
恩田陸『夜のピクニック』2004年/新潮社。
表題が比喩ないし象徴的でなく中身を具体的に伝えていることに驚いた。
すなわち夜間歩行である。
ある高校で朝の8時から翌朝の8時まで歩くという行事をやっている。
深夜に数時間の仮眠をはさんで前半60kmが団体歩行、後半20kmが自由歩行である。
前半はクラスごと二列縦隊で後半は全校生徒が一斉にスタートして母校のゴールをめざす。順位を競う。
自由歩行は仲のいい者どうしが語らいながら高校時代の思い出作りに励むのが通例である。
男子生徒の主人公が西脇融(とおる)、女子生徒のヒロインが甲田貴子。
二人は人に言えない出生の秘密を抱えていることで共通している。貴子はこの歩行祭の際、いままで一度も口を効いたことのない融とひとことでも会話できたら勝ちであるという賭けを自分の中で行っていた。
これは恋愛感情ではなくて出生にかかわることで乗り越えたいテーマであった……。
物語はこの二人にさまざまなクラスメートがからんでめまぐるしい展開をしていく。
したがって本書は「青春小説」というレッテルがはられているが、ぼくはできるだけ多くの教育関係者に読んでもらいたい「教育小説」の要素も大きいと思う。
ぼくがどこかの高校の校長であったら、東京のような車の多い大都会は無理だが、必ずこの歩行祭は部下を説き伏せてでも実施したい。
こういうことを実施する高校が増えれば世の中はいくぶんよくなっていくように思った。
全編を貫く体感は作者の想像力のみからできたものではなかった。作者はさるインタビューで「設定はほぼ母校の行事」と述べている。
ちなみにこういった長距離歩行を実施している高校は
栃木県立大田原高校(85 kmを26時間)
群馬県立館林女子高(31kmを数時間)
山梨県立甲府第一高校(103km~105kmを22時間)
茨城県立水戸第一高校(70 kmを一昼夜)
ぼくの母校(中学校)では集団登山を行っていて生徒は木曽駒ヶ岳へ登るのが恒例であった。けれど本書を読むと登山より長い距離の平地歩きのほうが強いものを印象づけるような気がした。
作者は登場人物のひとりにこう語らせている。
「みんなで、夜歩く。ただそれだけのことがどうしてこんなに特別なんだろう」と。
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