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天地わたるブログ

ほがらかに、おおらかに

全句講評の是非

2016-11-09 06:09:05 | 俳句


11月19日の蘖句会は11時に東伏見駅に集合して吟行を行なう。
持ち句8句に吟行句4句、あわせて12句提出の句会となる。小生以外の参加者が11名とすれば132句を見ることになる。
「センセイ大丈夫ですか」と事務長が気づかってくれる。17時までに句会が終了するかということと、全句講評をするぼくの体力気力への配慮である。
選句者の発言を絞れば全句講評をする時間は捻出できると踏んでいる。

しかしだ。
全句講評などという一見優しいことをしていて果たして個々の俳句は向上するのだろうか、ほんとうに個人のためになっているのだろうか、という根本的な疑問はずっと感じている。
高浜虚子が句会で弟子たちの句を見て「今日は採る句がありません」といって帰った話は俳句界に語り継がれている。
俳句の指導はこれでいいのではないか。
先生が採った、採らなかったがもっともシンプルな評価だろう。
先生に採らなかった理由を聞くのではなく自分であれこれ考えることのほうが勉強になるのではないか。
そこで考える量や深さが簡単に解説されることよりも自分を磨くことになるのではないか。
虚子が優しくなかったのではなくて本質を見極めていたのだろう。

世の中がどんどん甘くなった。
カルチャーセンターとやらが雨後の茸のようにできて人は何かを教えてくれることに慣れてしまった。
愛犬の口にまるで餌をスプーンでやるような図式を勉強と思う人が世に満ち、口を開けて指導を待っている。
藤田湘子はかつてカルチャーセンターの講師をやっていた。
それをやって1週間後に鷹のわれわれを指導するときは猛烈に厳しかった。カルチャーセンターで自分自身が甘くなったことを振るい落としたいような感じであった。
湘子の一番弟子、飯島晴子は「俳句は教えることなどありません」とおっしゃった。彼女は人と連まずひとり吟行して厳しい句をものす孤高の人であった。
名句がいっぱい世の中に出ているのだからそれをしっかり読むので勉強できるでしょう、というのが晴子の思いであったであろう。
全句講評は句会へ人がひとりでも多く来てくれるための方途であると自覚してやってきた。

句の取捨を重視するという原点へ還るべき時が来たかなあ。
指導されることばかりに慣れてしまうと人は自分の頭を使わなくなる。自分の頭をめいっぱい使うことが大事ではないのか。
全句講評というオブラートを剥すべきときに来ているのではないか。自分で問題に気づくことのほうがいわれることよりはるかに有益であろう。自覚しないと俳句はよくならない。
俳句が自得の文芸といわれるゆえんである。
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馬券は100円俳句は1句から

2016-11-08 03:53:41 | 俳句


先日の東京競馬場吟行、句会場で楽しい一瞬に遭遇した。
はじめて句会を経験するKさん。自分の一句に4点入ったとき名乗る前からそわそわしてまるでハイティーンの女学生みたいだった。
「私の句に点が入るなんて…」と感無量の表情が麗しかった。
あとで年を訊くと60歳とか。
年齢には見えないういういしい一瞬を見せてくれるのが俳句であると痛感したのであった。

句会で嘘はつけない。
誰しもが真剣勝負で81句の中から9句を選んだ。
Kさんは初句会だから採ってやろうかというようなことはできない。無記名で誰の句かもわからない。
初めての機会にいい思いをするか落胆するかは神のみぞ知る領域。
誰も何もできない。それが句会のいいところである。

ぼくは監督兼選手。
選手としては皆さんに負けない句を書きたい。
しかし監督としては皆さんに秀句を書いてほしい。参加者全員が何か見つけていい結果を出して11月6日はいい日だったなあと思って帰途についてほしい。
ぼくは監督として満足感があった。
その一つがKさんのういういしい表情を見たことであった。これを機に本格的に俳句の道に入ってくる予感がした。

俳句の興味のある方はとにかく参加することである。
馬券は最低100円で楽しめる。俳句は1句で参加していいと思っている。
ぼくが運営する句会は1句あれば参加OKである。
見学もOKなのだが句会をはたで見ていておもしろいだろうか。参加したくなるだろう。
日本人で義務教育を受けていればおおかたの人は新聞を読める。すばらしいことである。
日本人は俳句を誰しもが書けるのである。
勇気を持って句会に打って出ることでぐっと視界がひらけるのではなかろうか。

Kさんみたいに感動して句会が楽しくなるケースもあるし、30年前のぼくのように落胆からの出発もあるだろう。
いずれにしても馬券は100円、俳句は1句書いて句会に出るところから始まると思うのである。
打って出れば何かが起こる。それを楽しみたい。
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パドックで人の名叫ぶ暮の秋

2016-11-07 02:09:48 | 俳句


風が強かったがよく晴れたきのう、東京競馬場~大國魂神社にかけて吟行句会をした。
出席者は小生のほか、濱田ふゆ、龍野よし絵、杉原勝子、藤澤憼子、羽村良宜、安西信之、長沼光子、久保直己、田中藤子(敬称略)の10名。
長沼、久保、田中は吟行初心者、田中は句会へ出ることが初めて。特にこの3名を鷹のバリバリの同人が句を見せつけて可愛がってやろうというのがぼくの趣旨であった。
プロレスの猛者が新人を徹底的に痛めつけギブアップさせるのが教育であるように。しかし思ったほど同人が冴えたとは思えない。
新人たちが臆せず健闘した。

時間通りに進むかが最大の関心事であったがまず約束の12:30までに9人が府中本町駅改札でそろった。
別のルートで競馬場へ入った藤澤憼子と会うのに手間取り、パドックで名前を叫ぶはめになった。
「ふ・じ・さ・わ・けー・こ・さーん」
「ふ・じ・さ・わさーん」「けーこさーん」
と何度叫んだことやら。
背後に笑う声が聞こえるがなんの抵抗もなくなったのが進歩といえば進歩。これなら女房の名を呼んで「あいしていまーす」もいえそう、へへへ。
パドックで人の名叫ぶ暮の秋

明日は立秋。



12:45に手製の地図とたんざく9枚を渡すことができた。
後で思うと地図を用意しておいてよかった。14:50句会場「は~もにぃ」に身柄が来ていて15:00までに投句できていることを徹底させた。
ぎりぎりこれができたので予定の17:00の10分前に句会を終えることができた。

以下が点数の入った小生の句

冷まじやパドックに寄る無数の目
百秒を楽しむ馬券秋高し
露けしや札の果なる馬券踏む
ペンキ剥げ地金ざらつく鵯の声






武蔵野や太き根に座し秋惜しむ
色鳥や木々に囲まれ木の館
紅葉且つ散る神殿に香る御酒




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ネット句会参加者募集

2016-11-05 06:56:54 | 俳句


シベリウス句会というインターネット句会をやっています。
現在10名で鷹の会員・同人が8名、無所属が2名です。
死亡、多忙、怠けなどさまざまな理由で会員が減少ぎみでいま補充を考えています。
当句会の掲示板を刷新する来年1月をめざし3人ほど参加者を公募します。

参加の条件は幹事ができることです。
当句会は月2回開催し5句投句します。毎回幹事が各人から俳句をメールで受け取り以下のように番号を振って掲示板に掲載します。

1.浜風に浮かれて我と猫じやらし
2.霧深し山小屋の灯は鼓動とも
3.水切に立てたる皿や秋の風
4.秋雨や電球にまつはる鳴かぬ虫
5.とろ火にて芋を煮染むる霜夜かな
6.未だ見ぬ人へしたたむ流れ星
7.金箔の剥げたる地金そぞろ寒
8.乳遣りつ女まどろむ稲の花
9.龍淵に潜む原子炉火を見せず
10.行商婦しばし見てをり運動会
11.記念写真要らぬ齢や草の花
12.鷹渡る髪茫々と仰ぎたり
↓↓
↓↓
↓↓
69.指輪より指貫似合ふ夜業かな
70.色変へぬ松や三和土に臼を据う


例句はすべてぼくのものを使いましたが、実際は1がみずえ、2が大和、3がヨーコというふうに散らばって作者名を隠しているわけです。

ここから各人が選句して幹事に送ったものを幹事は

1.浜風に浮かれて我と猫じやらし(わたる)ヨーコ/大和/直人
11. 記念写真要らぬ齢や草の花(わたる)月読/美帆


のように、選句結果を点盛表にこしらえます。()のなかが作者名、以下が選んだ人です。

参加したい人の条件はこの作業を遅滞なくできることです。

特に高校生の参加を望みます。
俳句甲子園松山大会で審査委員長小澤實氏が「高校生が俳句をやることが日本の俳句にとっての命綱である」とおっしゃったことにぼくも同感しました。
以来、高校生と俳句をやり先輩の持つすべてを受け継いでもらおうと強く思っています。
参加したい方は自作10句と簡単な自己紹介をぼくにメールしてください。審査いたします。
youyouhiker@jcom.home.ne.jp

今年12月中ごろまでに希望の方はご連絡ください。お待ちしています。

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飛行機を守る防空壕

2016-11-04 03:03:34 | 身辺雑記

国道20号線が西武多摩川線を越えるあたり


きのうの文化の日、府中市が「旧陸軍調布飛行場白糸台掩体壕」を公開した。
府中市の広報を見るまで「掩体(えんたい)」なる言葉を知らなかった。広辞苑によると掩体は、射撃がしやすいように、また敵弾に対して射手などの行動を援護する諸設備、とある。
白糸台掩体壕は<飛行機を守る防空壕>といえるだろう。そして飛行機は陸軍三式戦闘機「飛燕」であった。


太平洋末期、アメリカ軍による本土爆撃が激化していく中、戦闘機を空襲から守るための格納施設が全国の軍用飛行場周辺に造られたという。これが掩体壕であり、コンクリート製の屋根があるのを「有蓋掩体壕」、土堤で囲ったのみの屋根のないものを「無蓋掩体壕」と呼んだ。
調布飛行場周辺では有蓋が約30基、無蓋が約100基ほど造られた。終戦後それらの多くは取り壊され現在三鷹市に2基、府中市に2基有蓋掩体壕が残っている。
その1基がここ白糸台である。



掩体壕の天井から垂れる布だか紙のようなものを引っ張るとセメントと砂がばらばら落ちた。やばいと思い一度きりにした。
かなりずさんなやっつけ仕事みたいで長く入っていると崩れて下敷きになりそうな危うさを感じた。
原始人が住んでいた自然の洞窟みたいな堅固さはない。
浮浪者が住みついたとしたら危ない穴だと思う。

府中市は「貴重な歴史遺産として市民の皆様と協働で白糸台掩体壕を永く保存・活用していくため、今後とも理解・ご協力をお願いいたします」とパンフレットに謳うが、自然に崩落したら再建する意義があるのか…。
写真資料にしてしまってもいいように思う。

さほど鉄筋が入っていないように感じた。ぼくの生きている間は持ちそうだがその後どうなるかわからないはかない遺産である。


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