相田監督といえば、妻の実家がある岡山で撮影した作品が多いですね。
「精神」「PEACE」は岡山市内。
「牡蠣工場」「港町」は、瀬戸内市牛窓です。
牛窓は瀬戸内海に面した古い港町です。
古来から瀬戸内航路の船泊として栄えました。
魚が美味く、牡蠣も有名です。
その牡蠣の工場(こうば)の人間模様を作品にしたのが前作「牡蠣工場」です。
「港町」はその街の漁師を観察することで撮影が始まりました。
美しい港町の風景。
しかし、この映画はモノクロなのです。まず驚かされました。
86才の耳の遠い高齢漁師がひとりで漁をするシーンを丁寧に撮影していきます。
刺し網漁法で未明に網を上げ、網にかかった魚を外し漁港に水揚げします。
実はとても手間のかかる作業です。網に絡まった魚はなかなか簡単には外せません。
鮮度も重要です。死んでしまった魚の価値は半減します。
そのため未明に網を上げるようです。朝まで待てばほとんど死んでしまうそうです。
市場では種別に分けられセリにかけられます。
牛窓の鮮魚店がセリ落とした魚をお店でさばき、軽トラで販売に出かけます。
なじみ客の住む街角を回っていくのです。
昔なら肩に担いで売り歩いたのでしょう。雰囲気が残っています。
人間関係の濃さを感じます。
街の人々は、一人でカメラを回している相田さんを特別視しすることなく話かけてきます。
カメラが回っていることに違和感を感じていないようです。
これは相田さんの観察者としての力量が「名人レベル」なのでしょう。
人も猫も自然です。
しかし単なる観察映画に終わりません。
登場人物の深部の探索へとつながっていきます。それは撮影者が意図しているのではく、
被写体になった人が自らを語るなかで浮かび上がってきます。
相田さんに近づき話しかけてくる80代の女性。
ロケ地を提案するなど世話好きな、そして人が好きな性格です。
一人暮らしのこの女性の行動と話の内容が、現代とは思えない不思議な時空へ誘います。
彼女は4歳でこの町に来て、継母に育てられたと話します。
それからの長い年月が苦労の連続だったことは推し量れます。
今は一人暮らしですが、かつて同居していた人が福祉関係者に連れ去らわれたといいます。
私たちにはにわかに信じられない話ですが、彼女の中では「真実」となっています。
彼女の心の痛みが一人のストーリーを編んでいるように思えました。
そのことが夕闇の風景になかで時間を超えていくように感じました。
人間存在の不思議さを垣間見たようにも思いました。
人の思いとは。
観察映画の一つの到達点といえる作品だと思います。
今年度の国際映画祭で注目される映画になることは間違いないでしょう。