香港デモ 民主活動家・鄭宇碩氏インタビュー「高次な価値のために自己犠牲をいとわない」
2019.10.10(liverty web)
香港東区のホテルで取材に応じる、鄭宇碩氏。
香港で、自由を求める戦いが続いている。
中国建国70周年を迎えた1日、ついに香港警察がデモ隊に向けて実弾を使用し、男子高校生の左胸に命中した。5日には、香港政府が緊急条例を発動し、抗議デモ参加者の覆面を禁止する新法を制定した。
デモ隊への圧力が日増しに強まる一方で、デモの勢いは陰りを見せない。何が彼らを鼓舞するのか。香港の民主活動家であり、香港城市大学で教授を務めた鄭宇碩(ジョセフ・チェン氏)に、現地で話を聞いた(内容は9月時点)。(聞き手 馬場光太郎)
◆ ◆ ◆
──香港政府はデモへの締め付けを強化しています。
鄭宇碩氏(以下、鄭): キャリー・ラム行政長官やその政権は、より多くの人を逮捕することで、デモ隊の精神力を枯れさせることができると信じているのです。今や、1100人以上の人々が逮捕されており(9月1日時点)、著名な民主活動家のリーダーを全員逮捕するという明確な意図が見てとれます。香港政府は、逮捕される可能性が高いことをデモ隊の若い人々に知らしめることで、デモ隊の精神力を崩したいのです。
これは、精神的な戦争であると同時に、世論の戦いでもあります。香港政府は世論の潮流が変わるのを待とうとしました。2014年に起きた雨傘革命のように、デモ隊の人々が疲弊し、それまでの生活に戻ろうとするのを待っていたのです。しかし、警察の残虐行為に香港の人々は怒り、今なおデモ隊を強く支持しています。
香港の人々は、少なくとも短期的な未来に対して悲観的です。マルクス主義を信奉する政権として、中国政府が民衆に譲歩するわけがないということを、我々は理解しています。また、中国政府は、香港デモが中国の主要都市に及ぼす波及効果についても懸念しています。加えて習近平国家主席は、すでに米中貿易交渉においても国内の経済状況においても困難を抱える中、香港デモに弱腰になるのを嫌がるでしょう。これ以上、世界に自らの弱さを見せたくないのです。
私が知る、一般的な香港の人々の現在の思いはこのようなものです。「今日はまだ、デモ行進に参加して自分の意見を主張できる。自分の求めるものについて発言することができる。でも、もしかすると明日はこうしたチャンスすらないかもしれない」。
力強く戦わなければ、自分たちの法律や自由、ライフスタイルや核となる価値観を守ることはできません。人々が勇敢にデモに参加し続ける背景には、そうした現実認識に加えて、相互の励まし合いがあります。
デモが始まった6月9日には、100万人以上の人々が集結しました。その1週間後には200万人の人が、8月になっても、少なくとも170万人の人々がデモ行進に参加しました。1人ではないと知っていることが、彼らに力を与えています。
いかなる面においても、中国政府は香港よりずっと強大です。中国の指導者たちは、彼らの政策目標を達成するためであれば、たとえ代償が発生したとしても反対分子を鎮圧するでしょう。香港の人々もそれを理解しています。しかし、長期的視点で見れば、圧力によって、香港の人々の心を掴むことはできないでしょう。香港という場所は中国に返還されたかもしれませんが、香港の人々の心は中国に戻っていません。
特に、若い世代は自分たちのことを中国人ではなく香港人だと思っています。彼らの中国人としてのアイデンティティは明らかに弱まっており、彼らに圧力をかける中国政府の戦略は、逆効果になるでしょう。
──香港の監視カメラから、中国の「天網」と呼ばれる監視システムと関わりが深いメーカーの部品が出てきた事件もあります。
鄭: 中国政府の指導者や通信大手アリババの馬雲(ジャック・マー)氏は、ビッグデータによって計画経済は機能すると提言しています。ビッグデータを重視する中国指導部はさまざまな技術を開発し、今では「社会信用システム」と呼ばれるあらゆる個人を網羅するネットワークを展開し、人々を監視しています。中国ではすべての人が社会信用スコアをつけられており、もしある人の行動が政治的に正しくないとされれば、その人は航空券や高速鉄道のチケットを買う機会すら失うことになります。
香港の人々はこうした現実を知っています。たとえば香港の若者は、「中国政府に行動を監視されるからペイペイは使わない」と言っています。また、もし私たちが中国本土に足を踏み入れれば、携帯電話を税関で調査・分析されるでしょう。こうした中国政府による監視体制に対して、香港の人々は強い懸念を抱いています。
──日本に対して望むことはありますか。
鄭: 民主活動家として、国益を損なってでも香港を助けてほしいと他国にお願いすることはできないと、重々理解しています。それは現実的ではないでしょう。
しかしながら私たちは、日本が民主主義国家であり、日本の人々が世界中で起きる民主主義を求める戦いをサポートしてくださるものと信じています。
私たちは、日本政府が少なくとも民主主義を求める香港の人々を支援し、香港の人々に対して精神的な支援(moral support)をしてくださることを望んでいます。日本政府が精神的な支援を示してくださることを望んでいますし、政府に比べて縛りがない民間機関やメディアに対してはさらに期待を持っています。日本の人々に、香港で何が起きているのかに関心を持ち、民主主義のために戦う香港の人々を支援すると言ってくださることを、心から期待しています。
香港が必要としているのは、経済的な支援ではなく、民主主義や法の支配を守ることへの支援です。
──デモ行進で「シング・ハレルヤ・トゥー・ザ・ロード」を歌うなど、デモに参加している人の多くがキリスト教の信仰を持っていると言われています。民主化運動と宗教の関係についてお聞かせいただけますか。
鄭: 数多くのカトリック教徒が民主化運動を支援しています。カトリック教徒は、死後の世界が存在し、この世での人生はあの世でのよりよい生活を保障するためのものだと信じているため、この世においてより苦労することを予期しています。彼らは、この世における物質的な裕福さにはあまり関心がなく、死後の世界で何が起きるかということに価値を置きます。つまり、この地上世界において高次な価値のために自らを犠牲にすることをいとわないということです。
若いデモ隊の人々は、デモに参加することで危険に直面することを知っています。逮捕されれば犯罪歴がつき、将来のキャリアに深刻なダメージを及ぼすでしょう。香港警察の残虐行為は、ますます激しくなっています。しかしながら、彼らは自己犠牲をいといません。そうした勇敢さが、香港市民の支持を得ているのです。ほとんどの香港市民が、デモ隊の暴力的な戦い方を支持してはいませんが、若い人々の勇気を支持しています。
数多くの大人や高齢者が、デモ隊の若者を助ける心づもりができています。私も寄付を募る活動に参加しましたが、たった2、3週間で5000万香港ドル(6億8千万円)が集まりました。また、デモ隊の若者が食べ物を買うお金がないと知ると、大人たちがマクドナルドのクーポンを買って彼らに配りました。若者たちが空港でデモをした先週の9月1日には、公共交通機関が止められました。その時にも、大人たちが空港まで車を出し、喜んで彼らを街まで連れて帰ってあげました。おそらく、5000台の車が出されたと思います。
──香港の現実を、一人でも多くの日本人に伝えたいと思います。
鄭: 香港は危機に面しています。香港の人々は、人間の尊厳を守るため、政治的な権利を守るため、民主主義のために戦っています。彼らは、民主主義を享受し、法の支配を受け入れている世界中の人々に、香港の活動を精神的に支援してほしいと望んでいます。香港を精神的に支援することによって、民主主義や人間の尊厳を追求する人々が連携し、互いに支え合う姿を世界に示せるはずです。
──ありがとうございました。
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