カイロじじいのまゃみゅむゅめも

カイロプラクティック施療で出くわす患者さんとのやり取りのあれこれ。

被差別部落の青春

2011-09-04 19:45:40 | 本日の抜粋

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「俺はじゃないとも思わへんし、やとも思わへん。別になんか気にしてない。って何って感じ。だってじゃないって妙に意識するのも差別の一種やと思う。そんな古い話してんかのか、明治時代の話やんけ、ダセエという感じ」(中略)
 裕次が問題を理解しにくいのは、や民の定義もさることながら、差別をする、される双方の感覚を実感できないことにもある。 
 例えば差別する感覚である。
「バキュームカーに乗ってる人は差別されることがあるっていうけど、俺なんか尊敬するけどな。俺は臭いの嫌いや。俺が嫌なと思うことは、たいがいの人も嫌いやと思う。でも、それをやるっていうのはすごいな。俺はさべつするどころか、おにぎりつくってもっていく」
 生理的に合わない職業であっても、その仕事を蔑むという発想がまったくない。ましてや差別などという明治以前の身分を云々するのはダサイのである。
 差別される感覚についても、裕次はあまり興味を示さない。(中略)
「ふーん、まあ今は時代が違うからな。そんな具体的なことは俺知らんし……」
「たかがであるなしで、そんなに考えるん?」
 と素っ気ない。

 角岡伸彦 『被差別の青春』より 講談社文庫

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引っ越し準備中の徳さん、本の整理をしてて『』という雑誌を見つけた。
1964年の4月号。
同和教育入門という特集を組んでいる。 
 


1957年の7月号というのもあった。
こちらは古本屋で入手したものだろう、古色蒼然としたものとなっている。
学校教育における差別事件という特集だ。



いずれにしろ、裕次のような若者の出現は、当たり前というか、頼もしいというか、襟を正させられるというか、、、、。

しかし、現在も陰湿な形で差別が存在するのも、紛れもない事実。

第二章 選択 より抜粋。

“に関する調査に反対している有本に、あろうことか行政機関で人権問題に携わっている担当者が、子供の結婚相手が出身者であるかどうかの調査を個人的に依頼することがあるという。
「年に再訂五人はいるかなあ。最近は少なくなったけど、以前は一ヶ月に二、三人は来てましたよ。誰々議員の紹介ですとか。役所なんかで人権問題担当している人の中には質悪い人おるね。問題を生半可に知っている人の場合は、結婚問題はきついよ。名前は言えないけど、行政の職員が頼みにくるんやから」”

そんな輩には、裕次の次の言葉を返しておこう。

「言われたって……別に……言われたら放っとく、そんな奴」


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