのも倒れてからのことである。

認知症というのは、患っている本人が自覚していないのが怖い。自分のしたこと、その時系列が混然となってしまう。
唯一、子どもの頃や若い頃(結婚や子育て時代までか)のことは忘れないらしく、昔話になると生きいきとして表情が穏やかになる。

いやあ、認知症になりやすいDNAが我が身にも宿されているのだろうか。基礎疾患は無きにしも非ずだ。「バランスのとれた食事と適度な運動」・・・わかってるよ!

怒っちゃいけません。それにしても、母はなぜ「柿の種」に執着していたのか? 家族の誰もが心当たりがない。本なんかほとんど読む人ではなかったし、まして、寺田寅彦を知る由もなかった。

まさか、母が愛憎のはてに離婚した夫、すなわち我が父の好物だったのであろうか・・。

 

▲以前にも載せた、母譲りの睡蓮。わけあって、いやメダカを優先しすぎた結果、知らぬ間に枯らせてしまった。

関係ないのだが、ついでにということで。

 

(追記):中野京子さんのブログ記事にふれ、かつ部分的に引用しているにかかわらずリンクを貼っていない。片手落ちというよりも無責任であり、中野さんに対して大変失礼なことである。以前にもベラスケスを書いた時、氏の文章を無断で引用したことがある。自分としてはあらためて反省し、お詫びしたい感情が募った。そして、事後報告にはなるのだが、中野さんのブログのコメント欄に事の次第とお詫びを書き込んだ。

しばらくして、中野さんから好意的なメッセージをいただき、かつ拙ブログも読んだ旨の返信コメントをいただいた。中野さんのような立派な仕事をなさっている方から、愚生のようなしがないブロガーに時間を割いて文章をしたためていただいた。大変ありがたいことだし、古い言い方で不適切かもしれないが、忝い思いというしかない。以下に、中野京子さんの当該記事のリンクを貼ったゆえ、ぜひともご参考にしていただきたい。

中野京子の「花つむひとの部屋」

アカデミー賞男優賞にレクター博士のA・ホプキンス 

 

 


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