
1971年(昭和46年)『溟い海』で第38回オール讀物新人賞を受賞したのが藤沢周平の作家デビューといっていい。したがって昭和51年から52年にかけて週刊誌に書いた橋にまつわる10本の連作短篇はかなり初期のものである。
実業之日本社が藤沢周平没後20年生誕90年を記念して愛蔵版として出した。蓬田やすひろの挿画が美しいのと字が大きいのが年配者にはいい。
「約束」丁稚奉公中の男がそれがあける五年後に橋の上で再会する約束をするが、女のほうに逢うことをためらう事情が出来する……。
「小ぬか雨」ある夜見知らぬ男が女の家に助けを求めて入り込む。女には許嫁がいるが犯罪をおかしたとおぼしき男は許嫁より繊細は感情を持ち優しい。情にほだされて一時の恋に溺れる女心、そして別れ。
「思い違い」大工の親方から遊び放題の娘を嫁にといわれた男だが、毎朝橋をわたる女のほうに興味がある。その女の素性がわかったときの思い違い……。
「赤い夕日」夫に女がいると疑っている妻がさらわれる。さて夫は助けに来てくれるか。女には夫に告げてない過去があったのである。
「小さな橋で」母から身持ちの悪い姉の監視を命じられた少年。姉は家庭持ちの男と駆け落ちしてしまう。「男と女ができている」という内容を真剣に考えるうぶな少年。
「氷雨降る」商売を息子に任せてほぼ隠居となった男が橋で身投げしそうな女を救う。女を抱く気力もないがやがて女が去ってゆくとたまらない哀感に襲われる男の老境。
「殺すな」亭主持ちの女と逃げた男だが女はだんだん愛欲生活に飽きて古巣へ帰りたいそぶりを見せ始める。男は橋を渡ったら殺すと脅すが女はついに橋を渡る。そのとき男は……。
「まぼろしの橋」幼少のころ呉服屋に拾われて育った女がそこの息子と祝言をあげることになる。その直前、捨てた父の情報を持つという男が現れて女を呼び出す。それが罠であった……。
「吹く風は秋」親方を欺いて上りの金を着服して江戸を去っていた博打打、壺振りの名手が折檻覚悟で江戸にもどる。橋の上で知った薄幸の女に最後の稼ぎした金を女を渡し別の人生を歩ませまた江戸を去ってゆく。女は早死にさせた自分の妻に似ていた……。
「川霧」蒔絵師の男が橋の上で具合の悪い女を見て介抱することで知り合う。女は助けられた男と夫婦のように暮らすが、ある日女がいなくなる。男は女に待ち人があったことを知り諦めるがそこへ女が戻ってくる……。
藤沢周平は質のいいメロドラマである。季節が寒くなるとあたたかいものを食べたくなるように、しっとりした情愛が恋しくて藤沢作品にはまる。テレサ・テンの歌と同様に人心をめろめろにする要素に富む。蒲団の中であたたかい肌を感じる気分である。
巻末に江戸古地図を配した贅沢な本作り


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