
高野ムツオの50句を読み終えた。将棋では対極を終えた二人の棋士が「感想戦」をやる。いわば復習である。われわれもおさらいをしてベスト5句を選んだ。
情念を支えるファンタジー
天地わたる
高野ムツオさんとは一度面識がある。2016年8月20日松山の俳句甲子園で審査員席に座ったとき隣に審査員長として高野先生がおられた。御高名の方とチームをなすことにどきどきした。ある句に対して先生と小生は上げた旗色が違った。小生が「リアリズムの立場で…」と言うと先生は「私はどちらかというとファンタジーの立場なので…」と若輩の審査員を気づかいつつ見事な総評をしたこと記憶している。
あのときおっしゃったファンタジーの精神が災害の悲惨さの中に異質な光を発揮するのを随所で見た。
すわわち、絶滅した狼(霜の声いや狼の声である)であり、岩戸に籠った天照大神(デブリまだ岩戸の奥や大旦)であり、白鳥伝説の日本武尊(出力は無限吹雪の夜の白鳥)、あるいは神仙思想(蓬莱に乗りそこねたるデブリかな)であり、過酷な現実に頽れそうなとき心を虚空へ飛ばせる余裕に感動した。あふれる情念にファンタジーをまぶすかのようにして七転八倒して言葉を得るさまは読み手に血が出る思いを味わせてくれた。
自分を見据えた「詩に淫し炉心溶融する雪夜」、他者を思い遣る「冬帝の使者か原発作業員」など人間への関心に満ちた佳句も多々あり5句に絞るのに窮した。
【天地わたるの選んだベスト5句】
デブリまだ岩戸の奥や大旦
白鳥の声原子炉の世に響む
垂り雪この地で死ぬとまた垂る
沫雪や骨と化しても廃炉まで
春の海揺籃なれば死者戻せ
白鳥の声原子炉の世に響む
垂り雪この地で死ぬとまた垂る
沫雪や骨と化しても廃炉まで
春の海揺籃なれば死者戻せ
真摯な態度
塩山五百石
以下の5句はいずれも作者の立ち位置、句内容の意味明瞭、読み手へのアピール、そしてなによりごたつきやもたもた感のない、心地よい調べの句になっている。
これらの句を得るために、被災地での嘱目地獄の中でのたうち回った姿をエチュード句かとさえ思われる荒削りの句をも赤裸々に提示することで、暫時不協和音的な混乱句劇を展開しつつも、剣法で言うならば神道無念流のごとき、したたかに真の一本を求めて渾身の一撃を嘱目対象にくらわし続け、何本も躱されたり、外されたりしながらも、終局に至って自らの腑に落ちる真の一本=佳句を得るという、真っ向勝負に挑んだ真摯な態度は清冽である。
表題の句、「垂り雪この地で死ぬとまた垂る」、は句としても独立性が高いと思われるのであえて震災・津波・被爆句群から抜いた。
【塩山五百石の選んだベスト5句】
とくと見よ霜をも被り被爆牛
デブリまだ岩戸の奥や大旦
寒流が汚染の水を抱きに来る
春の海揺籃なれば死者戻せ
蘆牙や三千六百五十日
デブリまだ岩戸の奥や大旦
寒流が汚染の水を抱きに来る
春の海揺籃なれば死者戻せ
蘆牙や三千六百五十日
写真:渡良瀬遊水池の野焼き(2020年3月21日)
言葉を獲得するプロセスが屹立する地層を見るがごとく見えて、うきうきしました。
それにしても物を見る角度をさまざまお持ちの方で感服しました。塩山さんのいうように失敗作とはなかなか言えませんでした(笑) イチロー選手にしても10打数10安打というのは無理ですからね。
悠さん、もう一度読み返してみれば、いや感じ直してみれば、引っかかってくる句があるかもしれませんね。
2012年
(い)
漁り火の絶えたる闇を海蛍
(ろ)
道傍の石となりしか父母の御霊
(は)
花茣蓙を広げて聞くや浪の音
(に)
苦潮に総身を沈め骨拾う
(ほ)
ほうたるのいずこへ飛べど毒の水
(へ)
屁糞葛のはびこる瓦礫山となり
(と)
ともだちの靴浮かびたる春の海
(ち)
血と塩の父祖の漁場や蜃気楼
(り)
輪廻とはかくおそろしき春のなゐ
(ぬ)
糠蛾舞ふ払へど消へぬなゐの地鳴り
(る)
留紅草傾く屋根を這ひのぼる
(を)
桜桃や基準値超へて廃棄の山
(わ)
病葉のしがみつきをる一本松
(か)
火蛾群るゝ燃料棒の赤々と
(よ)
葭切の啼きさはぎけり闇の村
(た)
泰山木の白きグランド児ら消ゆる
(れ)
冷夏ならねど浪江の里の声低さ
(そ)
走馬灯まはれば悲し泣き笑い
(つ)
月寒し原子炉建屋鬼火漏る
(ね)
燃料棒の溶けて滴る皐月闇
(な)
夏闇の日本列島視界零
(ら)
ランプのほやにはりつく火蛾を剥がしをり
(む)
麦藁ぼー見え隠れつつ瓦礫山
(う)
浮ひて来よちゝはゝ夫よ妻よ子よ
(ゐ)
虎杖の花散る海は月を呑む
(の)
のうぜんの花廃屋を咲きのぼる
(お)
大瑠璃の一声霊を浄めけり
(く)
草笛を吹けば波立つ北の海
(や)
山桃の熟るゝを待たづ村棄つる
(ま)
祭囃子の空耳なるや石巻
(け)
罌粟坊主ひとりぼつちのガキ大将
(ふ)
船虫も失せし塩釜魚市場
(こ)
河骨の震へて黄金の涙ふる
(ゑ)
ゑごの花たましひつゝむ布のごと
(て)
鉄線花の電柱斜に這ひのぼる
(あ)
紫陽花の色変わる日々シーベルト
(さ)
百日紅百年燃ゆる原子の火
(き)
喜雨ならぬ放射線降る野に畑に
(ゆ)
夕顔のひらく間無しに津浪来し
(め)
メルティな短夜更ける建屋内
(み)
みずすましふるさと消へし空を跳ぶ
(し)
しゃがの花人目はゞかるごと咲けり
(ゑ)
炎帝や燃料棒と対峙せり
(ひ)
日ノ本やサムサノ夏をよろぼひぬ
(も)
炎ゆる炎ゆるジパングちひさき島なるに
(せ)
蝉時雨ひがな経よむ老婆あり
(す)
水中花ゆらりと炉芯沈みけり
(ん)
んだんだと鍬振り上げて石田打つ
あとがき
十年目春の阿修羅はすぐそこに
合掌